第6話 百合の洗礼


「この廊下を抜けてすぐがサロン兼談話室よ」


 およそ2時間にも渡って様々な場所に案内された後、一度休憩を挟みましょうとのフローナ様の提案によって、私はコの字型の宮殿ないしは校舎の角に位置する場所へと来ていました。


 床には赤絨毯が敷かれ、アーチ状の天井には豪奢なシャンデリアが、壁には優美な絵画や花瓶そして精緻な装飾の施されたベンチが並べられた、ただただ美しい廊下を進みます。大きな透明硝子越し外を見やれば、そこには学院の緑豊かな敷地や他の別棟が見下ろせました。


 格子状に落ちた午後の影を踏み越えながら、私は大きく息を吐きます。


「緊張する?」

「いえ、そういう訳では……。勿論、緊張はしておりますが」

「歯切れが悪いわね。どうしたの?」

「その……」


 言うか言うまいか逡巡しますが、振り向いたフローナ様に涼しげな視線を向けられて無意識に喉を震わせておりました。


「学院の皆さんがこちらをご覧になるので」

「ああ、そんなこと」


 フローナ様は廊下を往来してはこちらに視線を止めている他の生徒達を一瞥しますが、まるで本日の天気について報されたかのような反応をしました。

 その様子を見て、確信します。

 あぁ、これはいつもの事なのですね、と。


 この2時間、私はフローナ様によって様々な場所へお連れして頂いては懇切丁寧な説明をしてもらいました。その時間はとても有意義で、望んだ生活ではないにしろこれからの学院で過ごす時間が楽しみになるような一時でした。


 ただ、どうしても私の気がそぞろになる事がありました。

 学院の皆さん──特に先輩方の視線が、私達がその空間に踏み込んだ瞬間に一気に集中するのです。

 知人に対する類のそれとは似て非なるもの。

 いうなれば、畏怖と羨望の眼差しでした。


 きっと、フローナ様の見目麗しい姿だけではあのような一種の神格化された扱いはされないでしょう。私が思っているよりも遥かに、この方はすごい方なのではないでしょうか。


「私がとある会の長に今年から就くことになったから、皆からはその事でちょっとした注目を浴びてしまっているだけよ」

「とある会、ですか……?」


 感じるのはそんな好奇心による感情とは別と思える視線なのですが……。


「えぇ。先に言っておくけど、委員会や生徒会のようなものではないわよ。いわゆる、クラブのようなもので、交友関係を広く深くしたい方々が集まる場所作りを目的として活動してるの」

「それは素敵ですね。あの、クラブの名前をお聞きしても──」

「フローナ様!」


 言葉の途中。

 何事かと肩を縮こませると、正面から二人の女学生が焦った様子で駆け寄ってきました。どちらもその制服の刺繍の色を見ると上級生の方々らしく、なるほど、落ち着いてお二人の姿を目に収めると垢抜け始めた証拠の大人の色香というべき上品さが匂い立ちます。


「ごきげんよう。貴女達も上級生になった身。いい加減、みっともない事はよしてくれる?」


 先輩方はうっとした表情をすると、慌てて姿勢を鋳直して目を伏せました。


「も、申し訳ありません」

「……ごきげんようフローナ様」

「リリア。ミラージュ。そんなに慌ててどうしたの」


 すると、お二人は何故か私の方を盗み見ます。


「その……突然、フローナ様のお姿が見えなくなったので皆慌てて探していたのです。もしかしてフローナ様が今年の新入生と花園の姉妹エルマーナになってしまわれたのではないか、と」

