有権者の場合(2)

 私は娘にさり気なく聞いてみた。


「ねえ、みんなが遊んでる時って、ばぁばは何してるの?」

「みんなのママたちとおはなしてるよ」


 あんなに「お互いに気を使って疲れる」って言ってたのに?


「何のお話してるのかな?」

「んーとね……おうじさまのおはなし」

「へ?」


 娘は積み木を積んでいく手を休めることなく、話し続ける。


「こうえんにおうじさまがくるんだよ。ばぁばもママたちも、みんなおうじさまにあいにいくの。ひーちゃんも、おうじさまに四つ葉あげたんだよ」


 まさか新興宗教の勧誘? イケメンを使ってお母さんたちを信者に?


「いつから王子様は来てるの?」

「きのうのきのう」


 昨日の昨日、つまり一昨日。金曜日からか。

 明日は月曜日、お店も休みで私がお迎えに行ける。その時にその王子様の正体を突き止めてやる。


***


 スタンバイは完璧だ。子供たちはお砂場で盛り上がっているし、ママたちは少し離れて子供たちを見守りながらお喋りに花を咲かせている。私自身、週に一度しか顔を合わせられないから、幼稚園の様子なんかを聞くのはこのタイミングを逃すと次の週までお預けになってしまう。


 そろそろいいかな……とタイミングを伺う。変なタイミングで話を振るとせっかくの空気がぶち壊しだ。よくよくみんなの様子を見計らってさり気なく声を掛けようとしたその時――あゆ君がコケてギャン泣き。もう!

 なんとかあゆ君を立たせて、ママが水道で傷口洗い流して、「ごめーん、誰かばんそうこう持ってない?」とかやって。


 やっと一段落着いたところで、ベビーカーで寝ていたみゆちゃんの妹ちゃんが目を覚ましてこちらもギャン泣き。ママが抱っこしてそこに子供たちが集まって来て、「あーあーあー、赤ちゃんを砂だらけの手で触らないの! ちゃんと手を洗って来なさい!」とかやって。


 今度こそ王子様の話を聞くぞ、と思った瞬間、遠くからこちらに向かってくる選挙カーの音が……お前らいい加減にしろよ!

 と思ったその時だ。

 子供たちが一斉に「王子様が来た!」と騒ぎ出したのだ。


 どこよ? どこにいるのよ、王子様!

 きょろきょろしていると、公園の横の道路の少し広くなっているところに、先程の選挙カーがスッと停まった。

 まさかこんなところで演説始める気じゃないでしょうね?


 そのまさかが今まさに展開されようとしていた。

 候補者は『丹下源太たんげげんた』、無所属の新人、名前なんか聞いた事もない。子供たちの遊ぶ公園でマイク持って大音響で騒ぐ気か、この空気読めない候補者は!

 

 車から降りて来たのは三十代半ばのとっちゃん坊やだった。こいつが丹下源太か。まさかコイツを王子様と言ってるんじゃないでしょうね? オジサマですらないよ!

 車の中には運転手のオッサンと、後ろの席には事務所の人だろうか、若いお兄ちゃんが乗っている。ん? なんだあのお兄ちゃん、なかなかにイケメン!


「子育て中のお父さん、お母さん、そしておくつろぎ中の皆様、こんにちは。ご当地の一角をお借りいたしまして、市議会議員候補の丹下源太が街頭演説をさせていただきます。しばらくの間お騒がせ致しますが、マイクを使わずに演説いたしますのでご清聴ください」


 あのイケメンのお兄ちゃんが車の中で喋ってる。しかもさっきよりずっと音量を絞ってる。なぜか子供たちは大喜びだ。なぜだ?

 とっちゃん坊や・丹下源太が車の前で一礼して話し始めた。子供たちが一斉に彼の前に集まって、体育座りでお行儀よく聞いている。仕方なく、ママたちも子供たちについて行って聞いているが、彼女たちの視線は車内のイケメンに釘付けだ。


 これか、王子様の正体は。

 まさか選挙カーのウグイス男子だったとは。


 え? っていうか、ウグイス男子? 普通そこ、ウグイス嬢じゃないの?


「わたくし、丹下源太は『お年寄りと子供に優しい街づくり』を目指し、子育て支援に力を注ぎます。保育所の待機児童ゼロ、そして義務教育終了まで子供の医療費ゼロ、発達障害児に対する支援……」


 なんか尤もらしい事を喋ってるけど、子供たちはわかっているのかいないのか(絶対わかってない)幼稚園の絵本の読み聞かせみたいなノリで話を静かに聞いている。なんというか不思議な光景だ。


 丹下源太が話を終えて深々と頭を下げると、子供たちがちぎれんばかりに拍手する。つられてお母さんたちまで一緒に拍手してしまう。っていうか私もしてしまった。


 丹下源太が再び車に乗り込むまでのつなぎに、またウグイス男子がマイクを持った。


「ご清聴どうもありがとうございました。また温かいご支援、可愛らしいご声援、ありがとうございます。子供は地域の宝でございます。丹下源太、二児の父です。子供たちの笑顔の為に頑張ってまいります。どうぞ丹下源太をよろしくお願いいたします」


 爽やかなイケボの残響を引きつつ、選挙カーは子供たちとその母親たちを残して風のように走り去っていった。

 いかん。私まで一緒になって見送ってしまった。


 っていうか!

 ばぁばってば、ウグイス男子に会いに行ってたの?

 ま、いいか、若返って元気が出たんだから。もう少しお迎え行って貰おうっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る