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 『令ロマ』に出てくるコーネリア・ベルトンは、主人公のメグと攻略対象との仲を邪魔する所謂――悪役キャラクターというやつだ。

 貴族が持つ爵位(五爵)の中で最も位が高い公爵家の令嬢として生まれ、主人公メグが攻略相手となる異性の婚約者として必ず登場してくる彼女は、ことあるごとにメグに嫌がらせをする。

 腰まで伸び緩やかにウェーブがかかったホワイトラベンダーアッシュの髪。深い紫色が印象的な目はきゅっと吊り上がり、生意気そうな顔つきをしている。そして極めつけは、我儘かつ高慢な性格ときた。……そう、彼女はまさしく悪役令嬢だった。


 悪役かどうかはともかくとして、主人公たちの恋を邪魔するライバルキャラクターは、恋愛をテーマにした物語は必須不可欠の存在である。

 ライバルキャラクターがいることで主人公たち二人の絆は更に強くなり、真実の愛へとたどり着くのだ。

 が、ここ最近の乙女ゲームでは、ライバルキャラクターは全くと言っていいほど登場しなくなっていた。出てくるキャラクターはいずれも悪役ではなく、ヒロインの支えとなる友人ばかり。

 そんな中、発売された乙女ゲームで久々に登場したライバルかつ悪役なキャラクターが、コーネリア・ベルトンだったのだ。


「実は私、転校してきたばかりで迷ってしまって……」


 メグの言葉にコーネリアは、そういえばゲームの中のメグも迷子になっていたな、と一人で納得した。

 迷子になっていたところに木の上に登って降りられなくなった猫を見つけたメグが、猫を助けようとして木の上に登る。そうして、一人の人間の重さに耐えられなかった木が折れ、猫共々落下してしまうのだ。

 そのメグを受け止めるのがノルベルトの役目であり、ノルベルトとの出会い……のはずだった。何故か、コーネリアが受け止める結果になってしまったが。


 案内役を買って出たノルベルトとメグの背中が、どんどん小さくなっていく。そんな二人をぼんやりと見送りながらもコーネリアは、つい先ほど蘇った前世の記憶をボソボソと呟いていく。


「――……ということなの」


 ほう、と頷くディオにコーネリアは視線を向けた。


 右側だけ少し長くなっている漆黒の髪はアシンメトリーになっており、暗い赤色の瞳と同色のメッシュは漆黒の髪によく映え、左目の下にある泣き黒子が彼の色気をより引き立たせている。

 その端麗な容姿から、幾多のプレイヤーの心を鷲掴みにした男――ディオ・ウォーズリー。コーネリアの幼馴染でありノルベルトの護衛騎士である彼は、攻略対象者ではなかった。

 悪役令嬢コーネリアと同じく、主人公メグの恋を邪魔する悪役キャラクターだったのだ。


 ディオが攻略対象ではないことを知った多くのプレイヤーが枕を濡らし、実らない恋に嘆き悲しんだことは言うまでもない。後に発売されたリメイク版には念願かなって彼も攻略対象者となったが、その時の彼に恋をしたプレイヤーたちのお祭り騒ぎといったら凄まじいものだった。


「……で、悪役は悪役らしく嫌がらせをしつつ、メグの恋を応援したいと思っているのだけど!」

「予想の斜め上をいく回答だね」


 前世でプレイしたこの世界が舞台の乙女ゲームの中で、前世のコーネリアが最も愛したキャラクターは主人公のメグだった。それはもう、販売された攻略対象者グッズよりも主人公グッズを買い漁るほどの熱愛ぶりだ。

 とはいえ、悪役を演じながら主人公メグの恋を応援するというのはいくらなんでも突拍子もなさすぎるだろう。

 目を輝かせているコーネリアに、ディオは小さく息をついた。


「悪役としてじゃなくて、普通に友達として彼女の恋を応援したらいいのに」

「だって、コーネリア・ベルトンは悪役キャラクターなのよ。それなのに友人になるだなんてもったいないじゃないの!」

「……そうかなぁ?」


 ディオの半信半疑と言った声に、

「そうなのよ!」

 と、コーネリアは力強く頷く。


 更には、愛する二人を邪魔する者がいるからこそ二人の愛はより深くなるのだ、と目を輝かせて力説まで始まってしまった。

 こうなった彼女は最早誰にも止められない。彼女を幼いころから知るディオもさすがにお手上げだ。降参だと言わんばかりに胸元の位置まで両手をあげると、コーネリアは分かったならよろしいと言いたげに笑った。


「ところで、その主人公のメグは誰と恋に落ちる予定なのかな?」

「聞いて驚くがいいわ。ノルベルト・フォルスター……この国の第一王子様よ!!」


 乙女ゲームの主人公である彼女とは、つい先ほど出会ったばかりのはず。コーネリアがメグの名前を聞いたということは、初対面であることは確かだ。そのうえ、彼女はノルベルトと共にこの場をすぐに立ち去っている。会話を交わす隙など、どこにもなかったのだ。

 それなのに何故、攻略相手がノルベルトだと断言出来るのか。


 ディオの言わんとしていることを分かっているかのように、コーネリアはフフンと鼻を鳴らしながら、

「だってゲームの中のコーネリアは、必ず主人公メグの攻略相手の婚約者として登場するのよ。私がノルベルト様の婚約者になっているということは、つまりそういうことでしょう?」

 と、自信満々に言う。


「……そう。でも自分の婚約者との恋を応援するなんて……」

「それなら心配ご無用よ。だって私、ノルベルト様のことは確かに好きだけど、恋愛感情ではないもの」


 即答したコーネリアにディオは、ふむ、と考え込む。


(コーネリア自身が大丈夫だというのなら、問題はないか……)


 いくら前世で主人公メグを愛でていたコーネリアとはいえ、今の自分が恋愛的に好いた相手との恋を快く応援するとは考えにくい。

 それならば――……。


「そういうことなら、僕も手伝うよ」 

「え? でも……いいのかしら」

「ゲームの中の僕が悪役だったんなら、別にいいよね」

「そ、それもそうね……」

「じゃあ決まりだね」


 コーネリアは驚いて、差し出された右手とにこやかに笑う彼の顔を交互に見やる。

 たしかに、彼に前世の記憶を話したのは、同じ悪役キャラクターである彼に協力を頼むためだった。……それが例え、頭がおかしくなったのではないかと心配されることになったとしても。

 それがまさか、こんな突拍子もない話をすんなりと受け入れられた上に、向こうから快く協力を申し出てくるとは思いもしなかったのだ。彼女が驚くのも無理もないだろう。


 ゆっくりと深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着ける。

 よしっ! と意気込んで差し出されたディオの右手に自身の右手を重ね、力強く握手を交わす。

 今ここに、メグの恋を応援したい悪役二人の提携が結ばれたのだった。


「待っていて、メグ! 貴女の恋は、悪役令嬢のこの私が応援してあげるわ!」

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