「それで私達、フローナ様を探していたのです」

「えぇ、その通りよ」

「───」


 あっさりと言ってのけたその言葉に、お二人は絶句した様子で目を見開いています。


「紹介するわ。この子が私の

「……はい?」

「こっちへいらっしゃい」


 話についていけないままフローナ様に導かれ隣に並ぶと、取り繕った微笑の裏になにやら不穏な表情を隠した先輩二名と相対します。


 助けを求めて横のフローナ様を見上げますが、返ってきたのはのは早く自己紹介しなさい、と言わんばかりの催促の視線でした。

 仕方なく私は正面に向き直ると、先程の先輩に倣ってやはり頭は下げずに目だけを伏せました。


「ごきげんよう。お初にお目にかかります。イリス・ルル・アステライトと申します」


 そして、眼前の少女二人は驚きに喘いだ。


「なっ……! アステライトですって……?」

「……なるほど。ごきげんよう、イリス。私はミラージュ・サクレイと申します。ここの二年生です。以後お見知りおきを」


 すると、向かって右側のミラージュ様と言った方が、カーテシーをされました。その様は優雅の一言で、スカートを摘む指先から腰を折った際にうなじを流れる滑らかな髪までが美しく思えました。


「………」


 この学院では、全員が一国の主に等しい令嬢が集まっているため、挨拶での礼節はそこそこに済ませている節が伺えます。

 だからこそ、なぜ私に頭を下げるのか疑問に思いました。

 きっと、アステライト家の名だけではないでしょう。


「リリア」


 頭をさげた状態でミラージュ様は横のリリア様をこずきます。

 渋々といった様子で、彼女は目を一瞬伏せました。


「……リリア・オグラートよ」


 そのまま相当お怒りの様子で、リリア様は後頭部に作った二房の見事な金髪を手の甲で払うと、ツンと顎を上げました。そして紙でも裂いてしまいそうな鋭い睨みの視線を向けられます。その華奢なお身体からは想像も出来ないような威圧感を肌にピリピリと感じました。


 そうして戸惑いを隠せないままおろおろとしていると、顔を上げられたミラージュ様が微笑みを返してくれます。セミロングの藍色の髪が印象的な方で、思わずその落ち着いた煉瓦色の瞳に魅入ってしまいました。


「挨拶は済んだ? 私達、少し脚を休めにここに来たからそろそろ失礼させてもらうけど、貴女達はどうするの?」


 フローナ様やリリア様、ミラージュ様についてほとんど何も知らない私ですが、それでもフローナ様の言葉には言い難い冷たい鋭さがありました。

 それを感じたのか、強気の態度だったリリア様は慌てて顔を伏せます。


「も、元はと言えばフローナ様の身を案じて外出していたので……私たちも談話室サロンに戻りたいと思います」


 リリア様は黄金の毛先に指先で触れながらフローナ様にそう言いつつ、隣のミラージュ様の様子を伺いました。 


「そう。──イリス、付いてきなさい。行くわよ」

「は、はい!」


 さっとお二人の横を通り過ぎたフローナ様を追いかけ、その背中のすぐ後ろにつく頃には既にサロン兼談話室の扉がすぐ前にありました。フローナ様、おみ足が長いせいか歩幅が大きいです。


 よく見ると、扉の上にはシンプルながらも趣向の凝ったデザインのプレートが掛かっていました。

 ……『白百合会』?

 はて。部屋の名称か何かでしょうか。


「お入りなさい」


 するとフローナ様が扉をお開けになりました。慌てて後ろから追従していたリリア様がすぐに横からその扉を支えます。……どうやら下級生が開けなければならないようでした。物凄い睨まれています。

 しかしいつまで経ってもここに立ち竦んでいるわけにも行かないので、半ば場に流される形でフローナ様の後を追いました。

 

「わ……」


 入ると、そこは談話室という名からは想像を絶する豪奢で広々とした空間でした。

 なんと下の階まで突き抜けているようで、眼下にはまるでダンスパーティ会場さながらの吹き抜け構造の光景が広がっています。


 私はどうやらそのギャラリーとして、下の階にあるその空間を見下ろせるように立っていました。あちらこちらに一目で高級だとわかるソファやテーブルが並べられており、見目麗しい大勢のお嬢様達がおくつろぎになっています。

