+9kg キャンプdeジンギスカン
俺は美帆と千咲とキャンプに来ていた。
千咲がこっちにいるうちに遊びに行きなさいと気前よく美帆んちが車とキャンプ道具一式を貸してくれたのだ。
ペーパードライバーの俺氏が必死で運転したわけである。
で、キャンプ地の川辺に着くなり、
「お兄ちゃん! イイよ! イイよ! 上腕筋意識して!」
俺はテントの設営、美帆は辺りの散策、千咲は俺の筋肉の面倒をみているわけ。
ハンマー使えば良いものを、千咲の命令により大きな石でペグをボコボコ打たされるワイ。
「筋肉の収縮を意識して~」
目をハートにしたツインテ
「薪でも拾ってこいよ」
「知らないのお兄ちゃん! 岩とか丸太とか、自然の中にはトレーニング道具がたくさんあるんだよ!」
「キャンプに来てまで筋トレって……俺はなにを目指すんだよ……」
「とりあえず戸愚呂弟ぐらいにはなってほしいかな☆」
「とりあえずレベルじゃねえよ。最高峰だよ」
嘆息すると、美帆が薪を抱えて帰ってきた。
ここは芝生の設営場。美帆のお父さんに教えてもらった穴場だからか、他のキャンパーはほどんどいない。すぐそこに森があって、反対側には川がある。上空はすごい開けていて、なんで穴場なの? ってくらい最高のロケーションだ。
「川が冷たくて気持ちよかったよ~、あとでみんなで入ろうよ~」
そう、美帆がニコッと笑った。
テントの設営があらかた終わり、俺は先に水着に着替えて、テントの外でスタンバイ。俺は千咲と美帆の着替えを待っている。
俺の腹はぶよぶよ。
情けなくて少し泣きそうだ。
「えっ。美帆ちゃんって、意外と巨乳……」
「触っちゃだめだよ」
「やわらか~い」
……あいつら俺が外にいることを忘れているのだろうか。
少しすると水着スタイルの千咲が出てきた。イチゴ柄のセパレート姿の千咲は、少しこどもっぽい。
「お兄ちゃん似合っている?」
「おうおう。似合ってるぜ。その筋には人気絶大だ」
「ぶー! その筋ってなんだよ!」
コウくーん、と美帆の声がした。
「……どう、かな」
美帆は白のシンプルなワンピース姿だった。色が白いから……よく似合うは似合う……んだけど………………………………。
やっべえ。
美帆ってこんなにかわいかったか? つーかふつうに巨乳じゃね? 谷間が谷間がくっきりはっきり……いかんいかん見ちゃいかん。
思わず目をつむると、腕にむにゅっとやわらかい感触がして、
「似合ってない?」
美帆が俺の腕に抱きついてきたわけで。
かわいいやわらかいかわいいやわらかいかわいいやわらかいかわいいやわらかいかわいいやわらかいかわいいやわらかいおっぱいかわいいやわらかいかわいいやわらかいかわいいやわらかい。
「オ、オウ。ヨクニアウナ」
いろんな意味でギリギリだったわけ。
それから川で遊んだりスイカ冷やしたり美帆の水着姿を堪能したり岩を担いでスクワットさせられたりしていると、日は傾きはじめていた。
キャンプッ!
キャンプの醍醐味それはもちろんBBQ!
自然の中でお肉焼いて、もくもく煙の中でお肉をカプリ。じゅじゅわ~の肉汁天国で昇天間違いなしッ! 牛肉、豚肉、ソーセージとなんでも焼いて……ああ、想像しただけで楽しみになってきたッ!
BBQはキャンプのために、キャンプはBBQのために存在するって言っても過言じゃないねッ! うんきっとそうッ!
