2章 ないしょの顔があるのはほんと

第6話 「そ、そこをなんとか!」

「いや~どうかな~……。おじさん、どうかと思うよ~、レン君」

「そこをどうにか! どうにかお願いします!」


 街、唯一の武具店。

 朝の開店と同時に飛び込んだそこで、レンは両手を合わせて拝んでいた。

 レンの前、カウンターの向こう側、店主の男性は「でもなあ」と頭を掻く。


「だって真剣だろう? 刃が付いた本物の剣。レン君にはまだ早いと思うんだよなあ」


「木刀は毎日振ってきました!」


「う~ん……手を見せてみて」


 店主に手を見せると、彼は皮の厚みを確認しているようだった。


「……あ~、なるほど。たしかにちゃんと練習してるみたいだね。ずいぶん硬くなってる。……これなら……でも、……いや、…………う~ん」


 こちらの手を離した店主は、唸る。


「……う~ん、う~ん…………う~~~ん」


 しばらくそうした後、彼は店の奥へと消えていった。

 やがて帰ってきた店主の手には、鞘に収められた細身の剣。


「……うちにある中で、一番軽いヤツ。今のレン君でも、これならギリギリ、まあ」


「ほんとですか!」


「ただし! いいかい、ひとつ、理解しておいてもらいたいことがある」


 ゴトッと剣をカウンターに置いて、店主はこちらをじっと見ながら言う。


「あのね、レン君。普通の剣なんて結局、魔物狩りの魄武器に比べたらおもちゃみたいなものだ。魔物相手に効かないわけじゃないが、気休めと思っておいた方がいい」


「……はい」


 魔物狩りではない一般人は、間違ってもまともに魔物と戦えるなんて思ってはいけない。この世界の常識のひとつだ。


「それでも戦わなきゃいけない時が来た日のために、こうして売っているけれど、店の中を見ればわかるだろ? 武具店なんて看板立てておきながら、武器や鎧よりよっぽど鍬とか鎌みたいな農具の方が品揃えがいい」


 つまりそれだけ、普通の武器は需要がない、使う必要がないということだろう。

 一般人が無理して戦うよりも、魔物狩りに頼めるのなら頼んでしまった方がいいのだ。


「一般人が武器を使うのは、死を覚悟して魔物と戦うときか、同じ一般人同士で殺し合うときくらいだ。僕はどっちも、レン君には似合わないと思うな」


「……自分でも向いていないって思います。でも、」


「うん、いつか旅に出たいっていうなら、たしかに武器が使えるに越したことはないね。普通の動物や一般人相手なら威嚇にはなるから」


「はい」


 旅に出たい。


 世界を回って、たくさんのものを見て――そこからいろんな歌を作って、そして歌いたい。世界中を見て作った歌を、世界中で歌いたい。

 それがレン・レヴェントンの夢だった。


「あと……男の子が強くなりたいって思うのは自然なことだ。おじさんも通った道よ」


 さすが、子どもの考えなんてお見通しらしい。笑った店主に、レンも観念して微笑んだ。


(なにもできなかったから……)


 昨日、レンはむちゃくちゃな仕事の振り方をされたオルカたちを、酒場でただ見送るしかなかった。

 自分なんかがちょっと剣を扱えるようになったからといって、彼女たちの力にはなれやしないけれど、できる努力はしたかった。


「剣とその刃を、決して過信しないように。それでも同時に、半端な気持ちでは振るわないように。未熟な剣が最初に傷つけるのは、いつだって振るった本人だからね」


「肝に銘じます」


「うん。じゃあお代は」


 値札を見た店主は、そこに書かれた数字を近くにあった羽ペンでささっと修正した。


「え、……あの、それ半額に……だめですちゃんとお支払いしますので!」


 お金に余裕なんてないが、マスターからもらう給金をコツコツ貯めてきた。こういうもののために使おうと思って、だ。


「ずいぶん細くて軽い剣だから、レン君以外買っていかなそうだしね」


「でも!」


「それにほら、レン君はチップ受け取ってくれないしさ。僕は結構、レン君の歌のファンなんだぜ。あの酒場に通ってるヤツらはみんなそうだけど」


 だからいいの、と店主の男性は言ってくれる。

 何度か押し問答を重ねて、結局、レンはその厚意に甘えさせてもらうことにした。


(……次も、がんばって歌おう)


 自分に返せるものなんて、それくらいしかない。でもそれにだけは、誇りを持っているから。


「…………いややっぱり心配だな~!!」

「そ、そこをなんとか!」


 お代を払う時にもそんなやり取りがあったりしたが、最終的には剣はレンの手にやってきた。


(よし……! がんばるぞ!)


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