 その穏やかな空気が、フローナ様が部屋に入られた瞬間、上気しました。


「──フーロナ様!!!」

「フローナ様が戻られたわ!!」

「おかえりなさいませフローナ様!!」


 皆様、花の芽吹くように笑顔を咲かせると、口々にフローナ様のお戻りを喜ばれます。


「皆、心配していたのです」


 ぼそりと背後でリリア様が呟きました。

 耳ざとくその言葉を聞きつけたフローナ様は、しかし呆れたようで嬉しそうな表情で息を吐きます。


「……一応、反省はするとしましょうか」


 どうやら今目の前のお嬢様の喜びようはいつも通りではないようです。


「みんな貴女がフローナ様の花園の姉妹エルマーナとなったと知ったら、この歓声から一変、地獄絵図になるわよ」

「……え?」


 思わず振り返ると、腕組みをしたリリア様がキッと眼光を鋭く私に向けました。

 足が、震えます。

 このお方も背筋が凍るような美しい顔をされているため、正直、明確な悪意を向けられると心臓が喉から出てしまいそうでした。


 助けを求めて隣のミラージュ様を見やると、こちらの様子を頬に手を当てながら和やかな瞳で眺めていました。

 その眼の色合いには見覚えがありました。

 そう、一番下の姉が私を虐げる様子を、高みの見物で愉しんでいた次女の視線と同じ。


 ……ダメですこの人助けてくれない!


 こういった時は、自分から助けを求める他ありません。

 散々姉達に弄ばれたことで、学んだ幾つかの教訓の一つでした。。


「あ、あのミラージュ様」

「あら、なあにイリス」


 ふふふ、と微笑むそのお顔は確信犯ですね、分かります。うちの二つ上の姉も似たような人種でした。


「表に『白百合会』と書かれたプレートがあったのですが、あれは一体……」

「あら? 会長から何も聞いてないのね。まったくフローナ様ったら……規約違反じゃない」

「聴こえているわよミラージュ。私の行動に文句がある娘は後でお仕置きね」

「ふふふ、嬉しいです。最近、会長の指とはご無沙汰だったので。それとも直接合わせて頂けるのでしょうか」


 会長……?

 もしや。そう思うと同時に、先輩である大勢のお嬢様方の間を進んでいたフローナ様が急に立ち止まりました。

 見れば、ここは階下の広間に降りるための正面階段の前でした。それは屋敷の玄関にあった絢爛なそれと似ており、この部屋の特異性が伺えます。


「イリス」


 フローナ様は振り返ると、大勢の生徒が立ち並ぶ光景を背に、私と相対しました。

 それを見て悟ります。

 あぁ、この方が主なのだ──と。


「先ほど貴女は私に問うたわね。一体どこの倶楽部の会長なのか、と」


 そして、その主人は優雅に右腕を横に薙ぎました。


「ようこそ白百合会へ。──ここは乙女の花園であり天上の禁域。常に純白の百合の如く、清く美しくあるこの場所に貴女を歓迎するわ」


 フローナ様は──白百合の長は私の手を引くと隣に並ばせ、肩に手を置きました。

 それを見た先輩方はざわり、とどよめきます。

 その場に立った私は、先ほどのリリア様とのやり取りとは違う意味合いで、膝を笑わせました。


 こんな所でこの人は泰然と、自若としてただひたすらに凛と構えていたのですか。同じ場所に立って初めて分かる恐怖に私は更なる畏敬の念を抱きました。


 眼下のみならず、二階のギャラリーやその奥にある談話用の空間にいたお嬢様が、全員こちらを見上げているのです。

 しかしそんな視線の束など意にも介さずに、フローナ様は正面に向き直りました。


「皆、紹介するわ。ここにいる一年生の名はイリス。私の花園の姉妹エルマーナよ」


 その言葉はまるで鏡湖に投じられた一石のように、沈黙の波となって広がります。

 降り立ったのは息の詰まるような静寂。

 私はあまりの恐怖に、一歩たじろぎました。


 在ったのは、幾十対もの眼球。

 目に見える明確な悪意が、嫌厭が、そして嫉妬が毒を塗りこんだ鏃の如き視線の雨となって私の身体を貫きました。まだ名前も顔も知らぬ先輩一人一人のそんな焔に煮える瞳が視界に入る度、私の肉は切り裂かれ、赤い血で床を汚すような錯覚を得ます。


