コガネイロ冒険記

海洋ヒツジ

第1話

 彼の物語はいたってシンプルで、子供らしく、胸焦がれる夢に溢れている。

 そう、夢。彼は間違いなく夢を叶えたのだろう。

 理想を現実に落とし込むことに成功し、順風満帆とも言える人生へと漕ぎつけたのだろう。

 彼という人を言葉にして表すならば、将来に対して夢を抱く子供が、その時の憧れを忘れてしまわないままに夢を叶えたような姿。一応大人の形をしているけれど、その実まるで幼い。

 冒険の終始、彼は純粋に楽しげで、それゆえ時に残酷だった。

 けれど、私は、それをとても羨ましいことだと思う。




 うっそうと木々の茂る静謐な小道を、汗を流しながら駆け抜けていく。

 家を飛び出して半刻といったところ。もちろんこの場合、平和な村での安穏とした生活に嫌気を覚えた私が家出を決行した、という意味ではない。

 そんな夢のある話もいいけれど、現在の私には厳然たる現実の壁が、高くそびえ立っている。

 追いかける。追いかけるために村を飛び出した。

「旅のお方ー! ちょっと待ってくださあーい!」

 ようやく見えてきた大きな背中に向けて、ありったけの声をぶつける。そんなことで無駄に喉を傷める必要なんてなくて、傍まで行って袖でも引いてやればよかったのだけど、切迫するとどうしても細かい部分に気を配る余裕を忘れる。

 だって、やっと見つけたのだから。

「ちょっとおー!」

 なおも背を向け続ける旅の人。至近距離で呼びかけてみても、一向に歩みを止める気配がない。

 はてさてどうしたものか。この人、もしかして耳が悪いのだろうか。

 難聴を患っている可能性も考慮して、私は彼の前に立ちはだかって手を広げた。

「ストップです、ストップ!」

 ちなみに初対面だ。だから失礼は重々承知ながら、体を張って止めさせていただく。

 そうして彼はこちらに興味を向けたようだった。

「何だオマエ」

 見事なまでに不審な目。鋭く刺すような視線だ。

 う、とたじろぐ。初めて顔を見たけど、人相が悪いのなんの。

 無骨な顔立ち、短く無造作な黒髪の男。年は二十後半と言ったところ。目の形は薄く鋭いけれど、奥で茜色の瞳がぎらついているかのよう。丈夫そうな体に地味な色のパンツと薄汚れた革のジャケットを着こんでいる。洗っていないのだろうか。

 腰には剣、指にはいわくがありそうな指輪、首には魔物避けのネックレス。いずれも高価と思われる代物。けれど無駄に着飾っているという風でもなく、最低限の用意だけを備えた軽装という感じだ。便利そうなツールバッグも腰に巻いている。

 冒険者のいでたちだ。

 私は彼に頼みがあってここまで来た。来たのだけど、それより前に言っておくことがあった。

「あの、ずっと呼んでたんですけど、聞こえてませんでした?」

 すると目の前の彼はむすっとした。

 実際には違うかもしれない。ただそういう顔をして固まっている。

「…………ああ、なんかやかましい声が聞こえていた気がする」

「やかましいって! いや聞こえていたなら返事してくださいよ」

「だが名前を呼ばれた覚えはないぞ。オレは名前を呼ばれない限りは返事をしないと決めている。勘違いをしてはいけないからな」

「名前、知らないんです。それでもあなた以外に誰もいないじゃないですか」

 小道には二人きり。ここを通ろうとする人はほとんどいないと言っていい。よほど奇特な人でない限りは。

「そうだな。ごもっともだ。なら教えておいてやる」

 彼は正面から私を見据え、言った。

「オレの名はゴルドー・ワース。トレジャーハンターだ」

 ゴルドー・ワース。宝を求めて世界を渡る、生粋のトレジャーハンター。

 これが彼との、初めての邂逅だった。

「ではな、娘」

 不遜な名乗りを上げて、彼は立ちふさがった私を通り抜けていく。

 いや、そうじゃなくて。

「だから待ってくださいよ、ゴルドーさん! 旅のトレジャーハンターさん!」

「オレを知ってオレの名を呼ぶヤツは、大抵がオレを利用しようとする輩と決まっている。そういうヤツには関わらないのが一番だ」

「そんな理不尽な」

 自分から名乗っておいて。この人は誰とも関わりたくないだけじゃないのか。

「助けてください!」

 ゴルドーさんの袖を引っ張って無理やり止めた。

 屁理屈で私をやり過ごそうとした彼だったけど、どうやら振り払いはしないらしい。初めからこうするのがよかったのかもしれない。

 そして言う。無様にも憐れにも惨めにも、私は助けを乞う。

 わざわざ村を飛び出して旅人を追いかけたのは、そんな傲慢な願いを託すためだった。

「母が病気なんです」

 ゴルドーさんはじろりと私を見た。

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