+XXkg 美帆の手作りおせち
「コウ君、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
振り袖を着た美帆が、俺の家で三つ指をついて、正月の挨拶をしている。
「ちょっと待とうか美帆よ」
「お雑煮おかわり? おもち何個? お餅は焼く派? 煮る派?」
「おもちは3つで焼いてくださいって、ちょっと待――――――ッ!」
まるでモーニングコーヒーをすするがごとく、自然な流れで雑煮を食わされていた俺だったが、ナチュラルに雑煮を食わされているこの状況よりも、腑に落ちないことがあった。
美帆は心底きょとんとして、どうしたの? と小首をかしげている。
「なんで俺たち急に正月になってるの? この前まで夏で、俺、就活中だったよな」
そう言うと、美帆はなんだそんなこと、みたいな顔をする。
「え。だって
「え……急なメタ発言こわ……。想像主とかいるの? 仮に想像主がいたとして、俺たちの想像主は俺たちに『想像主』とか呼ばせてんの?」
「あ、ごめん補正が入るって」
美帆はスマホを耳に当て、はい、はい、と答えている。
「創造主あらため作者が」
「作者って言った――――――――ッ! おい作者! 俺は就職してんだろうな! 面白半分で相撲部屋とか入れたら角界から目えつけられんぞ!」
「と、とにかく落ちついて、コウ君がもし就職できなくても、私が養うから!」
「
「私、来年
「そっかー。それなら養ってもらってもOKか」
「そうだよー」
俺を見事に論破した美帆はニコッとしてキッチンへ向かう。そっか。女子大生ならね、セーフってことか。
なにか違う気がするが、美帆が言うならそうなのかもしれない。
「なあ、女子大生って……養う……ものなのか?」
「んー? 違うよー」
美帆がキッチンからやさしい声を出した。
俺は、そうだよなーと気の抜けた声を出して、「ん? それって」と聞こうとすると、美帆が俺の言葉を遮った。
「それより! お正月といえばこれだよね!」
美帆はなにやら重量感のありそうな風呂敷を持ってきた。なにやら立方体の箱を包んでいるような風呂敷は、振り回すだけで鈍器になりそうだった。
「なん…………だ、これ」
目の前の布にくるまれた立方体から、すごい重量とすごい
「ふふふ、大晦日も徹夜して作った私の大作だよ」
「徹夜? 徹夜で料理したの?」
「これもコウ君をおなかいっぱいにするためッ!」
美帆はグッとガッツポーズを取る。
覚悟がすごい!
「待たれよ美帆……俺、まだ就職できているかわからないんだったら、太るわけにはいかないんだけど」
「まあ、まあ、これを見てから言ってよ」
美帆は楽しそうに風呂敷を解く。
風呂敷の中には黒光りする重箱が……。
でかい。
でかすぎる。
週刊少年誌2冊を平置きしたぐらいの大きさのお弁当箱が、1、2、3、4、5段重なっている感じ。これ1段でも十分な量があるんだが。
美帆はニコニコしながら、テーブルにお重を広げていく。
「じゃーん、私が手作りしたおせちでしたー!」
お重の中はいろいろな料理がきらきらしていて、すべて丁寧に作られていることがひと目でわかった。黒豆や栗きんとん、数の子など、おせちの定番メニューから、魚や肉系のおかずなど、バラエティに富んでいる。
「すご……」
思わず、声が漏れた。
徹夜で作ってれたって言っていたけど、それはこれだけ作ると徹夜もするかもしれない。
「おせちとかひさしぶりすぎるなー。俺、地味だしあんまり好きじゃなかったんだけど」
「まあまあ、そう言わないでよ」
黒豆をひと粒、箸でつまんだ美帆は、「はい、あーん」と紅潮させながら、俺の口元に箸を伸ばす。
「一生懸命作ったんだよ?」
そう言われたら断れるわけもなく。
「くッ、今日は抗ったらいけない気がする」
俺はぱくりと、美帆があーんしてくれた黒豆を食べた。
……うめえ。
しっかりと甘い黒豆はとてもやわらかくて口の中でほどけていく。心もほどけていくような安心する味わいだった。
「黒豆はね、まめに暮らせますようにって願いがこもっているんだよ」
美帆がおせち料理にこめられた由来も教えてくれる。次に美帆は、数の子を取って、また「あーん」してきた。
「って、自分で食べるよ」
「ダメ、がんばって作ったんだから、今日はぜんぶあーんさせて」
「餌付けられているみたいだな」
気恥ずかしさを軽口でごまかすが、顔はあつくなっていた。
美帆が差し出してきた数の子を口にすると、パリパリっとした小気味よい歯ごたえといっしょに、塩みと、濃厚な魚卵のうまみが口のいっぱいに広がる。
「数の子はね、たくさんこどもができますようにって意味なんだ」
もじもじしながら、そんなことを言う美帆の顔は赤い。
美帆まで顔を赤くしないでくれ。
顔が沸騰してしまいそうだったので、「次、かまぼこ食べさせてくれよ」と指さす。
「紅白のかまぼこはね、赤は『魔除け』、白は『清浄』って意味があって、これはね、コウ君にへんな人がつかないようにって意味だよ」
「へんな人ってどんな人だよ」
「私以外にコウ君を太らせようとする人」
美帆の目にあきらかな殺意が芽生えた気がした。
「俺が太るんなら別にいいって判定にならないんだ」
「私が太らせたいの!」
「なんだよ、それは」
これ以上話を広げると、美帆の性癖の深淵を覗きそうだったので、覗き返される前に栗きんとんを指さす。
「栗きんとんにも意味とかあるのか?」
「栗きんとんは金のお布団って意味で、金運アップなんだって」
うま――ッい!