 理不尽に憤る暇も無く、胸の奥が破裂しそうになります。

 美しいお嬢様方に、見下され、そして軽蔑の目を向けられています。


 ───あぁ、興奮します。


 上の姉に散々苛められてきた私ですが、大勢の方に責められたことはありません。好奇心は人を殺すと聞きます。一体、私はこの方々に良いようにされたらどうなってしまうのでしょうか。


 むくむくとスカートの下で鎌首をもたげるもう一人の私を、私は必死に前で手を組むようにしてお腹の方へ押し付けていました。

 そうして昂りが絶頂に達しようとしたその時。

 

「邪魔するわ」

「ここは相変わらず純白が眩しいですわね」


 それは、磨き上げられた鏡に水銀を垂らすような一声でした。

 美しいものへの、場違いにも美しい冒涜。

 いつの間にか開け放たれていた正面の大扉から現れたのは、双翼と光輪を忘れてしまった二人の天使ないしは女神でした。

 さっと広がったのは無音。

 誰もが、その二人に息も忘れて見入ってしまっていました。


「黒薔薇会……!」


 すると隣のリリア先輩がわななきました。そう呟いて後ずさりしたのはリリア様だけではなく、ミラージュ様を筆頭にこの場にいるお嬢様方全員が少なからず顔を青くして肩を強ばらせます。


 ──黒薔薇会。


 その名の響きに、不穏なものを感じずにはいられません。ここにいる方々が白百合会とするならば、二人の絶世の美女はその対になる会の方達なのでしょう。


 ここにいるいずれの人物とも比較することが赦されないような不可視の圧力。彼女らは、フローナ様から五歩という距離を開けて立ち止まります。

 それに際して、隣の高嶺はゆっくりと背後を振り返りました。


「お久しぶりね、アリス・ロードレイン。そしてローラ・グランフォード。相変わらずの無礼さで安心したわ」

「おひさ、百合姫。相変わらず良い女過ぎて直視出来ないわ」

「その割には二人共爛々と瞳が輝いているけれど」

「いいではありませんの。別段減るものでもないでしょう?」


 ふふふ、と極上の可憐な笑みを三者三様に浮かべながら見えない紫電を散らせます。


「それで? 正直、今とても大切なことで手が離せないわ」

「なに、この集会のこと? わたしからは一人の可憐な少女を公開処刑してるようにしか見えないんだけど」

「何ですって……?」


 不覚にも、びくりと肩を跳ねてしまいました。

 一瞬で場の空気が凍りつきます。


「この子ですのね、フローナ嬢の妹君は。噂の通り随分と可愛い顔をしていらっしゃる。あぁ……でも可哀想に。こんなに肩を強ばらせてしまって」


 亜麻色の長髪を持った美しいその先輩は、スカートの端を揺らして私の方へ歩み寄ると、なんと指の背で私の頬を撫でられました。


 ぞくりといい得ぬむず痒さが背筋を走ります。

 ますます先端が膨れてしまい、暴発してしまいそうになるのを必死に諌めました。下着というのはとても小さいので、とっくに私のモノは飛び出してしまっています。こんな玉々しか隠れていない状態で達してしまったらと考えると恐ろしくて仕方ありません。


 あぁ、それにしてもなんとお綺麗な方なんでしょう。フローナ様は格が違うとは言え、この柔和な笑みを浮かべる先輩の整った顔立ちは十分以上に比肩すると私は思います。私の頬を弄ばれるそのほっそりとしなやかな指や腕は、女性独特の柔らかさだけでなく触れたらつるりと押し返しそうなハリを備えられているようです。


 そして何よりもその唇。グロスを塗っているわけでもないのに艶やかでぷっくりと細く膨らんだ桃色のそれは、見るだけでいけない想像をしてしまう程、情熱的なカタチをしていました。

