でぶせん女子のメシはうまい。

志馬なにがし

+1kg デミグラスチーズハンバーグ

「そんなのダメ――――――――――ッ!」


 たるんできた腹を掴みながら「太ってきたから痩せようと思う」なんてことを言うと、幼馴染は机をバンと叩いて怒ってきた。うっすらと涙を溜めている。


「わかった。コウ君が痩せるなら私も死ぬ」


「ちょ、落ち着けって」


「落ち着いていられないよ! だってコウ君痩せるって言うんだよ! 意味わかんない意味わかんないよ! そんな勝手なこと言わないでよ!」


「自由に痩せさせてくれよ! あきらかに最近太りすぎなんだよ! そろそろ本気でやべえんだよ!」


「ダメだよダメだよ痩せちゃダメなんだよ世界には食べられなくて困ってる人がいっぱいいるんだよ食べられるってだけで幸せなのに自分で食べないってどれだけ人の想いを踏みにじむことになるかわかってるのっていうか成長期じゃん成長期は食べなきゃダメなんだよ食べないと背が伸びないよ成長期は食べて縦にも横にもおっきくなんなきゃダメなんだよ!」


 一気にまくし立てた幼馴染はゼェゼェと肩で息をしている。わけわからない自論にどこからツッコんでいいのやらと頭を抱えてしまった。


「……俺、もう21なんだけど」


 俺――水上貢介みずかみこうすけは現在、大学4年生になる、社会の入り口に立てるか立てないかの瀬戸際でふらついている就活生だ。もちろん成長期なんかとっくに終わっている。

 で、俺の正面におわします俺の幼馴染――夏秋なつあき美帆みほは、4つ下の女子高生だ。背がちっちゃく華奢。目がパチクリのド童顔。それでいてお胸はご立派に育っているものだから、ひとり暮らしをしている俺の部屋にこんな制服姿のロリ巨乳が上がりこむだけで通報されそうな雰囲気ができあがる。

 美帆は家族の都合でつい先月まで外国にいた。そしてつい1ヶ月前、俺たちは再会することになった。再会したはいいが、美帆はひとり暮らしが原因で粗食になり痩せ細った俺を見て卒倒した。


 なぜかと言うと……。


「もう美帆はあんなに痩せたコウ君見たくないんだよ! オーストリアはみんな大きかったよ」


 ――ねえ、コウ君。


 神妙そうな顔をする美帆。

 そして、ぐっと親指を立ててこんなことを言う。


「美帆は100キロ超えたコウ君がいいんだよ」


 みなさん言質げんちとりましたね? ね?


 そう!

 何を隠そうこの美帆は、

 極 度 の デ ブ 専 な の だ !


 美帆は事あるごとに俺を太らせにやってくる。手が届くところにブラックサンダーを置いたり、カバンにカロリーメイト忍ばせたり。


 そこまでは抗えた。ぎり抗えた。

 しかし、それではぬるいと感じたのか、最近じゃ家に上がり込んで夕食を作って食わせようとしてくる。


 なんだかんだ1ヶ月で10キロ太った俺。

 このままでは本気でデブになってしまう……。


「今日もご飯作ってるよ♪」


 ほらでた。

 幼馴染贔屓ひいきではないのだか、美帆の料理はこれまたうまい。めっちゃうまいのだ。そんな超ウマ料理に抗えるはずもなく、ぶくぶくぶくぶくと体重を増やしている。

 キッチンからは米が炊ける匂いがする。ビーフシチューのようなソースの匂いもする。口の中がよだれで溢れそうになるがぶんぶんと顔を振って正気に戻る。これ以上こいつの飯を食ったらやばい。


「まじで腹がやばいんだよ。あきらかに最近食い過ぎで就活スーツがぱっつんぱっつんでみっともねえんだよ。こんなんじゃどこも内定くれねえよ」


 嘆息しながらそう言うと、美帆がニヤニヤしながら紳士服屋の紙袋を取り出した。


「えっへん! そう思って私、2サイズ大きいスーツを買っておきました!」


「ちょ、待て……スーツって結構高いだろ? どこでそんな金……」


「コウ君のベットの下のやつ、売ったら結構お金になったんだー☆」


 !!?


 俺は即座にベッドの下に隠していた宝物ライオンハートを確認する。カードケースに大事に仕舞われた遊戯王カード。

 無い。無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無いぃぃいいぃいいいい!!!!


「俺のォォォォォオォォ青眼ブルーアイズ!!」


 ちくしょうブラックマジシャンもねえ。俺のコレクションからレアカードだけが無くなっている!


