+7kg プロテインから揚げ
「ふん! ふん!」
俺――
デブ専幼なじみ――
「ハァハァ……もう限界……」
腹筋を酷使した回数は5! がんばった俺、まじえらいわけで、フローリングに大の字になって1分のインターバルをとった。そしてまた、ふんふんと腹筋運動を再開させる。
すると、
「どうしたの?」
美帆がキョトン顔で俺を見下ろした。エプロンの下はスカートで、スカートの中が見えそうだった。これはまずいと位置を変えて腹筋再開。
「ねえねえ、どうしたの?」
美帆が話しかけてくるが、正直息が上がって答えることはできない。それだけのハードワークを俺は自分に課していた。
それにしても……くの字に曲げた足がふらついて、やりにくいな……。
そう思っていたとき、
「ねえねえ」
と、美帆のやつは俺の足に抱きつく形になって、俺の足を押さえてくれたのだ。
!!?!?!?
「コウくん、腹筋なんかしてどうしたの?」
顔近いぃいいい!
足の
家に上り込んでくる美帆に欲情してなんか変な空気になるのも嫌だしいつも我慢しているけどこれは無理だわおっぱい当たるぅううう!!!
もはや俺の精神、
「美帆! 邪魔するなよ!」
「邪魔してないよ? むしろ手伝ってるよ?」
そう言ってニコッと笑う美帆。
くそッ……かわい……じゃ な く て、
「ち、
「千咲ちゃんって、あの千咲ちゃん?」
「そうだよ! 妹が今日から泊まりに来るんだよ!」
「わー懐かしいな~。最後に会ったのが小学生だったから。もう中学生だっけ」
「そんな呑気な話じゃないんだって! 可及的速やかにこの腹の脂肪を削ぎ落とさないと……」
「コウくんは何慌ててるの」
のんきにふふと笑う美帆に対して、俺は声を上げた。
「美帆は知らないだろうけどあいつは!」
そのときだった。
ピンポーン。
ベルが鳴った。
……ま、まさか。
まじかよまだ9時だぜ実家からここまで4時間はかかるってことはあいつ始発で家出たのかよ!
脳が超高速で思考するが、状況は変わらない。背中は汗でびしょびしょで、どうしよどうしよ、とあたふたするばかり。
すると、そんな俺の気も知れず、美帆はぴよぴよと玄関で向かう。
「ちょ、美帆待てって!」
「はいはーい。千咲ちゃんかな?」
呼び止めもむなしく、美帆が玄関のドアを開けた。
ドアが開いて現れたのは俺の妹の
まだまだ背も低く見た目は完全に小学生なのだが、それを指摘すると怒りだすロリ少女。
ショートカットってだけでも子どもっぽいのに、今日は一段と子どもっぽいワンピースを着ていた。
「……え」
と、美帆を見るなり固まる千咲。
「お兄ちゃんの……彼女?」
「わー千咲ちゃん久しぶりー! 全然変わっていないね! 美帆だよ、美帆!」
美帆がうれしそうに千咲の肩に触れると、千咲はだんだんと理解していったような顔をした。
「美帆……美帆ちゃん!?」
うげ、と一歩後退して手刀を構える千咲。
「う、うそだ! 美帆ちゃんはあのとき死んだはずッ!」
「殺さないでよ、傷つくなあ」
すると、千咲は美帆をビシッと指さした。
「なんで美帆ちゃんがここにいるんです! お兄ちゃんはどこにやりました!」
「コウくんなら……」
そう言って、美帆は俺へ振り向いた。
そして、俺と千咲は目が合った……。
す る と、
「お兄ちゃ…………
って! お兄ちゃんじゃなぁああああああああああああああああい」
てなことを言われてしまうわけで。
「俺だよ! 俺! お前の兄貴だよ!」
「うそだうそだよ! こんなのお兄ちゃんじゃないよ!」
「千咲ちゃん、ちゃんと見て! どうみてもコウくんだよ」
美帆は千咲の後ろに回って、指で千咲の目を開く。
< ● > < ● >
↑こんな目して俺を凝視する千咲。
「おにぃ……」
そう言いかけたとき、
「こんなのイヤ――――――――――ッ!」
と千咲が叫んだ。
なんだ既視感あるこの感じ。
「こんなのダメだよダメなんだよ!」
「ちょ、千咲?」
「お兄ちゃんがこんなぶよぶよなわけがないんだよ!」
「千咲落ちつけって!」
「落ち着けないよ! だってこんなにお兄ちゃんが太ったんだよ! こんなデブはお兄ちゃんじゃないよ! なんでなんだよッ! なんでなんでなんでなんでなんでなんでッ!」
髪を振り乱して混乱する千咲は、玄関からキッチンに入るなり、キッチンの包丁を取り出して、俺に刃先を向けた。
「わかった。お兄ちゃんのその贅肉……千咲が切り落とす!」
「千咲ぁああああああああああああああああああああああ!!!!」
シュウゥゥゥゥシュウゥゥゥゥとすごい呼吸音を轟かせながら包丁を向けている千咲。
きっとこれから「水の呼吸!」とか言って斬りかかってくるに違いない。
まじでやばいって目が血走ってるってホントこいつヤル気だ!