 その口元が、不意に笑の形になったかと思うと、ひょいと顔を覗き込まれます。


「ふふ……。そんなにわたくしの唇が気になりますの?」

「す、すみませんっ……!」


 ばっと俯きますが時すでに遅し。顔から火が出そうなほど恥ずかしかしいです。


「イリス」

「────っ」


 不意に響いた声の主は、フローナ様でした。

 恐る恐る隣を見上げると、そこには満面の笑みを浮かべた女神がいらっしゃいます。しかし、それが逆になぜか体の芯から恐怖を這い上がらせます。


「こちらに来なさい」

「は、はい」


 すると、フローナ様は私の肩を抱き寄せました。

 ふわりと甘い花の匂いが鼻腔をくすぐると同時、服越しにもわかるフローナ様の柔らかな感触が半身を悦ばせます。


「それで、お二人は一体どういったご要件で?」

「新年の挨拶に、と思って寄っただけよ。まあ、タイミングが悪かったのは謝るわ。ごめんね」


 そう言って、セミロングのイエローゴールドの髪を持つアリスと呼ばれた先輩は、ちょこんと小首を傾げます。

 なんということでしょう。

 このおふたりは私を悩殺するおつもりでしょうか。


「本当に挨拶しに来ただけですのよ。……昨年はわたくし達、少々お互いに失うものが多かったでしょう? 今年からは本格的にアリスとわたくし、そして貴女の代になるのだし、少しでも二つの会が友好的で在れればと、思って」


 察するに、フローナ様やミラージュ様、リリア様の白百合会と、アリス様とローラ様の黒薔薇会は仲があまりよろしくなかったのでしょう。

 実際、階下を見やると中には怯えつつも親の仇を見るかのようなギラついた瞳をしているお嬢様もいます。一体何があったのでしょうか。


「……それは、当然断る気は毛頭ないわ。私だって先代のような不毛な争いは御免だし。ただあなた達、来るのが少し唐突すぎよ」

「マイペースなのは否定しないわ」

「提案よ。日を改めて正式にお茶会を開きましょう」

「あら、さすが百合姫。楽しそうなこと言うじゃない」


 そう言うと、黒薔薇会のお二人は満足そうに頷きました。


「じゃあそういうことで、お暇させていただきますわね」


 なぜか先程私に急接近された先輩──ローラ様は私に向かって微笑みながらそう言いました。

 私もぎこちなく笑います。

 そう言ってお二人は嵐の如く颯爽とサロンから出て往かれました。


 緊張が解けたせいか足腰に力が入らずよろけてしまうと、誰かにさっと肩を支えられます。


「あ、ありがとうございます」

「気を付けなさいよね」


 見れば、それはリリア先輩でした。華奢な体にはお辛いのでしょう、腕が震えてらっしゃいます。しかしそんな素振りは微塵も見せず、凛と澄ました顔でアリス様とローラ様が立ち去った扉を睨んでいました。

 慌てて両足を踏ん張ります。


「すみませんでしたリリア先輩。もう大丈夫です」

「そう。フローナ様、この子を少し休ませてあげるべきでは無いでしょうか」

「……えぇ、そうね。少し振り回しすぎたわ。ごめんなさいねイリス」

「い、いえとんでもありません。丁寧に学院を案内して頂いて、とても助かりました」

「ほんと、羨ましい限りだわ。いくら始業式前日に来たとは言え、先輩が一対一で、しかもフローナ様にご案内して頂けるなんて」


 そういうリリナ先輩は本気で妬みに燃えた瞳を向けてこられます。やはり厳しいお方なのでしょうか。


「ミラージュ、イリスを寮まで送ってあげてくれるかしら」

「はい、フローナ様」

「だ、大丈夫です。寮までなら一人でも帰ることができます」

「念の為よ。今日のところは遠慮せず言葉に甘えなさい」

「わ、わかりました……」


 渋々頷くと、隣でニコニコしているミラージュ先輩に向き直ります。


「先輩、お願いしてもよろしいでしょうか」

「ええ、よろしくね」


 そうして、私はミラージュ様に何故か手を引かれて恨みに満ちた視線を背に、白百合会の扉を潜りました。




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