+8kg ちゃんこ鍋ごっつあんです
ピッ。
ホイッスルが鳴らされ、俺は脊髄反射で腕立てを開始する。
「ふんッ! ふんッ!」
ここは俺の部屋。
目の前には、見た目幼女の中学生、妹の
ちなみに、さきほどからスカートの中から縞パンがチラチラ見えている。
「パンツ見えてるぞ」
「うっ、うっさいな!」
顔を赤らめてスカートを押さえる千咲。
腕立てする俺の背中に妹は生足フットスタンプをしてきて、腕立てにさらなる負荷をかけてきた。
「ほら、これからもっと筋肉つくでしょう♡ もっともっとハードワーク♡」
「
「筋肉無きものはただの脂肪! お兄ちゃんは
「
「もっと腕曲げて! このラード!」
「
「29、30……終了! とみせかけて、あと5回!」
「
「腕曲げろ! 腕曲げろ!」
「
「ピッ! はい! 終了〜!」
ぜえぜえ、ぜえ、ぜえぜえ。
腕立て、30回×5セット……まじで地獄だよまじで。
立ち上がって、ぷるぷるする腕を揺らしながら、息を整える。
部屋が汗臭くなっている気がして、窓を開けた。夏だからか、むあっとした空気が入ってくる。
さて。
なぜこんなことをしているのか……。
筋肉フェチの千咲が夏休みを利用して俺んちに泊まりにきた。
そして俺に筋トレを強要してくる。
以上。
正直、地獄の何物でもない。
ちなみに、俺、朝からずっと筋トレしてるからね。
もっと言うと、千咲は「筋断裂は筋肉肥大の元なんだよ〜」つって、寝るときに腕枕強要してくるからね。朝起きたら腕超痺れて起きるからね。
朝、目が覚めて、ピッ!
汗かいてシャワー浴びたら、ピ!
で、現在、夕方17時なわけ。
つうか、美帆来ないし。
千咲が泊まりだしてから、もう3日も来ていないし。
美帆ぉ……どこいったんだよ。
お腹へったよぉ(ヽ´ω`)
ここでふと気づく。
……美帆を求める俺がいたのだ。
「はい、次腹筋ッ!」
ひぃいいいいいいい!
「ちょっと待ってくれ!」
「ん? 時は筋なりだよ」
「時は金なりみたいに言うなよ」
「じゃあ、一攫千筋?」
「筋肉ッ!」
「もうっなんなのさ~」
千咲は眉間にしわを寄せて口からホイッスルを外す。
「ところで美帆を知らないか? 最近来ないけど」
「美帆ちゃんは……残念だったね」
目を伏せる千咲。
「亡き者?」
「私は、前を向くって決めたんだ!」
「だから、亡き者ッ!」
おいおい、まじでなんなんだ。
……冷汗が背中を伝う。
ツインテの幼女が怪しく笑っている。
「って、冗談だよ」
「そ、そうだよな」
「ただ、美帆ちゃんからお兄ちゃんの合カギを没収して、この部屋のインターフォンは壊したけど」
俺は思わず玄関へダッシュして、玄関のドアを開ける。そしてインターフォンを連打した。カスカス、とボタンを空押しする音だけして、ホントにピンポンが鳴らない。
おいおい、まじでなんなんだ。
「千~咲ぁ~!」
「インターフォンは前からだから」
千咲は焦りながら、そんな弁明をしてくる。
「インターフォンはって言ったか?」
その時だった。
ピンポーン。
ベルが鳴った。
「」
「」
言葉を失う
え。うそん。
さっき、壊れていたよな?
と、千咲と目線で会話するが、うんうん、と千咲も涙目で肯首する。
ピンポーン。
またベルが鳴った。
……なにこのホラー……。
「お兄ちゃん、開けてよぉ」
千咲は俺の後ろに隠れて、俺のシャツをぎゅっと握っている。
今にも泣きそうな顔していた。
恐る恐るドアを開ける……と。
「ピンポーン♡」
まさかの美帆さん、インターフォンの口真似していたわけ。
「コウくん、ただいま♡」
ニコッと笑う美帆。
「なんだよ美帆か」
安堵すると、「チィィィィッ!」と千咲は俺の後ろで舌打ち。
「最近来なかったけど、どこ行っていたんだよ」
「あれ? 言ってなかったっけ。家族旅行だよ」
「まあ、聞いてはないわな」
美帆は自然な感じで、両手に持ったスーパー袋を冷蔵庫の前において、中身を移している。そして超自然な感じでエプロンを身に着けた。
もう我が家って感じ。
「夜ご飯まだでしょ?」
「うん、うん!」
俺氏、餌を前にした犬のような声が出る。
「家族旅行ってどこ行ってたんだ?」
「大阪にね」
「ユニバ行った?」
「んーん。夏巡業見てきた」
お相撲さん、おっきかったよ♡
そうニコッと笑う美帆を見て、ブレねえなって少し笑った。
「もうっ! なんで美帆ちゃんが来るんだよ!」
すっかり小姑みたいになった千咲がぷんと怒る。
「はい、千咲ちゃんにお土産♡」
「ありがと~♡ わぁ♡ すっごい
美帆が渡したものは夏巡業のパンフレット。
千咲はお相撲さんの太ももを見て、目を
千咲……相撲取りも守備範囲……だとッ。
「じゃあ、料理するね!」
美帆が微笑む。
その瞬間、ぐうと腹が鳴った。
「頼むぜ美帆ぉ~」
「任せてよ!」
「あー楽しみだな~! ゆでた鳥のささ身とか、ゆで卵とか、豆腐とか!」
「え……」と美帆。
高たんぱく、低脂質。
それは、俺が食うべき究極食材ッ!
