4―3

「君は曲がる回数が多いと確実に迷子になるだろうだから、あまり曲がらないように行こうか」


 そう言うが早いか、ディオが足早に歩いた。それに合わせるようにして、メグがパタパタと走るような足取りでディオの背を追いかける。

 それに気付いたディオが、彼女の歩幅に合わせるようにして歩を緩めた。


―――長身で足が長い貴方と小柄な私とでは歩幅が違うのよ、もっとゆっくり歩きなさいよ!


 そう言って、プリプリと怒っていたコーネリアを、ふと思い出す。それはまだ、コーネリアとステファニアが危ない遊び方をしてはよく母親たちに怒られていた頃の記憶だ。


(僕があげたクマのぬいぐるみを抱きしめて怒っていたっけ……)


 懐かしい記憶に、自然と口元を緩めた。


「――……基本的に、この城の建物が常に左側に来るようにして歩けばいい」

「建物を左側に……。あの……メモ、取ってもいいですか?」

「メモ?」

「あ、あのっ……私、本当に方向音痴なので、中庭への道のりだけでもメモを取りたいんです」

「そのくらいなら別に構わないけど……」


 ディオの言葉に、メグは一気にパァッと顔を明るく輝かせる。

 そうして、パーティーバッグからペンを取り出すと、ステファニアが書いた地図を広げ始めた。


 チラリと目に映ったメグのパーティーバッグには、やたらといろんなものが入っていた。メモ帳や赤色のペン、そして化粧道具らしきものも見える。

 一体、そんな小さなバッグにどうやって詰め込んだのだろうか。


(あのバッグ、四次元空間でもあるのかなぁ……)


 ディオがそんなことを考えている間にも、広げた地図に『建物が左です!』とせっせとペンを走らせていく。字面だけ見れば、全くもって意味不明な暗号である。


「ありがとうございます、もう大丈夫です……!」


 そう言って、メグがひょこっと立ち上がった。

 じゃあ行くよ、と言ってディオが再び歩き出し、メグもまるでアヒルのヒナのようにディオの後をついていく。


 そうしてしばらく二人は、――必要最低限のこと以外は特に会話をすることなく――無言で歩き続けていた。

 沈黙に耐えられなかったのか、やけにソワソワとした様子のメグが、

「あ、あのっ……!!」

 と、数歩先を歩いているディオに声を掛けた。


「何……?」

「だんまりも寂しいですし、お話ししませんか?」

「しない」


 ディオが即答して、メグががっくりと項垂れる。


「ですよね、うーん……。それじゃあ、こうしましょう! これからはただの私の独り言です。なので、ウォーズリー様は私の独り言を聞いていてください!!」

「いや、聞かな――」

「私、この学園に転校してきてから一か月経つんですけど……」


 返事は聞かない。そう言わんばかりに、メグがディオの言葉にかぶせるようにして話し始めた。

 そんな彼女に思わずディオが、

「……無視ですか」

 と、独り言ちる。

 が、ディオの言葉はメグの耳に届いていないらしい。独り言というには些か大きすぎる声で話し出すメグに、ディオが呆れたように肩を竦めた。


「孤児院育ちの養女である私は、それはそれはもうとっても浮いていました!! 私に関わろうとする人なんていなかったんです。……でも」

 と、メグが一呼吸置いてから、

「ノルベルト殿下が話しかけてくださったんですよ!」

 と、メグが嬉しそうに声を弾ませた。


「孤児院で育ったと伝えても『だから何だというんだ』って言って……。あの方はとてもとても……お優しい方ですよね」


―――人と関わるのに孤児かどうかなんて関係あるのか?


 当たり前のようにそう言ってのけるノルベルトの姿が、容易に想像できる。

 彼は昔から、貴族だの平民だの孤児だのと、人を階級だけで判断するような人間ではなかった。誰がどの階級だろうが、分け隔てなく扱う。それが彼の信条だ。だからだろうか、彼を支持する者が多かった。


「ああ、でも! 最近は、コーネリア様仲良くしてくださるんですよ!!」


 メグの言葉に、ディオが驚いたような声を上げると、ピタリと突然立ち止まる。立ち止まるとは思ってもいなかったメグは急に止まることが出来ずに、そのままディオの背中に突撃した。


「うひゃっ……!!」


 そのまま後ろを振り返ってメグを見下ろせば、

「止まるなら言ってくださいよ!」

 と、メグが鼻をさすりながらも訴えている。

 が、今はそれどころではない。


 ディオの聞き間違いでなければ、今彼女は、あの――友人としてではなく悪役令嬢としてメグの恋を応援すると言い張った――コーネリアが、メグと仲良くしてくれている、と言っていた。


(きっと聞き間違えたんだ、そうだ。そうに違いない……!)


 心の中で自分に言い聞かせるように繰り返す。


「……今なんて言ったの?」


 ディオの質問に、メグはきょとんとして、

「止まるなら言ってください、ですか?」

 と、首を傾げた。それにディオが、

「その前だよ。コーネリアが……なんて?」

 と、問い掛ける。


 ディオが聞きたいことを理解したらしいメグが、ああ、と声を漏らす。


「コーネリア様も仲良くしてくださるんですよ!」


 そう言う彼女は、屈託のない笑みを浮かべていた。


「誰が、誰と……?」

様が、と、ですよ!!」

「それは……」

「……それは?」

「君の勘違いじゃないかな? あのコーネリア嬢が君なんかと仲良くするだなんて、まさかそんなことあるわけないじゃないか」


 冷ややかな、意地の悪い微笑みを口元に浮かべた。……出来るだけ、悪役らしく映るように。


 このままでは、コーネリアの――メグとノルベルトの恋を応援する――計画が台無しである。彼女はあくまで、友人としてではなく悪役令嬢として応援したいのだから。

 なんとしてでも、その認識を変えなくてはならない。

 そう思って、懸命に否定してはみたものの……。


「いいえ、気のせいなんかじゃないです! 間違いなく、コーネリア様は私と仲良くしてくださっています!!」


 メグが頬をぷくーっと膨らませて、声を上げた。どうやら随分とご立腹らしい。といっても、全く怖くはない――それどころか、可愛らしさを感じる――のだが。

 破裂しそうなほどに頬を含まらせてにじり寄ってくる彼女の気迫に負けて、降参だ、とディオが両手を上げた。


「……わ、分かったよ」


 そう言って、メグに背を向けた。

 コーネリアとの仲を、ディオが認めてくれたことが余程嬉しかったのだろうか。


 メグはディオの背中を見つめて目を細めると、

「えへへ、分かってくれたらそれでいいんです……!!」

 と、口元を綻ばせて小さく笑った。


(……このことを知ったらコーネリアはショックを受けるんだろうなぁ)


 ショックを受けて膝から崩れ落ちるコーネリアの姿が目に浮かぶ。

 ごめんね、と心の中でコーネリアに謝りながら、ディオが再び歩き出す。


「いつも学園で迷子になっている私を見かねたのか、教室まで案内してくださいますし……それにここ最近は、レッスンもしてくださるんですよぉ!」


 それからそれから! と楽し気なメグによるコーネリア絶賛会ひとりごとは、しばらくの間続いた。

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