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「あっ、コーネリア様だ!」


 コーネリアを見つけたメグが、声を上げた。


 名前を呼ばれて振り返ったコーネリアは、深めの紫に黒のレースがあしらわれたドレスに身を包んでいた。彼女の母親が、彼女の十六歳の誕生日に贈ったドレスだ。

 そのドレスを見た彼女が、悪趣味……、と顔を引きつらせていたのは言うまでもない。

 とはいえ、せっかく贈ってくれた母親のプレゼントだ。無下にも出来なかったのだろう、そのドレスを数回ほどステファニアとの茶会で着ていたのはディオもよく覚えている。……数回着た後はそのドレスを――あのドレスはどうしたのか、とディオが彼女に聞いたときに言っていたのだが――衣装部屋の奥底にしまっていたはずだ。

 ということは、悪役令嬢を意識して衣装部屋から引っ張り出してきたのだろう。……悪役令嬢というよりは、魔女のイメージが強いのだが。


「コーネリア様ーッ!!」


 コーネリアの名前を呼ぶや否や、メグがコーネリアのもとへと駆けていく。ドレスで走ることに慣れていないせいか、その足取りはとてもあどけない。


「ちょっと……! 貴方いったい今までどこで何をしてたのよ!?」


 時間ギリギリじゃないの! と、コーネリアがつり目を更に吊り上げて、まくし立てるように言う。ドレスの雰囲気も相まって迫力満点だ。


「えっと、その……お城の観光?」

「嘘をおっしゃい!! どうせまた迷子にでもなって彷徨ってたんでしょう!? だからあれほど、城の門番に案内役を呼んでもらいなさいって言ったじゃない!!」


 メグが迷子になるだろうことは、分かりきっていた。だからこそコーネリアは、彼女に門番に案内役を呼んでもらえと言いつけていた。

 が、どうやら彼女はコーネリアの言いつけを守らなかったようだ。


「……デコピンするわよ?」

「それだけは勘弁してくださいー!」

「じゃあ素直に話しなさい」

「……私ことメグ・グラウンは、コーネリア様の言いつけを破り、挙句迷子になりました! だからどうか、デコピンだけはお許しください!!」

「よろしい」


 デコピンを回避するために正直に話し出したメグと、それを聞いて小さく頷いたコーネリア。その姿はまるで、粗相を働いて叱られている子どもと、子どもを叱りつける母親のようだ。

 そんな二人に、ディオは呆れたように眉を垂らして小さく微笑む。


「ヨハン!」

「はい」


 名前を呼ばれた――コーネリアの専属執事である――燕尾服を着た男性が、コーネリアの側に歩み寄った。


「私はディオと一緒にノルベルト殿下を呼んでくるわ。貴方はメグ様を中庭にお連れしてさしあげて」

「かしこまりました」

「それから、メグ様が何をしでかすか分かったもんじゃあないから、しっかり見張っておくのよ」

「かしこまりました、コーネリアお嬢様」


 深く腰を曲げ、ゆっくりと姿勢を正すと、メグに向き直る。


「メグ様、こちらです」


 コーネリア専属の執事が、踵を返して中庭のほうへ歩いていく。メグがそのあとを追うように小走りで駆け寄っていった。

 そんな二人を一瞥すると、コーネリアは後ろにいたディオに振り返る。コーネリアの目に、爽やかにはにかみながらコーネリアを見つめているディオの姿が映った。その笑顔で一体何十人の『令ロマ』の乙女乙女ゲームプレイヤーを虜にしてきたことか。


「ディオ、メグの捕獲どうもありがとう。……で、どうだったかしら?」

「どうだった、とは……?」

の話よ」

「ああ……。うん、彼女はなかなか手ごわいねぇ」


 ディオの言葉に、コーネリアは自信あり気な笑顔を浮かべて、

「でしょう!?」

 と、声を張り上げた。


 そんなコーネリアに、つい先ほどまでのメグのコーネリア絶賛会を思い出す。


(伝えるべきなのかな……?)