「なんという卑劣な!」


 頭に血が上って美帆を睨むと、「え。え。なんで怒ってるの?」とキョトンとする美帆。いやそのキョトンはおかしいだろ。


「もうあったまきた! これから俺は水しか飲まん! 断食じゃ断食! 痩せゆく俺を眺めながら絶望するがいい!」


 自分でも制御不能に取り乱した挙句、ジョジョ立ちで美帆を指さしながら奇声をあげる俺。ポリスメンにこんなところを見られたら確実に逮捕されちまうが、そんなことどうだっていい。

 俺は第2のガンジーになることを決めた。決めたんだ。絶食をもって美帆に正義を見せつけてやる。


「そっか……せっかくご飯作ったのにな」


 取り乱すと思ったが、しおらしく肩を落とす美帆。


「フハハ! 俺はテコでも動かん! こう見えて俺は空腹耐性は強い方なんだ。数日の断食はヨユー。夏と正月のビックイベントのために貯金ライフチャージしてたころなんて、一ヶ月もやしで過ごしたからな。水だけありゃ生きていける」


 美帆が謝るまで意地でも料理は食わない。誓いが守れなければ舌を噛み切って死ぬ。今回の決意はそれほど固い。


「残念。今日はコウ君が好きなハンバーグなのに」


「……え?」

 俺の声帯から乙女みたいな声が出た。

 待て待て。落ち着こう。


「ハッ! どうせいつものケチャップ味の……」

 そこまで言って、脳裏にひとつ引っかかることがあった。先程嗅いだビーフシチューのような香り。その正体は……まさか!


「今日のハンバーグはデミグラスだよ♡」


 そう言って、美帆は白い皿にあつあつのハンバーグを乗せ、その上からつやつやと輝くデミグラスソースをかける。


「デミグラ――――――――――ッス!」


 それは牛肉と彩り豊かな野菜を煮込んで煮詰めた宝石のような奇跡のソース! ハンバーグのジューシーさを飛躍させるまさに秘薬といえよう。デミグラスはバーグのためにあり、バーグはデミのためにある言っても過言ではない。まさに宇宙の真理。


「……クッ」


 強ぇ。

 意識が飛びそうになった俺は唇を噛んで正気に戻る。口元を伝う雫を拭うと血が出ていた。危ねえ。意識を落とすと確実に食っていたところだ。


 だが。

「今日の俺は鋼の意志を宿している! たとえハンバーグがどんだけうまそうであっても、お前の料理なんかに屈したりはしない!」


 正座する俺の前に、どんどん料理を並べていく美帆。テーブルに料理が並ぶ。

 コーンスープ。ライス。そしてハンバーグ。ハンバーグの横には千切りキャベツとポテトサラダが添えられている。白いお皿に盛り付けられた鮮やかな料理たち。めちゃめちゃうまそうな匂いがする。

 それはまさにプロの盛り付け。子どものころ家族で行ったレストランを思い出す。


「えーコウ君、食べないの?」

 エプロン姿の美帆が正面に座って両手を合わせる。「いただきます」と小さく言って、箸でハンバーグをカットした。


 ふわあ〜箸を入れたら肉汁出てきた〜♡♡

 美帆の皿に目を奪われて完全に意識が持っていかれそうになる。

 まじで食事の暴力だ。


「うん。よかった。上手にできた」

 美帆はひと口食べて、満面の笑みを浮かべる。俺は歌舞伎っぽく片目だけ寄り目にして意識をそらしていた。


「わかった。じゃあ味見だけして? ね?」

「お前の料理に……俺は…………屈しない!」


 思い出せえ……ひたすら食費を削った日々を。3日に1食でも余裕だったじゃないか。なにを今更こんなハンバーグに心を乱されるか!

 俺の鋼の意志を見せてやる!


 すると、無慈悲にも美帆はひと口サイズのハンバーグを目の前に差し出してきた。


「はい、あーん♡」


 あーんである。目の前のロリJKがあーんである。美帆のハンバーグが目の前でバークしてバーグがビバークでハンブルグのへい、ってやばい頭が回んない。この美帆が箸で差し出す目の前のジューシーそうな食べ物がめっちゃ美味そうっていうかめっちゃ美味そぉぉおおぉぉおおおぉぉおぉぉぉぉぉ!!!!


 額に脂汗が浮かぶ。呼吸が荒い。

 クソッ! 負けたくない、負けたくないのにぃいいいいいいい!!











