4―2

「あれ、一体ここはどこなんでしょう……?」


 メグはキョロキョロと辺りを見渡しながら、独り言ちた。


 『令ロマ』のメグ・グラウンは、重度の方向音痴だった。学園に転入してから早一か月は経過しているというのに、いまだに自分のクラスの教室にすらまともに辿り着けないほどに。

 ついには、毎日のように迷子になっている彼女を見かねたコーネリアが、わざわざ学園の正門前で待ち合わせをして教室まで案内し始めてしまったのだ。

 悪役令嬢が親切なご令嬢に昇格した瞬間だった。……もっとも、メグにとってのコーネリアは、元から『悪役令嬢』ですらないのだが。


「――……ここで何をしているのかな?」

「あっ、ウォーズリー様!!」


 ごきげんよう! と、メグは両手でスカートの裾をつまんで軽くスカートを持ち上げ、片方の足の膝を軽く曲げた。

 それは、先日コーネリアが始動してきた令嬢特有の挨拶だった。

 ステファニアに失礼がないように、とコーネリアが三日間指導してきただけのことはあって、元孤児とは思えないほど優雅だ。

 流石は、ノルベルトの婚約者として厳しい教育を受けて育ってきたコーネリアである。たった三日でメグをここまで仕上げてくるのだから。


「何で君が城の中にいるの? まさか、ノルベルト殿下の暗殺を目論んで忍び込んだ……とか?」

「ち、違います! そんなことしませんっ!!」

「じゃあ、どうしてこんなところにいるのかな?」

「実は……先日、ステファニア殿下主催の茶会に誘われたんです」

「ステファニア殿下の茶会に……?」

「そうです!!」


 ほら! と、メグがシルバーの可愛らしいパーティーバッグから白い封筒を取り出して、ディオに差し出した。

 メグから封筒を受け取ると、ディオは封筒を裏返す。右下には、ステファニアの名前と王族の証の印が押されていた。


「中を確認しても?」

「大丈夫です、どうぞ」


 メグの返事を確認して、ディオは封筒の中に入っていた少し厚めの紙を取り出した。

 そうして、取り出した紙に書かれた綺麗で可愛らしい字を読む。


 ―――第二十二回、ステファニア主催のお茶会にメグ・グラウン嬢を招待いたします。


 これは紛れもなく、ステファニアが書いた字だ。

 城には誰もが簡単に入れるわけではない。城を自由に出入り出来るのは、城内で職についている人間か、王族から許可をもらっている商人や一部の貴族だけである。

 ステファニアの茶会に招待されたご令嬢が城に入るには、ステファニアが送った――茶会が開催されるごとに送っている――招待状が必要になるのだ。招待状を門番に見せさえすれば、城門を通してもらえるのである。


 といっても、ディオは事前にメグがステファニアから茶会に招待されていることを、コーネリアから既に聞いている。招待状を確認するまでもない。

 ただの悪役としてのパフォーマンスだ。


 招待状を封筒に戻し入れて、ディオは謝りながらもメグに封筒を返す。


「これはステファニア殿下の字で間違いないね。本物の招待状だ」


 ディオの言葉に、メグはホッと胸を撫で下ろした。


「茶会は中庭であるはずだけど?」

「はい……そうです、そうなんですけど……」

「ああ、もしかして……中庭の場所が分からないとか?」

 

 メグが俯いて、申し訳なさそうに小さく頷いた。


「ステファニア様から簡単な地図を頂いたんですけど……でも」


 分からなくて……、とメグがパーティーバッグに招待状をしまうと同時に何やら紙を取り出した。


 ディオは身を乗り出すように紙を覗き込んで、

「ああ、これはヒドイ……」

 と、苦笑した。


 メグが手にしている一枚の紙きれには、地図のようなものが大雑把に描かれていた。 

 四角の中に『正門』と書かれている場所から一本の線が伸び、『お城玄関』と書かれた場所の目の前で右に曲がっている。

 そこまではよかった、そこまでは。……問題はそこからだ。


 右に曲がって伸びた線は、目印も何もなく突然曲がりくねっていたのだ。そして最後に、最後の最後に『中庭入口』と書かれた場所に辿り着いている。


(こんな地図でどうやったら辿り着けるんだろう……)


 この地図で中庭まで辿り着くのは、地図を読める人でも難しいだろう。もし、この地図で中庭に辿り着ける人間がいるならば、ぜひ会ってみたいものである。


 ……否、一人だけいた。

 幼い頃からステファニアとよく遊んでいた人物――コーネリアだ。


 彼女たち二人と、無理やり誘われたノルベルトとディオが、自分の宝物を城内に隠して――コーネリア曰く、トレジャーハントごっこ――宝探しをしていたときのことだ。

 ステファニアが宝物を隠し、宝の地図を描いたことがあったのだが、その宝の地図は地図としての意味を成してはいなかった。


 乱雑に線が書かれているだけの、子どもの落書きとしか言いようがない紙。

 当然、ノルベルトとディオはその地図を見てもステファニアの宝物を見つけることはできなかった。諦めよう、とも思ったほどだ。

 が、一人で宝物を探しに出たコーネリアが、しばらくして宝物を片手に戻ってきたのである。

 地図が分かりやすくて役に立ったわ! と笑顔で笑って……。


「……メグ嬢」

「はいっ!」

「いいことを教えてあげる」

「何でしょうか……?」


 メグが、首を傾げてディオを見上げた。


「ちゃんと目的地に辿り着きたいのなら、ステファニア殿下が描いた地図だけは絶対に頼りにしちゃいけない。ステファニア殿下の地図は上級者向けだから、君なんかじゃ無理だよ」


 僕も無理だけどね、と喉まで出かかった言葉を飲み込んでニコリと笑う。

 上級者向けだという部分になのか、自分には無理だという部分になのか。どこに納得したのかは分からないが、

「そ、そうですよね……わかりました!」

 と言って、メグが真剣な顔をしてコクコク頷いた。


「今回は僕が中庭まで案内してあげるよ。だけど、毎回案内する暇はないからちゃんと覚えておいてね。……まぁ、次があるかどうかは知らないけど」

「約束……は出来ませんけど、出来る限り覚えられるように頑張ります!!」

「うん、頑張って」


 いつもコーネリアにしていたように、メグの頭をポンポンと撫でた。


「……ウォーズリー様?」


 パチクリと瞬きを繰り返すメグに気付いて、ディオが慌ててメグの頭から手を放した。


「ご、ごめん」

「い、いえ……ビックリしましたけど大丈夫です」

「コーネリアと間違え……あっ……」


 しまった! という顔をして、ディオがふいっと顔を逸らす。メグがきょとんとした顔で、ディオの顔を覗き込もうとした。

 が、メグの動きに合わせるようにして、ディオも更に彼女から顔を背けていった。


、ですか?」


 まるで一音一音噛みしめるようにゆっくりと呟いて、途端にメグがクスクスと笑いだす。

 何を笑っているのか、と不機嫌そうに問うディオに対し、

「ウォーズリー様が可愛くってつい……」

 と、メグが可愛らしく微笑んだ。


 そんな彼女の笑顔を見てディオは、失敗したなぁ、とぼんやり考えた。

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