第4話
潔さにかけては村で一番と言われた私は、今回もさっさと潔く自分の状況を受け入れることにした。
冷静でいることは大事。特に悪だくみをする場合には、あらゆる事態に落ち着いて臨機応変に対処しなくてはならない。
と、いかにも熟練者っぽく語ってみるけど、悪事に関してはそれほど経験がないし、ましてや目の前の大悪党と比べては霞んで消えてしまうほどの小物なのだ。
だから実のところ分からない。
冷静でいることが、果たして、死地にあってどれほど有用であるのか。
「何ですかこれ! 何ですかこれ! 何ですかこれえ!?」
「騒ぐ暇があったら足を動かせ。死ぬぞ」
ただいま絶賛襲われ中。
突如として私たちの穏やかな足取りを奪ったのは、私たちを取り囲んでいる木々であり草花だった。その幹を頭上から叩きつけ、その葉で足を切りつける。森そのものが牙を剥いて襲い掛かってきたのだった。
心の平静とはなんと儚いものか。些細な出来事で崩れ、壊れ、暴走する。
暇があったら騒ぎたい年頃です。
「まずは洗礼ってわけか。幾多のダンジョンを制覇してきたこのオレが評価してやるとすれば……そこそこってとこだな」
私のすぐ前方を駆けながら軽口を叩くゴルドーさん。口を動かしつつ、眼前に迫った鞭のようにしなるツルをナイフで切り捨てていたりする。余裕なものだ。
私は必死に彼の後ろ姿を追う。森に吹き荒れる嵐の中、どうか死にませんようにと願いながら。
「そこそこって、もうかなりきついんですけど……ひぃ!」
ピッ、と何かが裂ける音がして、太ももに鋭い痛みがはしる。
今、スカートごと太ももの肉を切られた?
「いた……もうやだー!」
「いいから走れ。こんなのはただ全力疾走するだけで切り抜けられる。初心者にはいい塩梅だろうが」
「走るだけって」
頭上からは木々のハンマー、左右からは植物の鞭に、葉のナイフ。森というのは、人や獣が踏み固めた道より外は植物だらけなものだ。そして今は道なき道を走っている。
四方八方から凶器が降りかかっている現状、生き残る場所などないように思える。
けれど、何の間違いか、未だ私は生きている。わめきつつも愚痴りつつも、生きてはいた。
「そっか、あの人が道を作っているから」
ナイフを振るい、時には赤い宝石の指輪から火を噴き出し、森の凶器を無力化している。私のために……とは違うのだろう。彼は彼自身のために道を作り、それに私があやかっているだけ。
なるほど。これでも十分に過保護というわけ。
「足元、草結びだ」
「わっ!」
ゴルドーさんの声に何とか反応し、罠を飛び越える。後で彼にはお礼を言おう。
それにしても転ばせようだなんて。この森め、なかなかに卑劣。
「よく跳んだな。やっぱり少しは動けるようだ」
「やっぱりって、どういう意味です!?」
「意味などないから考えるな。走れ」
まるで自分の見立ては正しかった、とでも言うようなセリフ。いや待て。ここへ来る前、やたら私のことを見つめていたけど、あれは私の運動能力を見ていた、とか?
さすがに考えすぎか。そんなのは少しの観察で分かるようなことじゃない。
「言っとくが、恐らくまだ序の口。むしろ生ぬるいくらいだ」
「そんな、生ぬるいなんてことは」
ないはずだ。だって多くの人が命を落としているのだから。
「……まあいいか。このまま突っ切るぞ」
わずかな間。何かを言いかけたように見えたけど、それを問いかけることは出来なかった。そうするだけの余裕が私にはない。
私は暴威の出口まで、懸命に駆け抜けるだけなのだった。
まあ、確かに私にはちょうどいい。
楽をしたい私には、足を動かすだけで勝ち取れる大金が、ちょうどいい。
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