第5話 私は……オルカ姉とは違って……純な気持ち……。
意気揚々と歩を進め、北東の門から街を出る。我ながら足取りは馬鹿みたいに軽い。
「ベル、ナーファル、準備を」
とはいえ、緩んだ気持ちで魔物と相対するつもりはない。
引き締めた声で言うと、妹たちも同じトーンで応じる。
「あいよ」
「わかった……」
頷いた彼女たちは、自らの胸元をトントンと二回叩いた――魔物狩りとなった人間の胸元には、肌の下にあって見えないが、特殊な魔石が埋まっている。
暗闇の中、光が瞬く。
収まった頃には、ベルとナーファルの手には金色に輝く武器が握られていた。
ベルは二刀の短剣、ナーファルは弓だ。
オルカも自らの胸元を叩き、自分の得物を出現させる。
「……よし」
それは、ずっしりとした重みが心地よい、片刃の大剣。使い手であるオルカの背丈とほぼ同じ長さがある。
オルカの大剣もベルの二刀もナーファルの弓も、胸元の魔石へ『強さのイメージ』を送り込んで具現化させた、特別な武器だ。
魔物狩りだけが使えるこれは、魄武器と呼ばれている。
「さあて魔物はどこだ? つうか、ほんとにいるんだろうな」
「それに関しては嘘を吐かないっていう、魔物狩りとしての最低限の常識に期待しましょう。彼らにそんなものがあるかどうかは甚だ疑問だけど」
街の外に広がる荒野を、とりあえず探索。もっと先に行けば森やら山やらがあるが、街の近くは平坦で拓けており、見晴らしがいい。
(いるならさっさと見つけてしまいたいわね、どこかしら)
魔物狩りとなった人間の身体は特別だ。身体能力のすべてが、通常の人間の常識外。眼も例外でなく、星明かりしかない暗闇でも周りの状況を把握できる。
魔物狩りになる前の自分に、夜の暗闇はどう見えていたのだったか。遠い昔のこと過ぎて、オルカにはもう思い出せない。
「……いた。あっち」
しばらくして、そう呟いたのはナーファルだ。弓使いである彼女は、自分たちの中でも特別、視力に優れている。
目をこらしてみれば、オルカにもその姿が確認できた。
「狼型の群れね」
その数、七、八体ほど。
姿形は普通の狼と変わらないのだが、紫色をした靄のようなものが身体の周りに漂っている。瘴気と呼ばれるそれは、魔物に特有のものだ。
「一匹、アホみたいにでけーのもいるな」
ベルが言った通り、一体だけ他と比べて三、四倍ほどの大きさがある。そういった普通の生き物にはない非常識さも、魔物ならではと言えるだろう。
「やり方はいつも通り」
「りょーかい……」
オルカの言葉に頷いたナーファルが、構えをとる。どこからともなく光の矢が現れ、彼女の弓に番えられた。
間を置かず、矢が発射される。放物線を描いたそれは魔物に迫る途中で分裂、否、増殖した。
幾本もの矢の雨となって、魔物たちに降り注ぐ。
不意打ちに魔物たちがひるみ、急所を射貫かれた何体かが地に倒れ……、
「――オラァ!」
魔物たちが態勢を整えるより前に、もうベルが彼らのもとへ飛び込んでいる。
三姉妹で最もスピードに優れているのがベルだ。速さと素早さが彼女一番の武器。
手にした二刀を自らの身体ごと振り回し、的確に魔物の喉を斬り裂いていく。
魔物から血しぶきが上がることはない。代わりに傷口から噴き出るのは、紫色の靄、瘴気だ。
喉を裂かれた魔物たちは、なすすべなく倒れていく。
巨大な一体を除き、ベルはナーファルの撃ち漏らした魔物たちをすべて斬り伏せてみせた。
「……ゴアアアア!」
彼女に向かって、巨大な一体はその腕を叩き付ける。ベルは軽やかにバックステップを踏んで避け、叫んだ。
「頼むぞ姉貴ィ!」
ベルに遅れて戦場へとたどり着いたオルカは、地面を思い切り蹴りつけて、妹の頭上を跳び越える。
「フッ!」
魔物の巨体めがけて垂直に振り下ろしたのは、肩へ担ぐようにして構えていた大剣。
強く重いオルカの斬撃は、魔物の身体を左右に両断してもなお止まらず、そのまま地面へ着弾。
轟音が鳴り、硬い土が吹き飛んで地面が大きくえぐれた。
「……よし、と。これで終わりね」
「おう、お疲れさん」
周りを見渡して言ったオルカに、ベルが親指を立てて応える。
ナーファルが先制し、ベルが追撃をかけ、オルカがトドメを刺す。三姉妹が誇る常勝パターンの一つだ。
ほどなくして、魔物たちの亡骸は消えていった。
魔物の死体は、そのほとんどが後に残らない。
「お~お~、大漁大漁」
唯一残るのが、彼らの体内にあった魔石である。
今や人類の生活基盤となっている魔石は、主にこうして魔物を倒した後に手に入るのだ。ベルが上機嫌で次々と拾っていく。
街にいるだけで給金をもらえる男性の魔物狩りと違い、女性の魔物狩りの収入源は、この魔石の売却だ。
「高そうなの……あった……?」
こちらへとやってきたナーファルが、そう問うてくる。
「ん~、ま、小せえのは雑魚ばっかだったからな。それなりだ。姉貴、デカブツのやつはどうだ?」
「ええっと……うん、まあまあね。大きいし、質も良さそう」
これなら、ちょっとした値が付くだろう。
「やった……。よおし……今度レン君に……チップをあげよう……」
「お前、それ断られてなかったっけ?」
「……うん……そうだった」
ベルの指摘に、ナーファルはしょんぼりとうなだれた。
チップくらいどこの酒場の店員も受け取っているし、とりわけレンにはあれだけ魅力的な歌声まであるのだから、堂々ともらっていいはずだ。
しかし、あの少年は「お給金はマスターから頂いてますので。そのお金で、ぜひお料理とお酒を」の一点張り。
真面目というか、なんというか。あの子らしいな、とは思う。
「ま、たとえレンが受け取ってくれたとしても、ナーファルはともかく姉貴はな」
「…………ぅ」
痛いところを突かれ、返す言葉もない。
渡せるものなら渡したい、なるべくたくさん。だが。
「だって、二十歳も超えたような女がその、い、いいな~って思ってる年下の男の子にお金を渡すって」
「一発ヤらせろってことだよなそれ! あっはっはっはっは!」
「ベル!」
めったなことを言わないでほしい、そのようなことは決して。
決して。
「私は……オルカ姉とは違って……純な気持ち……。レン君に美味しいものとか……食べてほしいだけ……」
「私だってそう! ほんとに!」
レンとの距離感だけでなく、妹たちの認識もなんとかしなければと思うオルカだった。
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