俺はアニメで学んだ知識を活かすため、森に入って松ぼっくりを大量に拾ってくる。
俺が火を起こそうとすると、
「はい、これ、お兄ちゃん」
と千咲から木の板と木の棒を渡されるわけ。
「これは?」
「こう、くりくりってやって火を起こすんだよ?」
「松ぼっくりは天然の着火剤ってリンちゃん言って……」
「なに言ってるんだよお兄ちゃん! 男は黙って摩擦熱ッ!」
「えぇぇぇぇッ!」
「上腕二頭筋、三頭筋、三角筋に大胸筋まで、これぞ理想のマルチトレーニングッ! はわゎゎ~? お兄ちゃんの筋肉が育っちゃう?」
「ちょっと待て待て待てぃ! 千咲よッ!」
「はい? お兄ちゃん?」
俺が拒否する間も与えず、千咲はニコッとして、俺に棒っきれを渡してきた。
俺はしぶしぶ木の棒をくりくりし始めた。
2時間後。
火起こしに悪戦苦闘して、飯ごうでごはんを炊いて、炭火をおこしたりして、準備万端。すっかり日が落ちて、ランタンに灯りをともしている。
腕はプルプル。体力は限界。お腹すいた。
バーベキューコンロの前のアウトドアチェアにどかっと座る。疲労困憊だ。
コンロの周りを取り囲むように椅子が配置してあって、その椅子にはサイドテーブルが備えられていた。
千咲が、「はい、お兄ちゃん」と紙皿と箸を渡してくれる。
「よし。暴飲暴食しない程度に、肉を楽しむぞ~!」
「赤身中心に食べるんだぞ、お兄ちゃん♡」
我ら水上兄妹が期待感に胸を膨らましているときだった。
「お待たせしました~」
美帆がBBQコンロにドカッとあるものを置いた。
「…………」
「…………」
固まる我ら水上兄妹。
「美帆、これ、なに?」
丸い形の鉄製の鍋。中央がこんもりとドーム状になっていて、ドームの周りは窪んでいる。こんな特徴的な鍋は、北海道とかでよく見かける……。
「ジンギスカン鍋だよ♡」
全力スマイルの美帆である。
「ジンギスカン!? キャンプに来てまでジンギスカン!?」
「美味しいんだよ、お外で食べるジンギスカン」
「え。うそ! キャンプって言ったら焼肉でしょ! 美帆がそんなセオリー無視するなんて!」
「ダメだよ、焼肉は最終回に取っておくって決めてるんだから」
「最終回ぃいいいい!?」
わけのわからないことを美帆は言いながら、炭火の上に置いた鉄鍋の火加減を手のひらで確かめる。
「とは言っても、俺、ジンギスカン食べたことないかな」
「千咲もない……」
「そうなんだ♪ きっとハマっちゃうよ~」
美帆は、まずもやしとたまねぎ、ニラをドーム状の周りのくぼみに敷き詰めはじめた。
「へぇ~、野菜いっぱい入れるんだな」
「これが美味しんだよ~」
そして、美帆はドームの頂上に、お肉をいざ投入。
じゅぅうううううううう! とタレの甘い匂いとともに、どこか野性味あふれる匂いが立ちこめた。
「ジンギスカンってなんの肉?」
「羊だよ」
「「羊ッ!?!!?」」
声が被る水上兄妹。
「あー、だめだめ。俺、羊は獣臭くて食べられないんだわ」
せっかくBBQ楽しみにやってきたのに、がっかりっすわ。
俺のテンションだだ下がり。
「ふっふっふ」
美帆が不敵に笑い、俺たちへ宣言する。
「羊が獣くさい? ふふ、そんな時代は終わったのだよッ! これは羊でも、生後1年未満の仔羊……つまりラムなのだよ! 臭みの少ないラム肉を、醤油、お酒、レモン汁をベースとして、リンゴ、タマネギ、ニンニク、ショウガと香草をたくさん入れた特製だれに前日から漬けているのさッ!」
美帆は焼き上げた肉を一枚、箸で掴んで、
「がっかりするのは、食べてからでも遅くないと思うけど」
ニコッと笑って、「はい、あーん」である。
俺は気恥ずかしさを抑えながら、美帆が差し出すお肉を……パクリ。
もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ。
ごくり。
俺がいつもいつもさ、
うめぇええ、って叫ぶと思ってる?
