候補者の場合(4)
「いやあ、『上から読んでもタンゲゲンタ、下から読んでもタンゲゲンタ』は傑作だったぜ。ありゃあ、今晩から小学生のいる家はこれでもちきりだろうよ」
野瀬さんはさっきから大ウケだ。そりゃそうだ、俺も大ウケしてるんだから!
「明日からは学校で『上から読んでもタンゲゲンタ、下から読んでもタンゲゲンタ』が流行るんだろうなぁ。これで大豆川市の人達に丹下源太の名前が知れ渡ったかな?」
「ちょっとこれはどうかなって迷ったんですが、無所属新人ですし、まずは名前を覚えて貰わないといけないんで、少々強引に……」
「あれで大正解だ。お前さん、なかなかやるじゃねえか。なぁ、丹下ちゃん?」
「全くですよ!」
それを聞いてまた野瀬さんがガハハと笑う。俺もそうだが、野瀬さんもウグイス君の事がかなり気に入ったらしい。これは明日からも頼もしい。
「ウグイス君、今日はお疲れ様でした。君のお陰で、今日一日でずいぶん成長させて貰ったよ、本当にありがとう」
「こちらこそいろいろ気を使っていただき、ありがとうございました。個人演説会もお手伝いできるといいんですが、夜は用事があるので」
申し訳なさそうに言うウグイス君に、俺は精一杯明るい声を出した。
「夕方までの契約だから全然気にしないで。これから彼女とデート?」
「いえ、学校です。定時制高校に通っているので」
は? 定時制? 学校?
そういえば、彼はウグイスにしちゃ大きな荷物を持っている。もしかして、学校の準備も持って来てこのまま直行する気だったのか?
「え、そうだったの? 間に合う? 何時から?」
「六時からです。ちょっと遅刻しそうですけど、まぁ、どうにかします。それでは明日もよろしくお願いします。すみませんが、お先に失礼し――」
「ちょっと待ったぁ!」
事務所じゅうの人間が俺の声に振り返った。
「野瀬さん! ウグイス君、頼んでいいですかっ!」
「おうよ。丹下ちゃんはオグちゃんと一緒に、先に公民館行ってな。オレは後から合流するからよ。よし、ウグイス、オレが送ってやるからついて来い」
「いや、でも……」
「全ての子供がのびのびと勉強できる環境を――丹下ちゃんの公約だ。当選前から候補者に公約違反させんじゃねえ。わかったら黙ってついて来い」
ウグイス君は一瞬迷ったようだったが、俺の方を見て小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。お願いします」
よっしゃ、野瀬さん、恩に着るよ! 俺も個人演説会、全力で頑張らないとな!
「小熊君、準備よろしく」
「とっくにできてますよ。丹下さん待ちです」
「ああ、ごめん、また俺か!」
事務所が笑いに包まれた。
俺はなんて良い仲間に恵まれたんだろう。これからは俺の時代だ、丹下源太の時代がやって来る! 俺は期待を胸に、個人演説会の原稿を手にした。
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