3話:悪役令嬢はヒロインを指導する

3―1

「メグ様、貴女は一体どちらへ向かおうとしているのかしら……?」


 コーネリアは、数メートル先を歩いているメグに声をかけた。


「勿論、教室に向かってます!!」

へ行きながら何を言っているのよ!?」

「えっ……そうなんですか!?」


 コーネリアの言葉に、メグは驚いたように目を丸くさせた。


 あの、図書室での一件――ディオ曰く、『本で繋がる恋心、お邪魔虫大作戦!』というタイトルらしい――の翌日のこと。

 登校してくる彼女を見つけて、今度こそはと息巻いて声をかけたのだ。

 が、彼女はまた迷子になっていた。否、迷子になろうとしていた、といった方が正しいか。

 学園は広いから仕方がない。と、納得しかけたコーネリアだったが、初めて出会った日から数日の間メグを観察していた日々をふと思い返す。

 

 ―――メグは、ほぼ毎日のように迷子になっていた。

 わざとではないかと疑うレベルで。


(いくらなんでも、方向音痴の癖が強すぎるでしょ……!!)


 コーネリアは、はぁ、と溜息を吐いた。

 『令ロマ』のメグは方向音痴……という設定だった。それはもう、度が過ぎるくらいの方向音痴っぷりで、シナリオは大体メグが迷子になったところから始まっていた。

 プレイしていたころは――迷子になりすぎだろうとツッコミはしたものの――特に疑問にも思わなかったが、方向音痴にもほどがある。


「貴女ねぇ……! 正門から教室までの道のりくらい、いい加減に覚えたらどうなのよ!!」

「だ、だって広くて……」

「広いとかのレベルじゃあないわよ! そもそも、正門から入ってまっすぐ歩けば玄関があるのに、どうして途中で曲がろうとするのよ!?」


 だって、と可愛らしく口を尖らせるメグの額に、コーネリアはピシッとデコピンをお見舞いをする。


「いったぁい!!」


 メグが額を両手で抑え、涙目で訴える。そんな彼女を見てコーネリアは、ぐっと言葉を詰まらせた。

 可愛い! と叫びたくなる衝動をどうにか抑えて、

「貴女に付き合っていたら体がもたないわ……」

 と、独り言ちて再び溜息をついた。


「仕方ないから私が教室まで案内してあげるわよ」

「え、いいんですか……?」

「だってしょうがないじゃない!」


 コーネリア自身、それがただの親切な行動だと自覚はしていた。悪役を目指すならば、一緒に登校などすべきではないということも分かっている。

 悪役令嬢コーネリアであれば迷子になった主人公メグと遭遇したところで、これくらいの広さの学園も覚えられませんのね、と馬鹿にして嘲笑うところなのだが、そんなことを言っている場合でもなかった。


 こうも何度も迷子になられてはきりがない。

 そもそも、コーネリアの本来の目的はメグとノルベルトの恋を実らせることである。本来起きるはずだったノルベルトの攻略イベントのフラグを迷子になることでへし折られても困るのだ。


「登校時間はいつでもいいわ。馬車から降りたら待っていな――」

「コーネリアお姉様!!」


 呼ばれた声に振り返ろうとした瞬間、背中に衝撃を感じてコーネリアは、

「ごふっ……!」

 と、上品さのかけらもない悲鳴を漏らす。


 ぶつかってきたのは一体誰だ、と聞くまでもない。コーネリアのことをお姉様と呼び、抱き着いてくるのは、この世界では一人しかいないのだ。

 ノルベルトによく似た少女、ステファニア・フォルスター。言わずもがな、この国の第一王女である。


 ノルベルトには、2歳下の妹がいた。

 胸元まで伸ばされたノルベルトと同じく癖っ気のハニーブラウンの髪は高めの位置で団子にまとめられている。

 『令ロマ』での彼女は、どのルートにおいても主人公メグを支える良き存在となるキャラクターだ。どのルートにおいても婚約者となり邪魔をしてくるコーネリアとは対照的である。


「まぁ、ステファニア殿下……!!」

「ごきげんよう、コーネリアお姉様!」

「ステファニア殿下も、ごきげんよろしゅうございましたか?」

「ええ、ごきげんよろしくってよ! でも……」


 最近お姉様がいらっしゃらないから少し寂しいですわ、とステファニアは口を尖らせた。


(すっかり懐かれてるけど……何でかしら……)


 『令ロマ』では、ステファニアは傲慢なコーネリアを嫌っていた……はずだった。直接嫌いだと公言したシーンこそないものの、主人公メグが悪役令嬢コーネリアから嫌がらせを受けるたびに怒りを露わにしていたのをよく覚えている。

 しかも、ノルベルトの攻略ルート限定で存在する数少ない悪役令嬢コーネリアとの会話のシーンで、彼女は悪役令嬢コーネリアのことを一度も『お姉様』と呼んだことはなかった。

 それがいったいどうしてステファニアからお姉様と呼ばれ、慕われているのか、コーネリアにはさっぱり見当がつかないのだ。


「あら? 貴女は……」


 ステファニアはコーネリアの後ろにいたメグに気付いて、メグへと身体を向き直ってニコッと笑みを零した。


「ステファニア殿下、こちらは最近転入されましたメグ様ですわ」

「はじめまして。メグ・グラウンと申します」

「メグ・グラウン……。まぁ! あの、様でしたのね!!」

「木から舞い降りた妖精!?」


 アレのどこが舞い降りたですって!? と、叫びかけてコーネリアはぐっと飲み込む。

 そうして、チラッと隣にいるメグを見てみれば、メグはパチパチと目を瞬かせている。余程驚いているのだろう。

 そんな彼女に、ステファニアは気づきもしない。ステファニアは、ニコニコと笑顔を振りまいたままメグの手を取り、強く握りしめた。


「ノルベルトお兄様からメグ様のお話をお伺いして……わたくし、ぜひお会いしてみたいと思っておりましたの。会えて光栄ですわ!」


 ステファニアは目を輝かせて、

「そうだわ!」

 と、何か閃いたように胸元でパンッと両手を合わせた。


「今度の日曜日にわたくし主催のお茶会があるのですけど……メグ様もいかがかしら!」


 ステファニアがずいっと身を乗り出すようにしてメグの顔を覗き込む。

 そんな彼女にメグは体を後ろにのけぞらせ、チラッと助けを求めるようにコーネリアに視線を送る。

 が、コーネリアは助けられないと言わんばかりに顔をそむけた。


「で、でも……」

「心配いりませんわ。コーネリアお姉様もいらっしゃいますし!」

「ステファニア殿下……心配ないって、それどういう……」


 どうやら、今の彼女にはコーネリアの抗議の声は聞こえないらしい。ステファニアはあの手この手と手を変えて、メグを茶会に誘い続けている。

 ステファニアのしつこい――もとい、熱すぎる誘いについに根負けしたメグが首を縦に振る。


「せっかくですから、ノルベルトお兄様もお誘いしましょうよ!!」


 ステファニアの言葉を聞いてコーネリアは、その手があった、といたずらっ子のような目つきで笑ったのだった。

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