ワンパターンだって思わない?
俺も大人だからそんな毎回毎回(ry
うめぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!
もういっちょいっちゃうよ、
うめぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!
なんだこのお肉ッ!
なんだこのお肉ッ!
牛とも違うッ!
豚とも違うッ!
野性味ッ!
ただよう野性味ッ!
しかし、決して臭くない……。
野性味だけ残して臭みは消えて、どんなお肉よりコクが強い。食感は豚肉に近いのか、ただ豚さんよりも噛みごたえあって、噛みしめるたびに肉汁がじゅぅ、じゅぅって出てくる。出てくるよ美味しいエキスが!
それに甘めのタレが肉と相性抜群で、強いコクをまろやかにまとめ、うまみに昇華しているッ! 肉らしい肉をガツンと味わった気分だ。
「なんだこれうまいじゃんッ!」
「ホントだ美味しい」
あまりのうまさに千咲も目を輝かしているようだ。
「はい、コウくん、ごはんだよ♡」
飯ごうで炊いたほっかほかごはんにはおこげができていて、俺はカリカリなお焦げにジンギスカンの肉汁をバウンスさせて、いっきに口にかっこむわけ。
んんんんんん~♡♡♡
おこげうまぁ……。
おこげが肉汁を吸って、うまみ倍増。ごはんにお肉バウンスまじ正義♡
あーこの肉汁味のタレとかできないかな。ごはん何杯だっていけちゃうぜッ!
うまいッ! まじうまいッ!
俺はここで鍋のくぼみに敷き詰められた野菜に手をだした。ラム肉と野菜をいっしょに掴んで、ごはんにバウンス。肉✕野菜✕ごはんを口の中い~っぱいに満たしてもぐもぐタイムッ!
シャキ、じゅわ、もぐもぐ、シャキ、じゅわ、もぐもぐ、といろんな食感が味わえて、かつ野菜から肉の味が噛むたびにまるで果汁のようにあふれていく。
「野菜もうまッ!」
「ジンギスカン鍋には小さな溝が掘られてね、肉汁がここのくぼみにたまるんだよ」
「つまり、肉のうまみがぜんぶ野菜に?」
「そうなんだよ、コウくんッ!」
俺がもりもり食べて美帆はうれしそうだ。
もくもく、と煙が夜に吸い込まれていく。
談笑しながら、野外で食べる肉はまじで格別。
ガツガツガツ、といっきに食べてしまって、
「あー、もう腹がパンパン。羊もうまいなー」
腹をさすったときだった。
「じゃあ、コウくんは、これは食べられないかなッ!」
そう言って、
美帆は野菜の少し残る鍋にうどんを投下ッ!
うどん麺を炒めはじめ……。
「まさかだよ、コウくん。このお肉を漬け込んでいたタレで、焼きうどんにするのさ」
じゅぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううッ!
タレが煙をつくってあたりに充満♡
俺、お寺でこの煙が焚かれてたら、真っ先に浴びにいくねッ!
御利益は絶大。ぜったい元気になるもん。
「いやいや、言っても俺、腹パンパンよ? それに俺、ダイエット中の身だからね? いくらBBQにテンション上がって、胃袋の栓がゆるくなってるつっても、食べてもひとくちよ? 美帆もね〆があるなら最初に言ってくれないと。俺にもペース配分っていうものが」
ずずず、と焼きうどんを啜るワイ。
口に入れた瞬間、声が漏れた。
「あ、やべ」
(水上貢介自伝「食っても食われるな」より抜粋)――ひとくち食べて思いました。あ、これはやばいなって。だって、肉のうまみとかタレで使ったフルーツの甘みとか全部つまっているんですよ。それにつけだれで炒めているからか、少し羊くさいんです。けど、なんだろう。ジンギスカンラバーになってしまった俺には、この匂いを逆に求めていたというか。満腹まで食ったあと、さらにうまいもん出されたらどうします? そう。この日、俺は美帆にやられたんです。美帆のやつ、ぜったい狙ってやりましたよね?
