第7話

 人よりも僅かにだが知能が劣る代わりに、強靭な体や優れた五感を持つ獣人。魔力を自在に操り、小さいながら異常を起こすことのできる魔人、妖人。人間の中で唯一空を我が物とできる竜人。これら全ての能力を全て持っていた方が、完璧と言えるはずだ。それなのになぜ、人をモデルとして自分たちは造られたのか。体だけ、純粋な能力だけで言えば最弱なのに。これは、人種について聞いた時から疑問に思っていたことだ。

 しかし、その答えは予想以上に簡潔かつ、単純な話だった。


「必要なかった?」

「そう。そうだな……順番に行こう。まずは、獣人だ。獣人は、とにかく種類が多い。どれか一つに絞ったとしても、その場合別の何かが劣ることもある。その点においては、平均的な人の方がよいと判断された。次に魔人、妖人だけど、これは起こせる異常が小さかったからだね。ラスター、魔術についてはまだ教えていなかったよね?」

「……前に気になって、調べて読んだことあう」

「おや、珍しく優秀。どういうものだい? 君なりに言ってみなさい」


 珍しくってなんだよ、珍しくって。睨み付けると、スティは余裕そうに肩をすくめながら笑う。


「そう怒るなよ、事実なんだからさ」

「そういうとこきあいだ……」


 気合い? とどうしようもない発音違いを指摘された(しかも小馬鹿にしたような笑い付き)。腹が立つとはいえ、このままこちらまで意地を張っていては進まないので、無視して調べた時の情報を自分なりに簡潔に組み立て直す。

 魔法とは違い呪文や魔法陣、道具などの媒体が必要だが、人や獣人であっても魔法に近しい異常が引き起こせるもの。そして、小さなことしかできない魔法と違い、魔術であれば重ねることによって大きな異常を引き起こすことができる、だったはずだ。

そう答えると、ぱちぱちとスティは手を叩く。


「うん、百点。過不足ない回答だ、よく覚えていたね」


 よくできました、とあちらもまた珍しく手放しに褒めてくれる。当然だ、くらいには言われるかと思っていたので、少し照れくさい。


「照れくさく思うことでも、珍しいことでもないさ。生徒が自分から疑問に思ったことを予め調べてきていたのなら褒めるさ、当然だろう」

「ふ、ふーん」


 読まれた。いや、スティ曰く自分はすぐに顔に出てしまうタイプらしいので、心を読まれたも何もなく、自分が明らかにそう思っています、と顔に出していただけなのだろうけれど。


「魔術の方が手間はかかるが優れている。その点においても、人の方がよかった。最後、竜人に関してだけれど、これは、必要だとかそういう話以前の問題だ。実験対象にできるような竜人がいなかった。竜人が他の種族を見下していて、かつ自分たちだけのコミュニティで生活している、というのは前にも言った通り」

「でも、こう、うまいことそえっぽくできなかったの?」

「そんな簡単な話じゃないんだよ。確実性を求めていたらしいからね。もしそれで失敗してしまったら……とか、いろいろ考えたんじゃないかな」


 結果として、いじることができたのは見た目と成長の早さ。それだけだったということなのか。たったそれだけで、完璧な人間なんて、作れるはずもないだろうに。だからこそ、失敗が続いているとも言えるはずだ。いや、それ以前に『失敗を恐れて』という時点で間違いではないか。スティの弁を借りれば、失敗しなければ人間は進歩しない。成功の前にはたくさんの失敗が山積みになっている、と聞いた。

 なぜ、改善しないのだろう? ハカセの目的は、なんだ?


 本人に直接聞きたいところだが、ハカセは自分が目覚めてすぐは今回のレポートをまとめ始め、それが終わったかと思いきや外の友人のところへ行ってくる、と慌ただしく研究所を出て行ってしまった。外に友人がいたのか、と驚きもしたが、なんだか裏があるように感じてしまったのもまた事実だ。


「ラスター。なにか思うところがあるのなら、素直に言いなよ。別に、怒ったりはしないから」


 いや、怒られるのが怖いから、とかそんな理由ではない。ただ、自分の中でまとまりきらない、仮説が立てられない、まだ知らないことが多すぎる、そのような理由だ。

そしてもう一つ、自分たちを製作した理由について、された側から聞いても良いことなのだろうか。不興を買って、壊されたりしないだろうか。あのハカセのことだ、そんなことするはずないとはわかっている。けれど、怖い。ハカセに生み出されたこの身で十分に生きることなく、ハカセを怒らせて壊されてしまうなんて、絶対に嫌だ。


 自分は、まだ、生きていたい。生きて生きて、そしていつかは外を見たい。この研究所では得られないものが、きっとあるに違いない。漠然とそう思っていた。本を読むだけでは得られない、現実のものを目にしたいという欲求。これがなんなのかは知っている。知的欲求、というものだ。

 それが許されるわけがないと、頭の片隅から別の自分が訴える。許されたいと、心の奥から自分が叫ぶ。あぁ、完璧なんて程遠い。自分自身のことですら、律することができないのだ。

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群青の匣庭 秋吉 竜 @Syugetsu_Ryu

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