 ぱく。もぐもぐ。ごくん。

 うまーい(*⁰▿⁰*)








 食べちゃった。


 口の中に入れた途端、デミグラスの濃厚な肉の旨味ががつんと広がって、同時に香味野菜や赤ワインを煮詰めた重層的な香りが脳をしびれさせる。そして、はぐっと噛みしめるとじゅわっと肉汁が溢れてきた。肉汁を喉に通すと、余計に食欲が刺激されて、ますます腹が減ってくる。


 もう引き返すことはできないんだな……。


「これが、俺の、最後の晩餐だ!」

 俺は自分の箸を手にして、「いただきます!」と叫んだ。


「いっぱい食べてね♡」

 美帆の笑顔に敗北感を抱きながらも、もはや己の内から湧き上がる情動を抑えることはできなくなっている。


 ハンバーグをひと口大に切り、デミグラスソースをたっぷり付けて、ライスの上で一度バウンス。そしてハンバーグを頬張り口いっぱいの肉汁パーティーを存分に楽しんだら、どうだよ、おいおい……ライスがデミグラスで化粧しちゃってるぜ……。デミグラスが付いたライスを口いっぱいに頬張る。人間は知っている。本能で知っている。肉物はライスにバウンス! コレ絶対! 肉の旨み×炭水化物は最強にうまい! うまいに決まっている!

 備え付けのキャベツの千切りもデミグラスと和えながらハンバーグといっしょにかっ込むとごちそうに変わる。となりのポテトサラダもデミグラスと相性バツグン。ハンバーグ、キャベツ、ポテサラ、ライス。一気に口の中に頬張りながら、まるで獣のようにむさぼっている。うまいうまいうまいうまい!!!


 気付けば皿が空になっていた。


 ……なんだろう。途方もない虚無感に襲われている。


 美帆を見た。


 そのときの俺はどんな顔をしていたのだろうか。

 きっと濡れた捨て犬のような顔をしていたに違いない。

 美帆はぷっと笑って、「おかわりあるよ♡」と嬉しそうに笑う。


「さすがにおかわりって」

「んー♡ けど、たくさん焼いてるよ♡」

「いっこで十分って言うか……」

「ふふ♡ これ見てもそんなことが言えるかな」


 美帆は小さな小鍋を持ってきて、おたまを持ち上げ、小鍋に入った黄金に輝くソースをトロトロ~っと見せつけてきた。


「おまえ……まさかそれは!」

「チーズソースだよ♡」

「クッ! 最初のいっこはデミグラスのみで楽しませたあと、チーズソースで二度美味しいってか! 貴様! 本格的に俺を太らせるつもりか!」

「美帆はたくさん食べてくれるコウ君が好きなだけだよ♡」


 おかわりする/しないを答える間もなく、美帆は俺の前に新たなハンバーグプレートを置き、目の前でハンバーグにトロトロ~とチーズをかけていく。


「カマンベールチーズに少しの白ワインを加えて弱火で加熱すると、チーズソースって簡単に作れるって知ったんだ~。美味しいから食べてよ、ね♡」


 まるでデミグラスの海に夕日が差し込んだかのように黄金こがねのチーズソースが広がっている。それはまるで芸術だと思った。

 俺はその芸術に箸を入れ、ハンバーグを持ち上げる。すると、にょ~んとチーズが伸びて、頭の上まで持ち上げてもチーズは伸びていた。


 ……やばい。

 ぜったい美味しいやつやん。


 意を決してぱくりとひと口頬張った。


  ~明日、今日よりも強くなれる~


 脳裏に懐メロが流れてきて、なぜか涙が出てきた。

 荒々しいまでの肉々しさを、チーズが抱きしめ、すべてをまろやかにしていく。

 それはチーズが生み出す肉との友情。

 バーグとベールの友情物語。


 熱々の肉汁を噛みしめるたび、熱々チーズが旨みを倍増させて口の中で乱舞する。

 なんだこれ! なんだこれ!

 頭ん中とろっとろに溶けて何も考えられない! 何も考えらんないよッ!







「美味し……かったです」 







 負けた。

 美帆のハンバーグに……負けてしまった……。


 デミグラスチーズハンバーグを瞬殺して、あーあ今日も絶対太ったわ、そんなことを思いながら、腹をさすっているときだった。



「ハンバーグ、まだおかわりあるよ♡」


「……え」

 今度は俺の声帯からおっさんみたいな声が出た。



「さすがにもう」

 と断るが、目の前のデブ専幼馴染は手を緩めることはしない。


「目玉焼きもつけよっか♡」

 そう言って、ニコッと天使のような笑顔を送ってくる美帆。


 ……ちくしょう。

 ちくしょう。ちくしょう!


「O☆KA☆WA☆RI☆DA!」






=本日の摂取カロリー=


 デミグラスチーズハンバーグセット

 (目玉焼き付き)


 3,300kcal(≒成人男性1.5日分のカロリー)

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