2―3

「あっ……逢引き!? それは誤解です、コーネリア様……!」

「あら、逢引きではございませんでしたの?」

「違います……!」

「コーネリア、お前は一体何を言い出すんだ」


 コーネリアの嫌みたらしい言葉に、ノルベルトが怪訝な表情を浮かべる。

 そんなノルベルトの表情にコーネリアは傷ついた様子も不機嫌になることもなく、にこりと満面の笑みを浮かべた。……彼女は、寧ろ喜んでいた。

 が、彼女は決してマゾヒストではない。二人が愛を育み結ばれるためには、ノルベルトがコーネリアに対して嫌悪感を抱き、尚且つ婚約を破棄をしてもらわねばならない。

 だからこそ、目標に一歩近づいたのだと喜んだだけに過ぎない。


「でも、人気のない図書室で二人きりになるだなんて……やっぱり……」

「メグ嬢と会ったのはたまたまだ」

「そうですよぉ! それに、誰もいないのもただの偶然で……!」

「まぁ、そうでしたのね……でも、周りがどう解釈されるかは別の話でしょう? 例えお二人にその意思がなくとも、メグ様がと解釈されてもおかしくない状況でしたわ」


 そうですね、とメグが申し訳なさそうに俯く。

 叱られた子犬のようにしょんぼりと哀愁を漂わせた姿に、チクリと胸が痛む。

 が、ここで挫けてしまってはこの先悪役令嬢を名乗ることはできない。決して惑わされてはならない、と心を鬼にして、コーネリアは彼女の横に立つノルベルトを見上げた。


「殿下も殿下ですわ。護衛のディオはどちらにおりますの?」


 さも自分はディオの行方を知らないといったような口ぶりで、ノルベルトに問う。

 実のところを言うと、コーネリアは先程中庭でディオと会っているわけなのだが、そもそもそれ自体がおかしな話である。


「ディオは用事があると言って何処かに行ったが……」

「まぁ! 殿下はこの国の王子なんですのよ? 護衛なしで人気のない場所に出歩くなどと……不測の事態に見舞われでもしたらどうなさるおつもりですの?」


 コーネリアの言うことは尤もだった。

 人気のない場所は、王子であるノルベルトにとっては危険な場所だ。それが例え、学園内だとしても。

 王子のことをよく思わない学生がいる可能性もあれば、暗殺を企んで学生に紛れこんだ輩がいるかもしれない。いつ狙われるか分からないのだから、極力護衛を側に置いておくのが基本中の基本である。

 だからこそ、人気のない場所に一人で出歩いた上に婚約者でもない女性と二人きりになるなんて以ての外のことだ。


「もしもの例え話ではありますが、メグ様が殿下の命を狙ってわざと近づいてこられた可能性だってありますのよ?」

「あのなぁ、メグ嬢に限ってそんなこと……」

「断じてないとは言い切れませんわよね?」


 もしこれが、攻略対象に対して復讐を誓った主人公が主役の乙女ゲームならば無きにしも非ずの話ではあるが、ここは復讐とは無縁の乙女ゲームの世界である。

 勿論、メグにそんな気が微塵もないことは、前世の記憶があるコーネリア自身がよく知っている。

 が、前世の記憶というものがないノルベルトはそうではない。メグだから、という理由でそう簡単に警戒心を解いてはならないのだ。


「それに、殿下のことをよく思わない誰かが貴方を蹴落とそうとして、『メグ・グラウン嬢とはただならぬ関係にある』と嘘を吹いてまわろうとしたら? メグ様と二人で会っていたという事実はあっても、何もなかったという証明はどこにもありません。そうなれば、グラウン家の地位と名誉も、メグ様自身の評判もがた落ちですわ」


 貴方だけの問題ではなくなるのです! と眉間にしわを寄せて続けるコーネリアは、さながら子どもを叱る母親のようだ。


「そうだな……気を付けるよ」

 と、ノルベルトが苦笑して謝罪すれば、

「えぇ、お気を付け下さいませね」

 と、満足げにコーネリアが頷く。


 そうして、メグへと視線を戻せば、彼女はいまだに俯いたままでいた。


「……メグ様」


 名前を呼ばれ、恐る恐るといったようにゆっくりと顔を上げるメグの額に、コーネリアはピシッと一発デコピンをお見舞いした。

 痛い! と、メグが涙を浮かべて訴える。

 が、コーネリアはそんな彼女からぷいっと顔を背けると、腕を組んだ。


「別にわたくしは、ノルベルト殿下に近づくなとは言っておりませんの。正直な話、メグ様がどなたと仲良くされようと、それは貴女の自由です。わたくしの知ったことではありませんわ」


 寧ろ、ノルベルトとは存分に仲良くしてくれ! と、口に出かけた言葉を飲み込んで、こほん、と咳払いをする。


「でも、他の方はわたくしのようにはいきません。他の男性……特に婚約者がいる方とはむやみやたらに二人きりにはならないよう、心掛けてくださいな」

「はい、気を付けます……!」


 決まった! と、コーネリアが心の中でガッツポーズを決めた瞬間だった。


「あ、こんなところにいたんだね、ノルベルト殿下」


 ふいに、ここにはいないはずのディオの声がして、三人はほぼ同時に出入り口へと視線を向けた。

 出入口では、ディオがにこやかに笑いながらひらひらと手を振って立っている。


「……ディオ」

「もうすぐ午後の授業が始まるよー?」


 ディオの言葉に、図書室の振り子時計を確認してみれば、午後の授業まで残り十五分を切ったところだった。

 急がなければいけないというほどでもないが、余裕を持って行動するなら今から移動し始めた方がいいだろう。


「あら、もうそんな時間ですのね」

「……ですね」

「遅刻は厳禁、ですわ。それでは皆さま、そろそろ教室に戻りましょう」

「ああ……ディオ、お前も護衛はしなくていいからそのまま教室戻れ」

「はいはーい」


 ディオの気が抜けたような返事を聴いて、やれやれと笑いをこぼすと、ノルベルトが図書室を出ていく。

 次いで、メグとコーネリアも追いかけるように図書室を出ようとして、あっ、と思い出したようにメグが後ろを振り返る。


「あ、あのっ……ありがとうございました!!」

「はっ……?」


 ペコッとお辞儀をするメグに、コーネリアは驚きを隠せない様子でメグを見下ろす。

 予想していなかった感謝の言葉に、コーネリアはパチンと瞬きを繰り返す。感謝されるようなことなどした覚えがないのだから無理もない。

 そうして、満足したように笑うと、メグも図書室を出て廊下をパタパタと走っていく。


「あっ……ちょっと! 廊下は走ってはなりません!!」

「はいっ! 気を付けます!!」


 心なしか嬉しそうな返事をしてから走るのをやめて歩き出したメグを、ディオがニコニコと眺める。

 そうして、メグの姿が見えなくなって、コーネリアへと視線を戻した。


「あのメグ嬢の様子を見る限りだと、どうやら『ドキドキ!メグ・グラウン嬢の恋を応援し隊大作戦!!』は……今回は失敗に終わった、かな?」

「嘘、でしょ……?」


 心を鬼にして頑張ったのに!! と、コーネリアはディオを見上げて涙目で訴える。

 そんなコーネリアの頭を、まるで幼子をあやすように撫でるとディオが、

「しかも、嫌われるどころか好かれちゃったみたいだねー」

 と、追い打ちをかけた。


 ディオの言葉にコーネリアがピシッとまるで石化したように固まって数秒後。


「どうして……! どうしてなのよぉ……!!」

 

 コーネリアの悲痛な心の叫びが、図書室に木霊した。あ

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