♪
SHINY DAYS!! あたらしい風~♪
はずむようなステップ踏んでGo my way!!
もう頭ん中、ゆるキャン△の音楽流れて、なでしこ氏のカレー麺の食いっぷりが脳内永遠リピートされて、俺もその勢いでうどん啜るわけ。もう楽しくってなに考えているかよくわから、
Can you feel? 透き通る空!
胸騒ぎが連れてくBrand-new world!!
ああ、もうダメだ。
今日もあきらめよう。
今日も、めっちゃ食いました。
その後、川で冷やしていたスイカも食べて、もうお腹パンパン。
なんでこんな毎回毎回食べ過ぎてしまうんだろうと、腹をさする。
「さすがに食べすぎた……」
「もうッ食べ過ぎだよ、お兄ちゃんッ!」
怒る千咲を無視して、ランタンの光が届かない芝生の上に倒れ込んだ。
草がちくちくするけど、緑の匂いがして気持ちがいい。
空を見上げると、
「うわぁ~、ちょっと千咲と美帆も上を見ろよ」
そこには、満天の星。
「お兄ちゃんの横に行こうかな♪」
千咲が俺の横に横たわって、
「私も行くね」
美帆も俺の横に来る。
川の流れる音に、どこか虫の鳴き声が聞こえる。
そして、降ってきそうな星空が目の前に広がっていて、俺軽く泣きそうなわけ。
キャンプっていいな~。
自然っていいな~。
なんて思っているときだった。
「お兄ちゃん、あの星はなに?」
「ん? えーと、なにかなあ……はは。俺、星のこと詳しくないし」
すると、美帆が星を指でさす。
「あれが夏の大三角だよ。時計回りに、ベガ、アルタイル、デネブ……」
「美帆って、星に詳しいんだ」
「好きだよ? 今は見えないけど、コウくんの星座でもある牡牛座は、食べることが好きな星座でね」
「美帆はブレねえなあ……」
それから美帆と天体観測を続けた。
キラキラした美帆の瞳には、満開の星が映っていた。
すぅ……。横で、千咲が寝息を立てている。
「千咲ちゃん寝てる?」
「寝てる。疲れたんだろうな」
美帆はふふ、と笑って、俺の方を向いた。
黒髪がさらさらと流れる。
「ねえ、コウくん」
吐息がかかりそうな距離に、心臓が破裂しそうになる。男なら、抱きしめるなり……するものなのだろうか。
そんなことを考えながらフリーズしていると、
「今日でまた太ったかな」
平常運転の美帆にドキドキし損だ。
すると美帆は、俺の腕をすっと取って、腕枕を強要してきた。猫のように俺の二の腕にじゃれついてくる。
……かわいい。
脳みそが痺れる。
自制が効かなくなりそうだった。
美帆へ向き、華奢な身体に腕を回した。
「今日はダメ」
美帆が甘えた声を出す。
「今日は?」
「だって、今、口がジンギスカンなんだもん」
「臭みは消えないのかよ」
「残念。こっちは消えなかった」
俺と美帆は見合って、思わず笑ってしまった。
気恥ずかしさだとか、幼馴染みだとか、就職先が見つかっていないだとか、口がジンギスカンだとか。
理由はいろいろあるけれど。
どこか距離を詰め切れない俺たちは、それからしばらく笑っていた。
その後、俺たちは同じテントで寝た。
横には寝息を立てる美帆がいて、俺は朝方まで寝付けなかった。
=本日の摂取カロリー=
ジンギスカン
4,537kcal(≒お外で汗をかきながら食べるから実質ゼロ……ではない)
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