対立候補の場合

対立候補の場合(1)

黒豆沢くろまめざわの皆様、おはようございます。市議会議員候補の田中彼方たなかかなた、田中彼方でございます。過去十二年の長きに亘り、市政の場で皆様の一票一票にお育ていただいてまいりました。これまでの持てる経験を全て注ぎ、これからも大豆川市の為に全力を尽くす所存でございます。今回もどうぞ皆様の手で田中彼方を市政の場へと送り出してください。田中彼方、田中彼方でございます」


 さすがこの道八年のベテランはアナウンスも手慣れたものだ。どこから探してくるのか、やはりウグイスはちゃんとしたプロがやるに限る。

 落ち着いた貫禄のある話し方、メリハリの効いた声、流れるかのようなセリフ回し、余裕さえ感じられる。この俺、田中彼方のイメージにぴったりじゃないか。

 今回もほぼ始まる前から俺の枠は確定しているようなものだ。必死に遊説する必要など全く無いのだが、一応古株としての貫禄を見せつけておきたい。


 今回は三十半ばのとっちゃん坊やが新人で割り込んで来やがったから、ちょっと軽く挨拶見舞ってやらんとな。

 無所属の新人がこの街でどういう立ち位置なのか、最初にわからせておかないと調子に乗られても困る。この世界はコネクションと上下関係で成り立ってるんだ、こういうのは最初が肝心だからな。まぁ、どこにでもある洗礼のようなもんさ。

 なんて言ったかな、あの新人、『丹下源太』だったか。この俺様とそこら辺の駆け出しの小僧との違いを見せつけてやるよ。


 俺がそんなことをぼんやりと考えながら、愛想笑いを顔にへばりつかせて手を振っていた時だ。信号待ちの角で、左側から左折で俺の車の前に運悪く入ってきた遊説車があった。


 丹下源太だった。


「あのとっちゃん坊や、俺に喧嘩売ってんのか」


 俺の独り言に、運転手が反応した。


「田中さん、あちら元々左折レーンだったんで、喧嘩売ってるわけじゃないですよ。田中さんに喧嘩売れるほどの根性がある人なんかいませんって。気にしない、気にしない」


 信号が青になって車が発進する。間に他の車が入らなかったから、遊説車が前後に並んでしまった。最悪だ。しかもこっちが後ろじゃないか、腹立たしい。


「ウグイスさん、丹下とか言う新人に負けないように頑張って」


 俺が半身振り返ってそう言うと、彼女は顔じゅうで難色を示した。


「選挙カー同士は前方車が優先ですので。道を変更した方がよろしいかと」

「普通はそうでも、こんな田舎じゃ年功序列だ。先輩が優先に決まってる。気にせずやってくれ」

「すみませんが。私はウグイスの仕事に誇りを持っておりますので、いくら田中さんの指示でもそれはできません」


 全くウグイスの分際で少しはわきまえろってんだ。何がウグイスの誇りだよ、候補者あってのウグイスだろうが。使えないようなウグイスは今日でクビだ。


「マイクを寄越せ。俺が自分でやる」


 俺は彼女からマイクをもぎ取ると、スイッチをオンにした。


「田中彼方です。現職十二年目の田中です。田中本人が自らマイクを持って、こうしてご挨拶に伺っております。新人にはわからない市政のあれこれ、十二年の経験を生かして、これからも市民の皆様のために働きます」


 さすがに丹下の選挙カーが黙った。前後でマイクを使っていれば、何を言っているのか有権者には聞き取れない。どちらかが黙るしかないのだ。まあ、こうなれば先輩を立てるのは当然と言えば当然だろう。

 そもそも丹下はウグイスを雇う金も無さそうだ。あれは自分でマイクを持っていたのか、なかなかに上手かった。しかも声も良く通るし、ちょっと美声だったのがまた腹立たしい。

 まあ、いい。貧乏事務所で少しでも経費を節約しようという努力は認めてやる。だが新人の分際で生意気な事をして、市議が務まると思うなよ、若造が。


 再び赤信号だ。進路はどちらも変更できない。丁字路で一方通行、こちらは進入禁止だ。

 それならいっそハザード上げて路肩に寄せ、こっちの車を先に通せばいいだろうに、丹下事務所の運転手は気が利かねえな。


「田中さん、次の角で順路変更します」

「なんで丹下に譲ってやらなきゃならないんだ。向こうが順路変更すればいいだろう」

「このまま真っ直ぐ行っても事務所に戻るだけですから、別の所回った方がいいですよ」

「気にするな、そのまま進め」


 新人の為に道を変更したなどと、現職議員の名折れだ。そんなことはこの俺が許さん。

 信号が青になった。

 俺がマイクのスイッチを入れると同時に丹下の方が喋り始めた。


「遊説活動は前方車優先ですので、お先に始めさせていただきます。こちらは市会議員候補、丹下源太――」


 負けた。畜生、丹下の野郎、許さん。腹立たしいにもほどがある。

 俺は乱暴にマイクを後部座席のウグイスに突き返すと、腕を組んだ。


「田中さん、腕は組まない方がいいですよ。イメージダウンです。そんな顔しないでニッコリ笑って」

「これで笑顔が作れるかというんだ」


 俺がブスっとしていると、目の前の丹下の選挙カーが角を左折して行った。曲がる時に助手席の丹下がこちらに頭を下げたのが見えた。フン、最初から素直にそうすればいいんだ。全くいちいち腹立たしい。


 待て? 

 ふと見ると後部座席でマイクを握る若い男の姿が!


「譲ってくれたようですね」

「ちょっと待て、あれ、ウグイスが乗ってたぞ」

「ええ、男性ウグイスがずっと喋ってましたね」


 何? あれは丹下じゃなかったのか? 俺はウグイスに負けたのか?

 あのウグイス、一体何者だ!

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