すると、美帆。千咲に立ち塞がって俺をかばおうとしてくれた。
美帆の背中がまじで広く感じる。
「贅肉は切っちゃダメ! ダメなんだよ! やっとここまで育てたんだから!」
えっと、美帆? 論点そこ?
「オマエガオニイチャンヲ……」
えっと、千咲? 声質が違うぞ。
……千咲が来ると聞いて、なんとなく嫌な予感はしていた。
むしろ、こうなることは想像がついていた。
なぜかと言うと……。
「どうしたの? 千咲ちゃん! コウくんが太ってても大丈夫だよ! ほら、ぷよぷよして気持ちいいよ!」
美帆は俺の腹の贅肉をつんつんして恍惚な表情を浮かべる。
「お兄ちゃんは……お兄ちゃんは……」
すると、千咲は自分のスマホを掲げて、ある一枚の写真を見せてきた。
そこに写るは俺が高校のときの写真。俺が部活前に着替えている半裸の写真だった。この頃の俺は、千咲にトレーニングさせられていたことや、部活をやっていたこともあって、腹筋が割れていた。シックスパッドである。
……なんで更衣室の写真なんか持っているのかは今更ツッコまない。
「千咲はね! お兄ちゃんをゴリマッチョにするって決めてるんだよ!」
みなさん
そう!
何を隠そうこの千咲は、
極 度 の マ ッ チ ョ 好 き !
ある日のことだ。
千咲がボディービルのDVDを見るようになって、部屋にビルダーのポスターとか貼りだした。
そして、俺に筋トレを強要するようになり、その小さな体で一生懸命シェイクしたプロテインを飲ませるようになった。
今ではその狂乱ぶりを発揮して、付属高校のラグビー部員たちをその小さなロリボディで屈服させているらしい。噂によると、数十を超えるラガーマンが、千咲の「よし」という言葉があるまで腕立てを続けるんだとか。なにそれ怖い。
俺も千咲が筋肉に目覚めてからはきつかったなぁ……。
いや、筋トレがって意味じゃなくてね……。
両手両足に2キロの重りとか付けらされて高校に行くことになってさ……。
体育の着替えでクラスメイトに見つかっちゃって……
『修行中かよ水上まだ中二病とかマジ草w』
とか言われちゃったんだよねぇ()
ぐッ! 俺の心の古傷が……。
「お兄ちゃん! 腕立て!」
ピッ! と千咲がホイッスルを鳴らした。
俺は半ば条件反射でうつ伏せになり、両手で体を浮かせる。
「腕立て30回! 腹筋30回! スクワット50回! 3セット開始! ピッ!」
よほど体に染みこんでいたのか、千咲からの指令を疑いもなく実行しだす俺氏。
一方、美帆は「おなか空いたらご飯あるよ?」と、俺を太らせることしか頭にない。
「美帆ちゃん残念でした。今日からお兄ちゃんのご飯は千咲が用意するんだから」
そう言って、千咲はバーテンダーみたいにシェイカーをカシャカシャやっている。
「千咲ちゃんはわかっていないなあ。コウくんは美帆の料理が大好きなんだよ?」
そう言って、美帆はキッチンで揚げものをしている。
ふたりの女の子が見つめ合って火花を散らしていた。
動いたのは、美帆だった。
「はーい、コウくん朝ごはんだよ~?」
テーブルに大量の料理を並べる美帆。
「今日のメインは鶏のから揚げ♡ ちょっと待ってね。すぐ持ってくるから」
「はッ! ムダだよ美帆ちゃん! こう見えて筋トレモードのお兄ちゃんは千咲がみっちり筋肉のために食育を行った筋肉の戦士! 鶏肉なんて、皮を剥いだムネ肉か、ヘルシーなササミ肉しか口にしないね!」
俺は不敵に笑って、
「ふふ。千咲よ……俺の目を覚ましてくれたようだな。俺もこれ期に、筋肉を付け、健康的に痩せていくことをすべきなのかもしれない」
「お兄ちゃん……」
「妹よ……」
そうだった。そうだよ。
俺、痩せないと。
俺、就職ピンチなんですわ。
「はーい から揚げだよぉ~」
美帆がから揚げの山を持ってきた。
テーブルにはから揚げの山・山・山。
そのときだった。
「うわぁあああああ♡」
と心の底から声が出ちゃった俺。
「お兄ちゃん!?」
「ハッ! ち、違うんだよ、千咲! 正直、俺はから揚げが大好きだけど、2、3個食べたら我慢しようかなって。けど、2個か3個だから、カロリーはほぼゼロっていうか」
「お、落ち着いてよお兄ちゃん! 全然カロリーゼロじゃないっていうか! ほ、ほら、これでも飲んで!」
美帆の強大な力の前に膝を折りそうになった俺へ、千咲はシェイカーを渡してきた。その中にはプロテインの牛乳割。
俺はプロテインをいっきにあおって、腕で口元を豪快に拭う。
「フハハ! 残念だったな美帆! 俺は今まさに筋トレ直後! いわゆるゴールデンタイムといわれ今から15分間はタンパク質の摂取が急務! つまり俺が今求めるは高タンパク食品のみ! こんな脂にまみれた食いもんは受け付けないに決まっているだろ!」
「…………」
沈黙する美帆。
ついに!
