第13話
私は猫である。春の陽射しが眩しくなった駅に暮らす住人である。
陽射しが強すぎて日陰でないと暑いくらいなのだ。今日は日陰になっている駅舎の中の方が気持ちいいのだ。
私は駅の外屋根の下で寝転ぶと、前足に頭を乗せてくつろぐ。
ああ、地面がひんやりと気持ちいいのだ。
私はここで一人、ゆっくりと時間を過ごすのだ。
どれだけの時間が経とうとも、どれだけの季節が過ぎ去ろうとも、私はここで一人なのだ。
ゆっくりと、ゆっくりと、ピアノの音を聴くことがなくなった日々を過ごすのだ。
風の音が聞こえる。
鳥たちが春の陽気にじゃれ合う声が聞こえる。
静かに、遠くから線路を走る電車の音が聞こえる。
私の毎日はスローモーションのようにみえて、あっという間に過ぎてしまう。
今日もそんな日を過ごす。明日もそんな日を過ごす。
代わり映えのしない毎日を退屈には思わない。
お昼に登った慌てん坊の月とおしゃべりをして、木に止まる虫達と大合唱して、舞い落ちる木の葉と踊り、雪の冷たさに驚く。
そんな毎日だ。そんな何気ない毎日だ。
静かで、音の少ない時間を過ごしているのだ。
ピアノなんてしばらく聴いていない。ピアノを弾く人がいなくなったのだ。当たり前である。
いつか、そこにあることすら忘れられてしまう。
そういうものなのだ。
ふと眠りにつこうとしたとき、駅舎の中から音が弾ける。
優しく、何かを守るような力強い音色。
ああ、とても綺麗な音なのだ。
はて、電車も駅に着いていないし、駅舎に誰も入ってきていない。
いったい誰の音色だろうか?
聞き覚えのあるこの音色は誰だろうか?
でも、そんなことはもう、どうだっていいのだ。
静かな日陰の中で、久しぶりのピアノの音を楽しみながら、ゆっくりと眠りについたのだった。
ここはピアノのある駅。ここの住人はもういない。
今日は仲の良い姉弟とその家族の楽しそうな声が聞こえそうな駅舎で、春の陽気に当てられた風が強く吹いていた。
ピアノのある駅 永川ひと @petan344421
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