2話:悪役令嬢は初めての悪役に奮闘する
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「――ねえ、一つ質問してもいいかしら?」
「なんだい、コーネリア?」
コーネリアの問いかけに応えたのは、彼女の向かいに座っているディオだった。
コーネリアとディオの二人は、見事な薔薇が咲き誇る中庭の中央にある真っ白なガゼボ――西洋風の東屋である――のベンチに腰を掛けていた。
ディオは、プリマベール国の第一王子であるノルベルトの護衛騎士だ。常にノルベルトの側を離れず、非常時には全力をもってノルベルトを護り抜かなくてはならない。
が、コーネリアの目の前で優雅に紅茶を嗜んでいるディオの側をみても、中庭を見渡してみても、彼の主であるノルベルトの姿はどこにもなかった。
「ディオ、貴方は何でここにいるの?」
「何でって……暇だから?」
「そうではなくて……ノルベルト様の護衛任務は一体どうしたのって聞いてるのよ」
「ああ、そのことか。それなら安心していいよ。ノルベルト様は僕がいなくても一人で対処できるからね」
「今の発言は王子に仕える騎士としてあるまじき発言だと思うのだけど!?」
ノルベルトは、確かに剣術に優れていた。毎年行われる王家主催の剣術大会では、毎年必ず上位に入っているほどの実力だ。ちなみに、昨年から続いて今年も優勝と二連覇を達成しており、来年は三連覇だとご令嬢の間で話題に上がっていることも事実。
(……でもそういえば、前世で何度も見た公式サイトのプロフィールにも、剣術が得意だと記されていたわね)
ふと、前世の記憶を掘り返す。
ディオが言う通り、例え奇襲に遭おうと護衛がいなくても返り討ちにすることは可能だろう。
が、それとこれとは話が別というものである。いくらノルベルトが剣術に優れているからといって、護衛の必要がないというわけではない。不測の事態に備え、護衛は必ずしなければならない。
そのディオが、昼休みにこうして主を一人にしてコーネリアと優雅に紅茶を嗜むなど、本来あってはならないことなのである。
「そんなことより、『ドキドキ!メグ・グラウン嬢の恋を応援し隊大作戦!!』を練ろうよ」
「……何そのセンスのかけらもない作戦名は」
「えー? 名前、自信あったんだけどなぁ」
「そのセンス、よそのご令嬢の前では晒さない方が身のためよ」
「肝に銘じておくよ」
それで作戦は? と、ディオがテーブルに肘をついて身を乗り出す。
「そうね……どうしようかしら」
と、コーネリアは頬に手を添えて困ったような顔をした。
メグとの衝撃的な出会いを果たし、悪役宣言をしてから一週間。コーネリアとディオは、いまだに悪役らしい嫌がらせをしていない。
忙しくて暇がなかったわけでも、メグとノルベルトの間に何も進展がなかったわけでもない。寧ろ、悪役になりきるチャンスは沢山あったのだ。
例えば、昼休みにメグとノルベルトが二人きりで仲良さげに話していたことがあった。が、コーネリアは文句を言いに行くでもなく、こっそりと物陰に隠れて眺めて終わったのだった。
彼女曰く、嫌がらせをする材料を集めるための観察らしいのだが、歓喜に震える体を必死に抑えていたのをディオは知っている。……彼女を問いただしても恐らく、笑いをこらえるのに必死だったのだと見栄を張るに違いないが。
「正直、罵ろうにもあの子の欠点が見当たらないのよね」
困ったものだわ、とため息交じりでコーネリアは呟く。
「刺繍だって、あの子はあの子なりに頑張っているのよ。絵は……下手くそ以外の何物でもないけれど、とても味がある絵だと思うわ。それに……」
「……それに?」
「あの子がドジを踏んで転んだ瞬間といったらもう……可愛いったらありゃしない! あれじゃノルベルト様が恋に落ちるのも無理ないわね!!」
「……いろいろツッコミたいことはあるけど、とりあえずそれは大声で言っちゃダメだと思うな?」
勢いよく立ち上がって熱く語るメグに、ディオは苦笑する。ディオのツッコミに我に返ったコーネリアは、顔を赤く染めて勢いよくベンチに腰を下ろした。
こほん、と咳払いをして紅茶を一口飲みこんでから、辺りをキョロキョロと見渡す。大声を出したコーネリアが悪いのは重々承知の上だが、誰かに聞かれてはまずいのだ。……張本人の二人は特に。
「誰もいないから安心して。でも……その様子じゃいつまで経っても悪役にはなれないよ?」
「や、やるわよ……! コーネリア・ベルトンに二言はないんだから!!」
「へえ、それは楽しみだねえ?」
目を細めて意地悪く笑うディオを、ぐぬぬと唸りながらもコーネリアがつり目をさらに吊り上がらせて睨む。
「――じゃあ、僕から提案。二人が一緒にいるときに割り込んで、メグに嫌味を吐く……なんてどう?」
「……いいわね、二人の邪魔をするのはちょっと気が乗らないけど」
「これで決まりだね。そうと決まれば、早速実行に移してみよっか」
「え?」
ディオがゆっくりとコーネリアの後ろにある校舎を指差す。
少し古ぼけた校舎の別館。丁度コーネリアの真後ろにあるのは、一階にある図書室だ。そこには、二人の男女がこちらに背を向けて並ぶようにして立っていた。
ふわふわと跳ねたハニーブラウンの髪の男性と、プラチナブロンドの髪の女性。見覚えのあるその後ろ姿に、まあ、とコーネリアが声を漏らす。
「ノルベルト様とメグだわ。一体何を話しているのかしら」
二人は話に花を咲かせているのか、いつになく楽し気に笑っている。
どこかで見たような光景だ。コーネリアはしばし考えて、あぁ、とパチンと両手を叩く。
(あれは確か、一つ目のノルベルト攻略イベントだわ!!)
メグが小脇に抱えていた一冊の本。それはノルベルトが大好きな本だった。その一冊の本をきっかけに二人の会話は弾み、二人の距離が縮まるというイベントである。
勿論、嫉妬に満ちたコーネリアが図書室に乗り込んで二人の間に割って入ってくるわけなのだが、その時のノルベルトはそれはさぞ迷惑だと言わんばかりの表情を浮かべていたのをよく覚えている。
好いている相手から迷惑がられるなんて……悪役令嬢コーネリアはなんと哀れなことだろうか。その上、いくら親が決めた相手とはいえ、仮にも婚約者である。可哀想なことこの上ない。
だがしかし、悪役を演じたいコーネリアはそんなことは気にしてはいられない。ノルベルトの攻略イベントという折角のチャンスなのだ。
(これを利用せずしていつ悪役になるのよ、コーネリア!!)
自分を奮い立たせ、ガタンッと勢いよく立ち上がる。
「私、行ってくるわ!」
と、コーネリアが意気込んで宣言すれば、座ったままのディオは彼女を見上げながら、
「頑張ってね、悪役令嬢のコーネリア・ベルトン嬢」
と、おどけて手をひらひらと振っている。
「それでは、ごきげんよろしゅう!!」
コーネリアは、両手でスカートの裾をつまむと、軽くスカートを持ち上げて片方の足の膝を軽く曲げて挨拶をした。さすがはベルトン公爵家のご令嬢といったところか。とても優雅で淑やかだ。
まさか、メグの恋を応援するためだけに悪役令嬢になりきろうとしているだなんて、誰が想像できようか。
「――さて、上手くいくといいんだけどねぇ……」
ニヒルに笑うディオの言葉は誰の耳に届くことなく、空気となって消えていった。
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