ついにだ!
美帆を沈黙させてやった!
「決まった」
「決まったね! お兄ちゃん」
千咲は俺に抱きついてスリスリしてくる。
おーかわゆい。かわゆいぜ我が妹。
「ほらほら、美帆ちゃんのから揚げはもったいないから持って帰ってもらうとして、どうしよお兄ちゃん。筋肉のためにコンビニでサラダチキンでも買ってこようか?」
美帆は完全に沈黙した……はずだった。
うつむいた美帆は肩を揺らして、
「ふふふ……それはどうだろうね……」
と不敵に笑う。
そして。
「これを見てくれコウくん!」
となにかの袋を取り出す美帆。
「そ、それは」
たじろぐ千咲。
「プ……プロテイン?」
俺は小首をかしげる。
「ふふふ……実はこのから揚げ……衣はプロテインで出来ているのだよ!」
「美帆! ま……まさかッ!」
「そう! そのまさかだよ! それに使用した鶏肉の部位はムネ肉! モモ肉よりも高タンパク! 今コウくんが食べるべき料理は! その! から揚げなんだよ!」
「う、うそだ、うそだ」
涙目になる俺。
「お兄ちゃん! だ、だまさちゃダメ! そ、そうだ! いっしょに大豆から豆乳絞って、手作り豆腐を作ろ? ね? 豆腐は畑のお肉だから……」
千咲が俺の体を揺するが、正直、どうでも良くなっていた。
「悪い……千咲」
俺は美帆が作ったから揚げをひとつつまんで、口に運ぶ。
「ダメ――――――――ッ!」
千咲が叫ぶ。
「もうコウくんは……」
と美帆がニコッと笑う。
「美帆の料理にぞっこんなんだから♡」
ぱくッ!
じゅわ~。
(‘༥’)もぐもぐ。
ごくん。
「うぅぅぅぅぅぅぅまぁあああああああああああああああああいいいいいいいいいい!」
叫んだ。叫ぶでしょ。叫んじゃったよ。
サクサクとした衣の中から肉汁がじゅわ~と出てきて、鶏肉のうまみといっしょに口の中を満たす。から揚げはいまだあっつあつで、やけどを負いそうになった。口の中が幸せのやけどだよ。
美帆の味付けが抜群なのか、醤油とショウガかな? ショウガの香りが食欲を増大させていくというか!
うッまい!
コンビニのホットスナックコーナーで売ってたら毎日3回は買うわ~。まじ協賛しねえかな!
「うまいよ美帆ッ! これ、いくらでもイケる! プロテインの衣、ふだんのよりマジさっくさく!」
「たくさんあるからね♡」
美帆はテーブルの向かいに座って、両手で頬杖を付いてニコニコしながら見てくる。
一方、千咲は、
「お兄ちゃん! もう20個目だよ! 食べ過ぎだってッ! そんな食べ方したら太っちゃうよ!」
と俺を揺するが、まったくもっての無駄だった。
「そうは言ってもッ! 止まらないッんだ!」
「なんでだよおかしいよ! そんなに食べるのおかしいよ!」
半泣きの千咲に対して、美帆が微笑みながら言う。
「美帆にね」
ニコッ。
「美帆に太らされることは大災に遭ったのと同じだと思って」
ニコッニコッ。
「人間は痩せる必要なんてないんだよ……いつまでもそんなことに拘っていないで、美味しくご飯を食べればいいんじゃないかな」
ニコッニコッニコッ。
鬼舞辻○惨様みたいなことを言う美帆。
……笑顔が……怖い。
それは、是が非でも俺を太らせにかかるという宣言だった。
俺はその宣言をもりもりから揚げを頬張りながら聞いている。
「美帆ちゃん……」
千咲は驚愕の表情を浮かべた。
「美帆ちゃんは……存在してはいけない生き物だ!」
「コウくんは美帆が絶対太らせる!」
と美帆が言い、
「お兄ちゃんは千咲が痩せさせて、理想のマッチョボディにさせるんだから!」
と千咲が火花を散らせる。
そんなふたりを尻目に、俺はから揚げを完食していた。
いやまじ。
俺……これからどうなるの。
=本日の摂取カロリー=
プロテイン(牛乳割り)
261kcal
プロテインから揚げ 32個
2,816kcal
合計 3,077kcal(≒ボディビルダー1日分のタンパク質摂ってる)
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