第6話

 相当なことを何でもないように言うトレジャーハンター。

 泳ぐということは浸るということ。浸るということは濡れるということ。濡れるということは纏わりつくということ。

 あの粘つく黄緑色に、体の表面を満遍なく浸し、汚濁を纏わりつかせる。

 それは、あらゆる意味で耐えがたい。

「あれを道だとは認めたくないのですが」

「道なんてものが親切に設計されていると思うか?」

「でも、実際問題、ここを渡るのはキツイですって。気持ち悪いし、中に何がいるか分かったもんじゃないし」

「そんなのは慣れている。大体、トレジャーハンターにとって道のない道を行くなんてのは常識――」

「迂回して他に道がないか探しましょうよ」

「おい……」

 私は半ば強引に迂回行動を開始した。

 道のない道を行くのが常識、だって? 冗談じゃない。そんな苦労は絶対に御免だ。

 目と鼻の先に目的が見えているからといって、それまでの過程をないがしろにはできない。選択の余地がある場面で、わざわざ苦難の道を行く理由がない。

 だって痛いじゃないか。苦しいじゃないか。辛いに決まってる。

 喜んでその道を行くというなら、なおさら許せない。

「おかしいな。どこか一本くらいは陸地が繋がっててもいいのに」

 決して短くはない外周を回って、それでも道を見つけることはできなかった。

 後ろではゴルドーさんがむすっとした顔をしながらついてきていた。私が勝手に始めたことなのに、意外と付き合いがいいな。

「何を強情になっているのやら……」

 そんなことを私に聞こえるか聞こえないかくらいの声音で(もちろん聞こえているけれど)呟いている。

「舟でもあればいいんだけど。作ろうにも道具がないし。素材の木はそこらにあるけど、近づけそうにないし。沼をどかす、なんて馬鹿みたいか……」

 おっと。見当違いなことを考えているぞ。しっかりしろ、私。

 強情? 当たり前だ。私は霊薬を持ち帰ることが出来ればそれでいい。

 それだけを願う。霊薬と引き換えに他のものを失うのは真っ平だ。

 あの沼は、毒沼は、私たちから奪おうとしている。正気という正気を奪い尽くして、ただで帰すつもりがない。そんなものに浸って、自分の内の何かが残るなんて、甘い期待は――。

「オマエはここに残ればいい」

 私が策に行き詰ったところだった。

「進みたくないというなら、そうすればいい。オレは先へ行くがな。オマエは霊薬を手にすることはできないが、まあ、帰りには拾っていってやる」

「そんな……」

 そんな選択肢はない。私にとって、ここまで来た時点で霊薬を諦めることはない。柄にもなく労働をしたのだから、その分の対価を受け取るのは既に決定事項だ。

 だからこそその道中で力尽きてしまう可能性を排したいのだし、対価に見合わない苦労をするのも避けたいとも、思ってしまう。

 私にとっての宝が、お金でしかないが故に。

「言っとくが、オレはあの毒沼なんぞ屁でもない。ただ単に頭の中を狂わされるだけのことだ。進むべき方向をしっかり体に刻み込めば、後は足が動いてくれる。そのための覚悟だ」

 覚悟、か。宝を手にするという覚悟。それ以外は何も欲しないという覚悟。

 多くの人と土地を犠牲にして、剣を抜くという覚悟。

 ああ、そんなものは私の中には微塵もない。あれもこれも欲しいと欲張りで、努力したくないと怠惰な、私には。

 安寧が欲しいし、安息が欲しい。宝はいわばそのための資金に過ぎないのだから。

 私は彼と背中合わせに立っている。

 絶対的な覚悟と、覚悟の脱落。

 それでも――。

「私だって、霊薬が欲しいのは同じです」

 返答。今さら悩むことは何一つない。

 ゴルドーさんと同様、私の進むべき方向も決まっているのだから。

 あの万年樹のうろに溜まる霊薬。トレジャーハンターにとっての夢で、私にとってのお金げんじつ

 覚悟はないけど、欲はそれなりにあるというだけ。

「ああもうっ、分かりました! 毒沼でも何でも泳ぎますよ。それしか道がないのなら」

 そして、沼を渡る方法が他にないということを理解した。他に楽な方法がないかと思って探したけれど、どうやら無意味だったようだ。

 少しならまだしも。必要以上、想定以上に命を危機にさらすような真似は、絶対に嫌だったけど。

 もういい。一つしかない道ならまさしく、選ぶ余地はないのだから。

 それが辿り着く条件なら、自棄にもなってやる。

「方向が分かっていればいいんですよね? 覚悟なんて持ち合わせてないですけど、それでよければ渡りますよ」

 熟練のトレジャーハンターの言うことだ。間違いないだろう。

 当のゴルドーさんは私の顔を見てニヤニヤしている。宝のことならともかく、私の顔なんかでそんな表情をするのは珍しいと思った。

「宝のために命を張るヤツなんざ、みんな気が触れてる。気づいてるか? オマエも十分に頭のおかしい人間なんだぜ、レイシー?」

 いえいえ至極真っ当な人間ですが。あなたと違って。

 初めて名前を呼んでくれた感動なんて特に感じず、私はゴルドーさんに沼を渡る手順を聞いた。

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