ねっとりと舌にからむような芋のペーストの中に、ほろほろと崩れる栗の甘露煮が口の中でちいさな味変を起こしていく。
「俺、栗きんとんって好きなんだよね。これはうまい! いくらでも食えるな!」
「たくさん食べて! カロリー高いから!」
食い気味に反応する美帆がやばそうだったので、次これお願いしますと、次にいく。
「このふしぎな食べ物はなんだ? 栗のようで、栗より歯ごたえがあって、先っぽだけ芽が出ているような食べ物。初めて食べる」
「くわいって野菜だよ。芽が出ますようにって意味なんだって。あ、このとなりのたけのこの煮物も、もっと伸びますようにって意味があるんだよ」
「芽が出たいよ、ほんと」
「私的には横に大きくなってくれたら十分かな」
じゃあ、次は魚をもらおう、と魚をオーダーする。
ひと口大に切られた、ぶりの照り焼きは噛むとじゅわっと魚の脂が口いっぱいに広がった。
「なん…………だとッ!」
ぱさつきなんか一切なく、照り焼き具合も魚の臭みを消して、ぶり本来のおいしさを引き立てている!
美帆……おそろしい子!
「ぶりは出世魚だからね。出世してもらわないと」
「次、これは?」
「鯨の竜田揚げだよ。お正月に自分より大きな物をたべて、飛躍を願うらしいよ」
「その風習は聞いたことがなかったね」
一部の地域限定らしいけどね、と美帆は笑う。
「ってか、このローストビーフもおせちに入るものなんだな。これもどこかの風習か?」
「それはね、コウ君の好きなもの♡」
「この豚の角煮は?」
「それもね、コウ君の好きなもの♡」
「じゃあ、このチキン南蛮は?」
「コウ君の好きなもの♡」
「じゃあ、この
「はまぐりはね、夫婦円満が込められているんだって///」
うおっ!
急にきた再度の美帆の赤面に、俺まで恥ずかしくなってしまう。
「あ、そうだ。この立派な
美帆は茹でた海老の殻を剥いて俺にあーんってしてくれた。
「海老はね、海老のように腰が曲がるまで長生きするって意味だよ。お互い、腰が曲がるまでいっしょにいたいね」
そんなことを言うもんだから、海老が喉につまりそうになってしまった。
むせると、大丈夫? と背中をさすってくれた。
おせちの一品一品にいろいろな意味があって、美帆が俺のことを考えて作ってくれたことがわかる。俺の一年を案じながら、俺が飽きないように好物まで入れてくれて……。
しあわせにしてやりてぇ……。
なら甲斐性ぐらい身につけてぇ……。
自分がふがいなかった。
20品は超えただろうか。
美帆が一生懸命作ってくれたおせちをひと通り食べると、腹も膨れていた。
まじで腹一杯。
気持ちもいっぱい。
まじで食えねえ。
お重箱にはまだまだ七割以上残っている。
そもそもおせちは正月に台所に立たなくていいように数日かけて食べるものと聞いたことがある。この悪魔的重量をいま全部食べなくてもいいのだ。
「まあ、こんなの余裕で完食できるんだけど、美帆も徹夜で作ってくれたし、三が日にゆっくりつまみながら残りを食うか」
そう言うと、美帆が、ふ、ふ、ふ、と不敵に笑った。
「あまり強い言葉を使わない方がいいよ、コウ君……………………弱くみえるよ」
「おいおい、チャン美帆ちゃんよ~、俺をあまり本気にさせない方がいいぜ」
美帆に煽られた俺は、本気の本気、まじもんの本気を見せてやることした。
「徹夜で作ったおせち、どうなっても知らねえからなあああああ! うおおおおおおおおおおおおッ!」
俺は
卍
解
ッ!
「おせちの
=本日の摂取カロリー=
美帆の手作りおせち
黒豆
数の子
田作り
たたきごぼう
栗きんとん
なます
菊花かぶ
煮染め
くわい
たけのこの煮物
鯨の竜田揚げ
車海老
煮はまぐり
伊達巻
かまぼこ
ぶりの照り焼き
豚の角煮
ローストビーフ
チキン南蛮
穴子寿司
松前漬け
合計 12,189kcal(≒ 超不定期連載ごめんなさい。今年もよろしくお願いします!)
でぶせん女子のメシはうまい。 志馬なにがし @shimananigashi
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