体は痩せ運気が上昇し就職先は見つかり出世は確実ッ! 宝くじ・ロト・トトに連続で当選し、どこかの王族から相続の話も持ち上がり、札束の風呂に浸り、人生の覇者になれると聞いたッ! (ソースは千咲ッ!)
そう!
今、俺が食べるべき食材は、
高たんぱく、低脂質ッ!
コレ一択。
「コウくん……私がいない3日間、何食べていたの?」
美帆が目を見開いて聞いてくる。
「ん? 豆腐にキムチと納豆をぐちゃぐちゃに混ぜたものとか、サラダチキンとか、ゆで卵とか、あ、あとプロテイン、だいぶ好きになってきたな~!」
「あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁッ!」
いきなり美帆が頭を抱え始めた!
「無駄だよ、美帆ちゃん」
千咲がほくそ笑む。
「3日あれば十分だったんだよ……」
その笑みはどんどん大きくなり、口角を上げるまでに至った。
「お兄ちゃんを調教するにはね」
ざわ……。
ざわざわ……。
「コウくんこっちッ!」
美帆に手を握られ洗面台へ。そこにあった体重計に乗せられる。
「……10キロも……痩せてる……」
美帆はこの世の終わりのような顔をして、キッと千咲をにらんだ。
「くそうッ! 腐ってやがる! 千咲ちゃんッ!」
「ふふ、なんとでも言えばいいさ!」
「待っててねッ! コウくんッ! 今、私が太らせてあげるから!」
「あははは! 無駄だよ美帆ちゃん!」
ピッとホイッスルが鳴らされた!
俺は骨髄反射でボディビルのポージングをする。
「お兄ちゃんが好きなものはッ!」
「ささみ、たまご、ぷろていんッ!」
「お兄ちゃんの生きがいはッ!」
「きんにくつけて、うはうはじんせいッ!」
……あれ、意図もしない言葉が口から勝手に漏れ出てくる。
「あぁ……あぁああああああ!」
美帆がその場で崩れて、座り込む。
「美帆、大丈夫か?」
「お兄ちゃんッ! 今ポージング中でしょ! ピッ!」
ホイッスルの音で、俺はボディビルのポージングを再開。
「……くそッ、体が……勝手に……」
「待ってて、コウくんッ!」
――私が、コウくんを救うからッ!
涙を拭いた美帆が料理をし始めた。
俺と千咲は部屋に戻って筋トレを再開。
腕のトレーニングはしたから、永遠にスクワットを強要されていた。
「はーい♡ できたよぉ」
美帆がでっかい土鍋を持ってきて、テーブルの上のカセットコンロに土鍋を置いた。
「夏なのに鍋かよ」
「これがいいんだよ」
美帆はそう言って、クーラーの設定温度をめちゃめちゃ下げた。
「キンキンに冷やした部屋で食べるお鍋は最高だよ」
ぐつぐつと鍋が煮えている。
そして……その鍋料理は……。
「ちゃんこ鍋……?」
それも尋常じゃない量がある。
テーブルの上、ぜんぶ土鍋って言っても過言じゃないくらい大きい。
10人前はあるんじゃないかな。おいおい、どこでこんなの売ってんだ。
「夏巡業を見てて閃いたんだー♡ 帰ったらコウくんにちゃんこ鍋ごちそうしようって♡」
しょうゆベースの出汁の中には、鶏肉、鶏団子、お揚げに豆腐、そしてキノコ類とぐだぐだに柔らかくなった野菜が入っていた。
食材の出汁が
「柚子?」
美帆を見ると、
「青柚子の皮を、少しだけね」
いつものように、ニコッと笑う。
実に食欲を駆り立てる香りがする。
すげえうまそう。
……ぐぅ、と腹が鳴った。
「美帆が作る料理にしてはヘルシーに見えるな」
「お兄ちゃんッ! お豆腐とか、野菜中心に食べるんだよ!」
そう言って、よそってくれる千咲。
「いただきます!」
はぐっ……と頬張った。
……うまぁッ!
くたくたに煮立った白菜の中にぜんぶの出汁が入っていて、頬張るたびに、ジュウ、ジュウ、って鶏・キノコの出汁が口の中にあふれてくる。
それにこの柚子の香りッ! 濃厚さの中にさっぱりが共存して!
豆腐も豆腐で出汁が利いていて、たんぱくさがまったくない!
