第10話 シャルロット1
「……失礼しまーす」
唐突にそんな細々とした声と共に、背後の扉が開きました。
驚きに振り返ると、そこには可愛らしくも活気に満ち満ちた可憐な少女が大きな旅行カバン片手に立っているではありませんか。
その麗らかな可愛らしさは、どこか下の姉を彷彿とさせます。髪の色が姉や私と同じ金色というのが錯覚させているような気もしますが。
視線が交錯すると、やがてその方はまるで冬の陽光のように明るい笑顔を咲かせました。
「こんにちは、わたしはシャルロット・シュローケンです! あなたは相部屋のもう一人の方ですか?」
突然のことに言葉が喉につっかえてうまく出てきません。
結局、口膣を通ったのはたどたどしい音の波。
「あ、は、はい……、イリス・ルル・アステライトです。よ、よろしくおねがいします」
とは、対面するソファーに挟まれる形で直立する少女(性別不詳)の言葉です。
傍から見れば、何様だこの人状態でしょう。
しかし。
「え、あのイリスさんですか? アステライト家の?! やっぱり写真と似ていると思ったんです! わあぁ、お会いできて光栄です! 可愛いー! 話には聞いてましたけど、実物はとんでもなく可愛いいんですね!! 実は私お話の中でしか聴けませんでしたが、ずっとあなたに憧れていたんです!」
シャルロット様はそう言うと、なんと私に抱きついていらっしゃいました。
抱擁です。なんということでしょう、まるで一面の花園にいるかのような温かくて芳醇な香りが体を包み込みます。
夏の蜜柑を思わせるような明るく鮮やかな色をしたシャルロットの肩口までの髪は、とてもいい香りがして鼻先をくすぐる度その首元に顔を埋めたい衝動に駆られます。
「シ、シャルロットさま!?」
「わああ、ごめんなさい! いつもの癖で!」
「いいいえいえいえ、そんな頭を下げないでください! 少し驚いただけなので!」
慌てふためいて飛び退いたシャルロットの低頭に、同じく慌てふためく私。客観的にみると何だかおかしく思えます。
シャルロット様は深呼吸すると再度頭を深々と下げられました。
「本当にごめんなさい、イリスさん。非礼をお詫びします……」
「気にしないで下さいシャルロット様!」
しかし驚きました。まさか私の名前を知っている方がいるだなんて。
確かに私は夜会など社交界に足を運ぶことが多かった方だとは思います。二女と三女は外に放り出すとほいほいと種を貰ってきてしまうような性格ですし、長女は父を毎日受け入れていることが原因で廃人と化したままなのでしかたがなかったのが理由ですが。
するとシャルロット様はもじもじと腿を合わせていました。
「どうされたのですか?」
「あ、あの……私のことはシャルロット、と呼んでください。様付けなんてとても慣れなくて」
「そうですか? そしたらシャルロットさん……でいいですか?」
「シャルロット、で構いません!」
「シャルロット」
「はい、イリスさん」
そんなニコニコ顔をしないでください惚れてしまいます。
なんとも朗らかな方ですね。とても純真に見えます。
それにしても、なんとも局所的にこんな方と同室になったものです。
そんな事を考えていると、シャルロット様もといシャルロットはふと私の背後を伺いました。
「……あれ、イリスさんも今日来たばかりなのですか?」
「あ、そうです。実は部屋に入ったのもついさっきで」
すると、シャルロットは嬉しそうなお顔をされました。
「よかったです。明日から入学される方のほとんどは既に何日か前からここに来られているようで、色々と置いてきぼりにされてしまわないかと憂いていたのです」
「やはり前日に来るのは少数派だったのですか。……今朝、校舎の方に少し足を運んだのですが、すれ違う1年生の方々は皆さん慣れていた様子でしたので」
と、言葉をきって、そこでようやくずっと私達は荷物もそのままでソファーの傍ら、立ち話をしていたことに気が付きました。
それにシャルロットも気が付かれたようで、二人して見合わせると自然と笑が零れます。
「……取り敢えず片付けますか?」
「はい! ……あの、イリスさん」
「何でしょう?」
すると、シャルロットは改めて背を伸ばし、綺麗にお辞儀をされました。
「無礼も働きましたが、これから同室の学友としてどうぞよろしくお願いします」
これはいよいよ私も覚悟を決めなければならないということなのでしょうか。
一人部屋。その可能性は捨てきれません。
しかし、この流れで待ったをかけることも出来ません。
……それに、ルームメイトとしてならば、偏屈な性格のお嬢様の多い中、シャルロットはこの上なく素晴らしい方なのではないでしょうか。
この短いやりとりの中でも、上品でいて健気で明るい方なのは肌を通して感じました。
どうやら、あまり選択肢は多くないようです。
「私イリスも分からないことが多々ありますが、どうぞよろしくお願いしますシャルロット」
こうして、私は人生初のルームメイトと邂逅いたしました。
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