第6話

「この世界は、人間が主役だ。そして、その人間の中でも五つの種族に分かれる。これについては、あらかじめ知っているはずだけど……書いてみて」


​ 二ヶ月が経った頃、自分はすでに物を持って何かをする、という行為ができるようになっていた。勿論、スティのように器用に、綺麗にはできないけれど、これもまた練習が必要だから、と言うことでなにかにつけてスティは実践させようとしてくる。

 完璧に少しでも近づきたいのなら、泥臭く努力するしかない。普通の人間に比べればよっぽどボーナス付きで生まれているのだから、これくらいはしなさい、と言うのがスティの言い分だった。それを間違いとは思わない。きっと、それが正解なのだろう。

 だが、モチベーション、というものが低いのは自分でよくわかっていた。わざわざ努力をしなくてはならない。本来ならば、必要がなかったはずなのに。生まれながらの完璧はいないんだよ、とこれもスティの弁。


 でもそれは、人間の場合の話では?


「何をいってるんだい。失敗したとは言え『完璧な人間』として生み出されたのだから、君も、生まれ方は異常であれ人間なのだよ。まぁ、僕らのような人の手で造り出される人間を概して『人形』とは呼ぶけれどね」


屁理屈だ。結局純粋な人間ではないのに。


「うん?あぁ、屁理屈といったのか……屁理屈で結構。まったく、前の子と違って、君は減らず口だね。生きると決めたなら、素直に生きるための努力をしなさい」


 ピシッ、と額を弾かれる。これが、中々に痛い。これ以上は何をいっても無駄だと思い、素直にペンを走らせる(無駄だとわかっていても減らず口を叩いてしまうのだが、感情というのは厄介なものだ)。

  ぐちゃぐちゃの字に目を通しながら、数分。スティは「まぁ及第点かな」と字の上から真っ赤なマルを描いた。


「人、獣人、妖人、魔人、竜人——この五つ。分類分けをしたのは極東の方の人らしいけれど、まぁその辺りは興味がわいたら自分で調べて。僕はあんまり興味がなくて、詳しく調べたことはない」


 あっそ。


 口に出したわけではない。それなのに、また額を弾かれた。明らかにどうでもいいって顔をしていたよ、と目を細める。可笑しそうに歪んだ口角が気に食わなくてそっぽを向くも、頰を鷲掴みにされて元に戻された。暴力教官め。前の子、というのは話に聞く限り素直だったらしいので、こんなことはされなかったのだろう。羨ましいが、自分の態度に悪いところがある。


「ははは、不服が服を着ているようだね、君は。君ほどの子は歴代初じゃないかな?おめでとう、初めてということは一番だ!」


 全く嬉しくない。

 「今の、駄洒落じゃないからね?」となぜか言わなくてよかったことを付け足しつつ、スティはさらに解説を続ける。一応、情報としてあらかじめ知っていることではあるが、記憶というのは繰り返さないと忘れるものらしいので、真面目に聞いておくことにした。

 実際、記憶がどういったメカニズムによるものなのかは、まだ自分の知るところではないが。


「人ヒトは、世界を統べる人間たちの中で一番弱く、そして一番強い。矛盾しているようだが、そうでもないんだ。僕たち人形が、人の手で造り出されていることからもわかるように、人は他と比べるまでもない技術力を持っている。……いや、早速だが訂正しよう。技術を生み出せる発想力を持っている。弱いからこそ自分たちの身を守るために、ともいえるだろうね」


 ハカセと同じような、人。自分やスティ、おそらくここで生み出される人形たちも、人と同じ姿で造られる。五つの種族の中で最優とされているから、という話だが、


「なえ他のを入えなかったの?」

「その発言に至るまでに何を考えたんだい。そこを言ってくれないと、誰かに自分の疑問を聞くことはできないよ」

「自分たちは人と同じ姿をしていうけえど、なえ獣人やたちゅのひとなどの……」

「恥ずかしがる必要はないから、最後まで言ってみなさい。たつのひと、だ」


 ある程度話せるようにはなったが、ところどころ発音がうまくいかないところがある。いや、発音ではなく構音か。どうにもそれが恥ずかしくて途中でしりすぼみになってしまうが、この教官はそれを許してはくれない。しょうがなく「他のうぞくの特徴をといいえなかったのかと」と最後まで言えば、それはね、と解説が始まる。


「単純に、必要なかったからだよ」

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