なんだよこれッ! 豆腐単品で贅沢料理になっている。
「なにこれ、おいしい」
我が妹も気づいたようだ。
「ふふ、いっぱい食べてね♡」
鍋には鶏団子と鶏もも肉が浮いていて、俺はもも肉は脂が多いだろうからって、鶏団子を取った。鶏ミンチに野菜などを混ぜてヘルシーになることも多い。鶏団子ともも肉を比べたとき、鶏団子の方がヘルシーだろうという判断だ。
ひと口で頬張った。
………………じゅわぁ。
ッ!!
肉汁と脂のジュースが口いっぱいに広がって、一瞬で気づいた。
これはすげえカロリーだと。
「この鶏団子ッ! 美帆、お前、何をした!」
「ふふ……。鶏団子って、ぱさぱさになることが多いじゃない」
ニコニコっと美帆さん。
その美帆さんは、白いチューブ状のボトルを取り出した。
「だから、これを入れたんだよ!」
「ま、まさか、美帆ちゃん!」
千咲が見開いて驚いた。
「そう、ラードだよ!」
「「ラ、ラードッ!」」
声が被った
「そうラードだよ。豚の脂をプラスすることによって、ふっくらジューシーになるんだよ。これはハンバーグにも使えるテクニックでね」
美帆が、人を太らすためだけの
「つまり、この鶏団子をいっぱい食べれば! コウくんの体はもとに戻るのさ!」
ビシィ! と指をさしてくる美帆。
「だ、だめだよお兄ちゃん、この鶏団子は食べちゃだめ! 今日なら、鶏もも肉も食べていいから! お願いッ! 耐えて! 耐えるんだよ!」
泣きそうになりながら抱きついてくる我が妹だった。
しかし……。
ざわ……。
ざわざわ……。
「ふふふ……」
美帆が笑う。
ざわ……。
ざわざわ……。
……美帆の魔の手は、逃げられないところまで俺に迫っていたわけで。
「ふふ……へただなあ、コウくん。へたっぴさ……! 欲望の解放のさせ方がヘタ。コウくんが本当に欲しいのは……!
ざわ……。
ざわざわ……。
「だめだよッ! お兄ちゃんッ!」
千咲が涙目でこっちを見てくる。
「ふふふふ……脂質が多いからって……こっちの……豆腐とか野菜でごまかそうって言うんでしょ? コウくん、ダメだよ! ダメなんだよ! そういうのが実にダメ! せっかく脂たっぷりの鶏団子でハグッってしようとしている時に……その妥協は傷ましすぎるよ! そんなんでちゃんこ食べても無駄だよ。嘘じゃないよ? かえってストレスがたまる。食べられなかった鶏団子がチラついてさ……全然スッキリしない。筋トレ後の自分へのご褒美としちゃ最低だよ。コウくん、贅沢ってやつはさ、小出しはダメなんだよ……? 食べるときはきっちり食べたほうがいい。それでこそ日々の励みになるってもんなんだよ! 違う、かな?」
ざわ……。
ざわざわ……。
「だめだよなんだよ! お兄ちゃんッ!」
千咲が涙目でこっちを見てくる。
ざわ……。
ざわざわ……。
ざわ……。
ざわざわ……。
ざわ……。
ざわざわ……。
ざわ……。
ざわざわ……。
ざわ……。
ざわざわ……。
「……………………ご褒美」
筋トレ、辛かった。
これもそれも、痩せて運気を上げて就職して出世するため。宝くじ・ロト・トトに連続当選して、王族から相続されて、札束の風呂に浸って、人生の覇者になるため。
こんなところであきらめていいのか。
ざわ……。
ざわざわ……。
美帆を見ると、ニコッと微笑んだ。
「今日くらいは、いいんじゃないかな。コウくん、がんばったよ!」
「だな!」 ゚∀゚)
「いただきます!」
「お兄ちゃん、だめぇえええええええええええええええええ!!!」
はぐっと鶏団子を頬張ると、肉汁の洪水が口の中でおきる。そして白菜を同時に口の中に入れ込むと、出汁のジュースと肉汁が、口の中でまじパーティナイッ!
はぐっ、はぐっ、鶏団子を口の中に連続投入ッ!
同時、出汁も啜ってお口の中には幸せに包まれるッ!
これこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれぇぇぇぇぇ!
脂で満たすお口の幸せみーつけた♡
うまうまうまうまうまぁあああああああああああああああ!!
もう……俺、止まんないよ?
「コウくん、お米いる?」
「おうッ! 大盛りなッ!」
「おかわりいっぱいしてね!」
美帆はご満悦。
「お兄ちゃん、おかしいよ!」
「ごっつあんです!」
「そんなに食べちゃ、おかしいよ!」
「ごっつあんです!」
千咲は涙目。
……今日も我々、水上兄妹は、美帆に完全敗北を期すのであった。
「ねえ、千咲ちゃん」
「なんだよ美帆ちゃんッ!」
「コウくん、お相撲さんにしちゃおっか」
……ふたりがそんな不穏な会話をしていることに、俺は聞いていないふりをした。
冗談だよね?
=本日の摂取カロリー=
ちゃんこ鍋✕8人分
4,328kcal
大盛ごはん×8杯
3,224kcal
合計 7,552kcal(≒お相撲さんが食べる1日量)
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