第5話
「さて、ラスター。ここがどこなのか、この研究所がどこにあるのか、聡い君なら想像がつくんじゃないかな? これまで教えたことを思い出して、予想してみなさい。……あぁ、答えなくてもいいよ。答えたとしても、まだまだ呂律が悪すぎて聞き取れないからね」
きっとここは、『人形の国』があった後の跡地にできた、湖の底だ。その予想に合わせるように、「ここは、人形の国の跡地の湖、その底だ」とスティの授業が始まった。
「人形の国、そう呼ばれた太古の国についてはもう語った後だったね? 僕らのような、人間とほぼ変わらない人形よりもずっと前の型の人形、所謂機械人形が多く作られた国だ。その国の人間たちは彼らを作り、そして友として共に生活していたという。それ故の、人形の国。その結末は、自立思考型の、感情を有した僕らと変わらないほどの人形——デウス=エクス=マキナによる、徹底的な破壊と殺戮だったという」
もう二千年も前の話なのだそうだ。その年数に目眩がする(これはあくまでたとえ話であり、実際は目眩なんてまったく感じていない)。
別に、悪い環境ではなかったのだという。人間も、今のように種族同士でいがみ合ったりしておらず、人形も奴隷のように扱われているわけでもなく。とても平和で、楽園のような国だったらしい。現在の人間たちや、人形たちについて知っているわけではないので、これらは全てスティからの受け売りだ。
「デウス=エクス=マキナが何を思ってこの結末に至ったのかはわからない。彼女は僕たちの考えること、思うことなんて全てお見通しかもしれないが、僕たちは繰り返すように、失敗作だからね」
「………………」
「この研究所は、国の城を、国の跡地ごと根こそぎ改造して空中浮遊する要塞へと仕立て上げたデウス=エクス=マキナが、その城と共に立ち去ったその後。その抉られた大地に作られた。昔はたくさん人間がいたとかいうけれど、今ではハカセ一人しか残っていないんだ」
そして、長い年月を経て大穴は湖となり、この研究所は群青に埋まることとなった……ということだろう。
かつてここに、多くの人間が暮らしていて、また多くの人形も人々を助けながら共生していた。自分たちは、血こそ繋がってはいないのだろうけれど、彼らの子孫といえるわけだ。太古から繋がる技術の果てが、自分たちこの研究所で暮らす人形なのだから。
「さて」授業は続く。スティは天井を指差した。
「今日の本題はまた別。この場所が湖の底にある、ということはこの上、青色の先には空が広がっている、ということだ。そろそろ夕暮れ時だから、色が変わってくる頃かな」
スティの言う通り、だんだんと差し込む光は少なくなってきていた。完全に日が沈めば、今度は赤い月の光が差し込むのだろうか。細い光の筋を掴むように、スティは指を泳がせる。
「ラスター、君は、空の先に何があると思う?」
空の先。そんな情報は知らないし、考えたこともなかった。いや、知る必要も、考える必要もなかった。なぜなら自分たち人形は、この研究所から出ることなく一生を終える、そう決まっているからだ。
ハカセはともかく、人形に外出許可はでていない。ただ、スティの話によれば歴代の『眠りの子』だけは外出が許可されている。許可されている、というよりは役目のために外出せざるを得ないらしい。他の子らについて、自分はまだよく知らない。
空の先。考えてみても、想像もつかなかった。この世界はおおよそ丸い球形をしていて、世界を中心に、クルクルと白い太陽と赤い月が回っているとは授業で聞いたが、それ以外になにかあるのだろうか。
「いくつかの書物に記されている話では、この世界の先には、『宇宙』があるらしい」
これまでの授業の中で二度目の、曖昧なことに関する授業だった。一度目は創世神話についてである。
「宇宙っていうのは、僕も本で読んだ話だから詳しくはないのだけどね……果てしない闇と、たくさんの光り輝く星でできているんだって」
星。そういえば、自分は『星の子』と呼ばれた。生まれてすぐ、ラスターと言う名前をもらうより前に、自分を『星の子』だと、スティはそう呼んでいた。
だが、実際はどうなのだろう。湖を通して見る夜の空は、ただただ黒い。その中に揺らめく赤色で、あれがきっと、月なのだろうと推測できる程度だ。他には何も見えないが、それは間にある湖のせいか。
星とは、一体なんなのだろう。
「人間はその星々を点として線でつなぎ、その形から物語を想像したり、ひときわ輝く星を方向の道しるべとしたり、星の見え方でその年は豊作なのかどうかを予測したんだってさ。すごいよね、全く手の届かないものでも、そうやって利用しているんだから」
そのあと、スティは星々で描き出す形(星座というらしい)による伝説の代表例や、星によって作られる空に浮かぶ大河の話、星による自然予測の代表例などを教えてくれた。どこかの神のせいでたくさんの人間が星になっているらしく、神というのは全く自分勝手なものだと思う。
大いなる神にさらわれた美少年。同じ神の浮気により、いくつもの脅威と戦う業を背負うこととなった大英雄、それに巻き込まれ死んだ獅子、蟹、人馬。神と人間の狭間に生まれた双子の片割れは人間で、彼の死を悲しんだ片割れは神であった。共にあるために、父である神に哀願し、空へと昇った悲しき双子。多くの悲劇や英雄譚の果てに、空は輝いているのだという。
もちろん、星に関わること、その全てがここにいる限りは必要のない雑学である。
だが、自分を表す『星の子』の星は、きっとこの星とイコールだろう。一体なぜ、自分は『星の子』と呼ばれているのか、それについてはまだスティは教えてくれない。聞きたくとも、まだまともに発音ができない。
スティとハカセに聞きたいことは、たくさんある。失敗作を生かす、それは損しかないはずなのにどうしてそうするのか。『星の子』や『眠りの子』、なぜ自分たちはそう呼ばれているのか。どうして外へ出てはいけないのか。
そして、完璧な人間とは、何か。自分の生きる理由は、何か。
まだそれを、伝えることができないだけだ。
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