エピローグ

 やがて回復したゴルドーさんに連れられ、私は万年樹を後にした。

 帰りは比較的ラクな道のりだった。火を出す魔剣が手元にあるのだから当然で、忌々しい草木は驚くほどあっさりと除去され、私たちは外傷なしで突破することができた。まったく、滅亡を現出する魔剣の便利な使い道もあったものだ。

 いわゆる森林破壊だけど、今の私たちなら許されると思う。

 そんな切り札があったのなら、往路の時もさっさと使ってほしかったけれど。

 ゴルドーさんは、その魔剣を隠していたわけを話してくれない。終始むっすりとした顔で、私の前を歩くだけだった。

 私に怖がられたくなかった、なんて理由は期待が過ぎるか。

 毒沼に関しては魔剣でも干上がらせることは不可能なため、別の手段を使った。

 つまり精神汚染を、万年樹の霊薬によって治療しながら進んだのだった。

 水筒に汲んだものを空になるまで使って、おかげで霊薬を持ち帰ることは叶わなかったけれど。もう当初の目的は、どうでもよくなっていた。

 霊薬を持って帰る気はもうない。金策は別の手段を探す。

 そして村に帰ったら、村中に吹聴してまわろう。霊薬なんてなかった、と。

 これ以上誰も万年樹の餌食にならないように、なんていう善良な心は生憎と持ち合わせていないのだけれど。理由はもっと俗っぽく、底意地悪く、この森に仕返しをするために。

 しばらくは節食を心がけることだ、大喰らいめ。

「ここを真っすぐ歩けば森の出口だ」

 森の最初の地点まで戻った時、ゴルドーさんはこともなげに言った。

「あれ、帰れずの霧は?」

 私は疑問を口にしたのだけど、ゴルドーさんは気に留めずにさっさと歩き始める。

 仕方ないのでついていく。程なくして景色という景色をかき消してしまう濃霧が発生し、私たちを包み込んでしまった。

 前方のゴルドーさんの姿かたちさえ、油断すれば見失ってしまいそうになる。私ははぐれてしまわないよう、彼に引っ付きながら歩いた。

「この霧はな、人の方向感覚を狂わし、錯覚を起こさせやすくするものだ。後退を前進と思わせ、気づかぬうちに同じ円上をさまよわせるという、少々・・厄介な代物だ。だがそれ以上のことはないのさ。真っすぐ進めさえすれば、ただの霧に過ぎない」

「……自分なら問題ないと? 方向感覚だけは正確だから?」

「いかにも」

 自信満々に言ってのけたよ、この人。

 よくよく振り返ってみれば、何から何まで力技というか、技巧や技術を用いた場面は一度もなかったような。道中の罠を解除するのではなく、罠にはまんまと嵌まりながら耐え抜いて進む、その繰り返しでしかなかったような。

 よく今日まで命があったものだ。

 呆れてしまうけれど、それでも進み続けられるのがこの人なのだ。生半可なことでは止まらないし、止まれない。

 どういう呪いなのやら。

「あーあ。ホント、何のためにつらい思いしてあそこまで行ったんだって話ですよねー」

 結果、得られたモノはなし。何の成果もない完璧な徒労。ちょっと現実逃避をしたいくらい。

「まったくハイリスク、それでいてノーリターン。トレジャーハンターなんてろくでもないですね」

「聞き捨てならんな。オレは覚悟と誇りを持ってやってんだ。何も手に入らなくても構わねぇし、辿り着いたという結果だけがあれば十分だ」

「形のない結果なんてもの、ゴミとホコリくらい価値がありませんよ。頑張ったら頑張った分だけ、見返りがあるべきなんです、本来は」

「そんなの知るか。オレが満足してやってんだからいいだろうが」

「私がいなかったら死んでたくせに」

「……随分と口がでかくなったな。あまり調子に乗るなよ、レイシー」

「いえいえ、この機に乗じて調子に乗らせていただきますよ、ゴルドーさん。本気で心配したんだから」

「オレは別に、あそこで死んでも良かった」

「良くないです」

 分かってはいたけど強情な人だ。これは説得するにも骨が折れる。

 時間が必要かもしれない。それもかなり長い時間が。

「ゴルドーさん。この森を抜けて、次はどこに行くつもりなんですか?」

「ん、そうさなぁ……」

 彼は口もとに手を当て、期待と想像を表情にたたえながら思案する。好奇心が溢れてやまない子供のような姿。

 目の当たりにして、笑んでしまう。

「次は……西の魔の海に眠るトライデントなんかいいかもな。行く先は深海の魔境! 待ち受けるは悪魔の如き魔物の群れ! 奥底に秘された蒼い三叉の槍は、海を割るという!」

 また胡散臭そうなものを……それはそれとして。

「私も連れて行ってくれませんか?」

 その冒険に私も加えてほしいと頼む。これもある意味、覚悟を決めたということなのかもしれない。覚悟なんて微塵も持ち合わせているつもりはないけれど。

 私は欲張りなだけだ。

 ゴルドー・ワースに好き勝手やられると、心安らかになれない。私の心の安寧のために、彼を見張る必要がある。

「…………」

 ゴルドーさんは黙り込んでいる。迷っているのか。

 迷いが生じているというのか。宝にしか目がないような彼に。

 宝でない、誰かを欲する猶予が残っているのかという、謎。

 寂しさなんてものを感じるのかという、疑問。

「せいぜいオレの足を引っ張るなよ。今回以上の困難があっても、泣き言は許さんからな」

 あるいはこれが、希望こたえなのかもしれない。

「結局オマエは霊薬を持ち帰り損ねたわけだが、よかったのか? 病気の母ちゃんが待ってるんだろ?」

「あ、アレ嘘です」

 未だ霧は深く、彼は夢に溢れ、私は嘘に塗れている。

 今まで気づかなかったのかと、最後に彼の純真さに苦笑いして、私は彼と森の出口を目指した。




 かくして私の一世一代級の大冒険は幕を閉じ、そしてまた新たな幕が開こうとしている。

 なんとまあ私らしくない、予想だにしなかった展開なのだけど。

 それも悪くないかなと、白々しくも思うのだった。

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コガネイロ冒険記 海洋ヒツジ @mitsu_hachi

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