 今から――悪役になりたい彼女にとっては――酷なことを言わなければならないと思うと、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 が、その一方で彼女の反応を見てみたいと楽しみな気持ちもあった。

 驚いてまるで銅像のように固まるのか、そんなつもりないのにと叫びながら訴えるのか、あるいはそのどちらもか。ディオからメグの話を聞いた彼女がどんな反応を示すだろうかと予想を立ててみる。といっても、彼女がどんな反応を示そうとディオがやるべきことは変わらないのだが。


「メグ嬢はどうやら、君が仲良くしてくれていると勘違いしているみたいだよ」

「……は?」


 コーネリアが、ピタリと足を止めた。そのまま、まるで銅像になったかのように動かない。おーい、とディオがコーネリアの目の前で手を振ってみる。

 が、コーネリアの目には全く映っていないかのように微動だにしない。


「コーネリア様と仲良くなりたいってさ」

「何で!? 何がどうなったらそうなるのよ! 全く仲良くしてるつもりなんてないんだけど!!」


 ハッとしたように顔を向けて、険しい顔をしたコーネリアが張り叫んだ。

 つり目を更に吊り上げている彼女は、不服だ、と言わんばかりの表情をしている。

 どうやら彼女には身に覚えがない話らしい。それならば、先程まで――強制的にだが――聞いていたメグのコーネリア絶賛会の内容を教えてあげようではないか。

 そう思い立って、ディオがクツクツと笑いながら口を開いた。


「事あるごとに話しかける」

「悪役令嬢らしい嫌味を言ってるだけだわ!!」

「……この前の『貴女ってそこの段差に気付かずに踏み外してそうよね』ってのが嫌味だって? ただ遠回しに注意喚起しただけだと思うんだけど」


 それはつい先日――メグが中庭の見事な花を咲かせている薔薇に見惚れながら歩いていた時のこと。いつものように、中庭でティータイムに入ろうとしていたコーネリアとすれ違ったことがあったのだ。

 中庭から校舎内に戻ろうと歩きつつも、視線は薔薇に向けられたままの彼女に、コーネリアは言い放ったのだ。

 貴女ってそこの段差に気付かずに踏み外してそうよね、どんくさいから……と。ちなみに、メグに嫌味が通じなかったのは言うまでもなく、コーネリアは静かに涙を呑んだのだった。


「い、嫌味のつもりだったのよ!」

「でも結果的には、ただの不器用ながらも親切な人だったよね」

「ぐっ……!!」


 コーネリアが、顔をひきつらせた。


「じゃあ、正門で待ち合わせして教室まで案内してるのは?」

「それは仕方ないじゃない! あの子が方向音痴にもほどがあるのがいけないのよ!!」

「悪役令嬢はそんな親切心の塊みたいなことしないと思う」

「ぐはっ……!」


 両手で胸を抑えて、コーネリアが唸り声を漏らす。

 そうして、胸を抑えたまま、ゼェゼェと肩で息をしている。まるで、全力で走ったあとみたいだ。


「ステファニア殿下主催の茶会に向けてのレッスン」

「悪役令嬢らしい台詞を吐きながらメグを王妃として教育できるし、一石二鳥だと思って……!」

「教育してくれる時点で悪い人ではない、とお考えの様子だよ?」

「う、うぅっ……」


 ガクッと膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込んで、両手を地面についた。

 ちょっと待って、という彼女に追い打ちをかけるように、

「……全部優しくしてるようにしかみえないんだよねぇ」

 と言えば、コーネリアが恨めしそうな表情を浮かべて、ディオを睨みあげる。


「もうやめて! 私のライフはもうゼロよ……!!」


 意味不明な言葉を叫ぶコーネリアの頭を、そっと優しく撫でたのだった。

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悪役令嬢コーネリアはヒロインの恋を応援したい! 不香 天花 @shik4_

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