4話:悪役騎士はヒロインを案内する

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 ノルベルトの護衛騎士――ディオ・ウォーズリーは『令ロマ』において、ノルベルトのルートの時にのみ悪役として登場するサブキャラクター中のサブキャラクターだ。


 主人公メグとノルベルトの仲を引き裂こうと画策する彼は、とても冷酷で非情な人だった。二人の仲を引き裂くそのためならば、手段を選ばない。最悪の場合、メグ・グラウンを殺しても構わない、と考えるほどに。

 が、ディオが冷酷な態度を示すのは、あくまで主人公メグに対してだけだった。あの悪役令嬢コーネリアにですら、紳士に対応するのだ。

 ノルベルトの妻に相応しいのは孤児院で育ったメグではなく、由緒正しき公爵家の娘であり、王が直々に婚約者と決めたコーネリアである。そう考えていたからだ。……それが例え、傲慢で高飛車な悪役令嬢でも。


 メグは――正式な手続きを行って養女になっているとはいえ――貴族の世界を知らない孤児である。

 そのうえ、ノルベルトには婚約者であるコーネリアがいた。彼らは、コーネリアが生まれて間もなくして、婚約関係を結ばれている。そう簡単に婚約破棄は出来ない。


 仮に、コーネリアとの婚約破棄をしたとしても、ノルベルトの印象は悪くなり評判はがた落ちするだろう。そのうえ、理由が主人公メグと恋に落ちたからとあっては、家のために結婚をすることが常識である貴族界ではノルベルトの評判は落ちるどころの騒ぎではない。

 貴族や王族というのは、愛だけでやっていけるほど甘くはない。彼が王の器として相応しくないという声が多くなれば、いくら現王様でも無視できなくなる。最悪は王位継承権を剥奪されてしまうだろう。


 だからこそ彼は、利害が一致した悪役令嬢コーネリアと手を組んでまで、二人の恋を邪魔するのだ。

 それはすべて、ノルベルトが権力を鼻にかけることもなければ甘んじることもなく、懸命に勉学に励み、剣術を極め、努力をしているのを知っているからこそだ。


 彼の『悪行』は、あくまでも自分のためではなくノルベルトのため。

 悪役でありサブキャラクターでしかなかった彼が、攻略対象者を凌ぐ人気キャラクターになったのも頷ける。


(それにしても……)


 どうやらそのゲーム通りにはいかないみたいだねぇ、とコーネリアから聞いた、彼女が前世でプレイしたというゲームの中のディオの話を思い返す。

 そうして、ディオは楽しそうにクツクツと笑っているノルベルトを見た。


「へぇ、メグ嬢を思って叱咤した……ねぇ」

「ああ。……ついでに俺も叱られたよ。なんなら、メグ嬢以上にな」

「さすがはベルトン公爵家のご令嬢だねぇ。彼女だからこそ、王子である君に対しても本気で叱る時は叱るんだ」

「ありがたい話だよ。全く……コーネリアは実に面白い女だ」


 ノルベルトの言葉に、今度はディオがクツクツと笑いを漏らした。


 それは遡ること一週間前のこと。中庭での計画をもとに、悪役令嬢になりきると張り切って図書室へと向かったコーネリア。

 そんな彼女はディオが思うに、悪役として恐れられ嫌われるどころか、寧ろメグから好かれていた。流石のメグも、嫌いな相手に対してあんなに満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を述べたりはしないだろう。


 一体何を話したのかとコーネリアに聞いてみたところで、

「私は精一杯悪役を演じたの! 嫌味をたくさん言ってやったわ!!」

 と、一点張りで埒があかなかった。

 仕方なく、あの時その場にいたノルベルトに話を聞いてみたのだが、まさかの彼女の主張とは正反対の意見が出てくるではないか。


 『悪役令嬢』という言葉の意味はよく分からない。

 が、言葉のニュアンスとコーネリアから聞いた話からして、決して良くない存在なのだということは理解出来る。

 ただ、ノルベルトから聞いたコーネリアの悪行とやらは、どう聞いてみても悪行と言えるものではなかった。

 貴族界では禁止行為とされる――婚約者がいる男性と二人きりになるという行為を、知らなかったとはいえ犯してしまったメグに注意をし、護衛をつけずに一人で人気がない場所に出歩いたノルベルトを叱っただけである。悪役どころか、ただの良い人だ。


「悪役とは程遠いなぁ……」


 ディオの口から零れたのは、ノルベルトの耳にも届かないくらいとても小さな声だった。


 ディオがソファにゆっくりと腰を下ろし、

「ところで……そののメグ・グラウン嬢はどんな女性なのかな?」

 と、意地悪な笑みを浮かべてノルベルトを見れば、彼は困ったように肩をすくめてソファにもたれかかるようにして座った。


「まさかお前、当分の間それをネタにするつもりか?」

「ああ、勿論そのつもりだよ!」

「……やめてくれ」


 はぁ、とノルベルトは深い溜め息を吐く。

 そうして、いまだに意地悪な笑みを浮かべたままのディオを見返した。


「……彼女は孤児院育ちなせいか、そこら辺のご令嬢とは考え方がまるで違うんだ」

「例えば?」

「少し不細工で薄汚れた野良猫にだって、可愛い可愛いって笑うんだよ。普通の令嬢じゃああり得ないことだ」


 純朴とは彼女のことを言うのかと思ったよ、とノルベルトは笑う。

 ディオは、ふーんと興味なさげな声を漏らして立ち上がると、窓の方へと歩いていく。

 彼らがいる部屋――ノルベルトに与えられた執務室――の窓からは、正門から城へ入るための通路がよく見える。

 なるほどどおりで、彼はいつも自分が来るタイミングを知っているわけだ。


「純朴……ねぇ?」

「なんだよ」

「いや、特にはなにもないよ」

「とか何とか言って、どうせお前は何か企んでるんだろう?」

「ハハ、それはどうだろうねぇ」

 

 まるではぐらかすように、ディオが肩をすくめたときだった。

 綺麗なドレスを身に纏った見覚えのある女性が、キョロキョロと辺りを見渡して右往左往しているのが見えた。……メグだ。

 あの様子を見るに、きっとまた迷子になったのだろう。城は広いのだから、迷うのも無理はない。


(そういえば……王女様のお茶会にメグ嬢が誘われて城を訪れる、と言っていたっけな)


 主人公メグが、日曜日に――ノルベルトの妹である王女――ステファニアが主催するお茶会に誘われて城を訪れる。

 そうコーネリアが言っていたのを、ふと思い出した。

 彼女が言うには、悪役令嬢コーネリアが学園内で、悪役騎士ディオが城内で主人公メグに嫌がらせを行うのだという。

 次はあなたの番よ! と、目を輝かせて言うコーネリアが思い浮かぶ。


「ああ、そうだ。……ちょっと悪いけど、用事を思い出したから少し席を外すよ」


 返事も聞かず、足早に執務室をあとにしたディオに対してノルベルトは、

「……ディオの野郎、減給にしてやる」

 と、独り言ちたのだった。

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