悪役令嬢コーネリアはヒロインの恋を応援したい!

不香 天花

第1章

1話:悪役令嬢は前世の記憶を思い出す

1―1

「コーネリア!」


 コーネリア・ベルトンは、振り返った。

 振り返った先には、男性が二人立っていた。つい先ほど、コーネリアの名前を強く叫んだ幼馴染のディオ・ウォーズリーと、コーネリアの婚約者であるノルベルト・フォルスターだ。

 コーネリアと彼らの距離は、僅か数メートル。近いというわけでもないが、叫ばなければ声に気づかないほど離れているというわけでもない。その証拠に、ディオが自身の名を叫ぶ少し前に、彼らが楽し気に会話する声だって、コーネリアはしっかりと聞き取れていたのだ。


 それなのに何故、彼がコーネリアの名前を強く叫ぶ必要があったのか。

 その疑問の答えがコーネリアの頭上にあったことを知るのは、僅か数秒後のことだった。


「何なのよ、ディオ。そんなに大きな声を出さなくたって聞こえ――」

「危ないっ……!」


 コーネリアの声を遮るかのようにノルベルトが叫び、コーネリアのもとへと駆けようとするディオの姿が見える。


――ガサガサッ


 頭上から聞こえた葉が揺れる音にコーネリアが視線を頭上に向けると、コーネリアの深い紫色の瞳が大きく見開かれた。同時に、コーネリアの視界を大きい何かが遮る。


 直後に、ドサッという衝撃と重みがコーネリアを襲い、

「ふぎゃっ!?」 

 と、コーネリアの淑女らしからぬ悲鳴が響く。


 コーネリアには、一体何が起こったのか理解が出来なかった。ただ分かったことと言えば、自身の上に大きな何かが落ちてきたということだけ。

 枝が折れて降ってきただけにしては重たすぎるし、木が倒れて下敷きになったのだとすれば軽すぎるソレは、いまだにコーネリアの上に乗ったまま動こうとしない。


「ニャー……」


 可愛い鳴き声が聞こえたのは、コーネリアの顔の上からだった。……猫だ。目を開いてみても彼女の視界は真っ黒なために一切姿を確認することはできないが、猫で間違いないだろう。

 なるほどどおりで、やけにふさふさとした毛が鼻をくすぐるわけだ。


 しかし、もしコーネリアの上に乗っているのが猫だけならば、重みを感じるのは顔だけのはずだ。体まで重みを感じることはないだろう。……それが例え、どんなに体が大きく育った猫だとしても。

 しかも、顔よりも重みを感じるのだから猫以外にも何かが乗っているに違いない。


「大丈夫か、コーネリア」

「……僕が見るに、聞くまでもなく大丈夫ではないと思うけどな」

「それもそうだな……ところで、君は大丈夫なのか?」

「あ、はい……このとおりです!」


 ノルベルトの言葉に応えた声は、可愛らしい女性の声だった。

 が、コーネリアは声を発していない。ということは、コーネリア以外の誰かが返事をしたということになるが、コーネリア以外には女性はいなかったはずだ。

 となれば考えられるのはただ一つ、空から降ってきた――木の枝から落ちてきたというのが正しいか――何かが、一匹の猫と一人の女性だということ。


「ねえ、君。そろそろ、コーネリアの上から退いてくれるかな?」

「えっ? わっ……ごっごごごごめんなさい、大丈夫ですか!?」


 まるで金縛りにかかっていたかのように重たさを感じていたコーネリアの体が、ふと軽くなる。漸く開けた視界に眩しさを感じて手で日差しを遮りながら、コーネリアがゆっくりと体を起こした。


「ちょっと、一体何なのよ……」


 死ぬかと思ったじゃない! と文句を言いながらコーネリアは、謝罪を繰り返している女性へと視線を向けた。

 彼女の姿を見て、コーネリアはハッと息をのんだ。


 日の光を浴びて美しい輝きを帯びた肩にかかるくらいの長さで切り揃えられたプラチナブロンドの髪。申し訳なさそうに眉を下げ、コーネリアを見つめる澄んだ水色の瞳。つやつやの桜色の唇。

 それはまさしく美少女だった。それも、同性からみても美少女だと認めざるを得ないほどだ。

 が、美少女だから見惚れて息をのんだというわけではない。


 彼女の姿が、コーネリアのよく知る少女の姿と一致したからだ。


「嘘、でしょ……」


 ―――メグ・グラウン。

 ふいに浮かんできたのは、一つの名前。今、コーネリアの目の前にいる彼女と全く同じ容姿をした、とある少女の名前だ。


 その少女は、コーネリアが前世でプレイした乙女ゲームの主人公である。


 タイトルは確か、『令嬢ロマンス~恋する乙女に身分は関係ない~』だった。略して、『令ロマ』だ。

 孤児だった主人公メグが、貴族の養女になってコーラリア学園に転入し、学園生活を送りながらも五人の男性と出会い恋に落ちていく。

 攻略対象は、此処――プリマレット国の王子様や、武道に長けた騎士見習いの同級生、はたまた女の子と間違えてしまいそうなほど可愛い容姿をした下級生など、とにかく見目が良くスペックが高い。


 ゲームの内容はいたってシンプルで王道的だが、採用されたイラストはとても綺麗でシステムもシンプルで分かりやすく、人気作品の一つだった。ファンディスクや続編がいくつも販売され、更にはアニメにもなったのだから、その人気は一目瞭然だ。


(私の考えが正しいなら、彼女は……そして、この世界は――)


 乙女ゲームの世界? と、突拍子もない考えが過ぎって、コーネリアは頭を振りかぶる。

 そんなことあるわけがない、きっと姿が似ているだけだ。と否定する一方で、でもそれしかないのではという確信にも似た考えが駆け巡る。


 何故なら、コーネリア自身の名前も心配そうにこちらを見つめるディオの名前もその隣にいるノルベルトの名前も、その乙女ゲームで幾度となく目にしてきたからだ。


「……私の名前はコーネリア・ベルトンよ。貴女の名前を教えてもらってもいいかしら?」

「えっと……メグ・グラウンです」


 抱えたままの猫に視線を落とした彼女が発した名前に、ドクンと胸が跳ねる。ポソリと小さく呟かれたはずの声が、やけに耳に染み付いて離れない。


「コーネリア、どうしたの……?」

「おーい、大丈夫か?」


 固まったように動かないコーネリアを心配するディオたちの声が、遠く聞こえた気がした。


(……やっぱり、ここはあのゲームの世界なんだわ)


 コーネリアの考えが確信に変わった瞬間だった。

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