候補者の場合(3)

「それでは丹下源太、午後の遊説活動も元気いっぱい頑張ってまいります。事務所のお守り、よろしくお願いします」


 ウグイス君のマイクに、事務所から「いってらっしゃーい!」の声が上がる。出だしでテンション上げるのが如何に大切か、思い知らされるなぁ。

 それにしてもこのウグイス君、本当にこの仕事初めてなのか? とてもそうは思えないけど。


 午後の流しは少しスピードが上がる。広域を回るため、のんびりしていられないのだ。そのせいかウグイス君も午前中よりも心なしか早口になっているように感じる。


「本日より選挙戦がスタートいたしました。丹下源太本人が、いち早く、空豆谷そらまめだにの皆様に立候補の挨拶に上がっております。市議会議員候補の丹下源太、丹下源太でございます。丹下源太をよろしくお願いします」


 名前を入れ込むタイミングが密になってきた。あっという間に過ぎてしまうからなんだな。


「左手、児童公園」


 野瀬さんだ。なぜ児童公園なんかナビする必要があるんだ?


「子育て中の皆様、お疲れ様です。丹下源太でございます。子供たちの未来を考えた街づくりを目指します。丹下源太、丹下源太でございます」

「右手、老人ホーム」

「午後のひととき、おくつろぎ中の皆様こんにちは。市議会議員候補の丹下源太が立候補のご挨拶に上がっております。大豆川だいずがわ市完全バリアフリー化、お年寄りに優しい街づくりを目指す、丹下源太をよろしくお願いします」


 なんだこれ、そこにいる人達に合わせて文言を変えているのか?


小豆山あずきやま地区、入るぞ」

「了解。スピード緩めでお願いします」

「あたぼうよ!」


 野瀬さんの「あたぼうよ」が出た! 彼がこういう言葉(江戸っ子コトバ?)を使う時はノリノリのときだ。たまに「べらぼうめ」とか「てやんでい」とか、そんなのも出る。一体どこの生まれなんだろう?


「地元小豆山の皆様こんにちは。市議会議員候補の丹下源太本人が立候補のご挨拶に上がっております。丹下源太、小豆山小学校の卒業生でございます。小豆山の皆様にお育ていただきましたご恩を返す時がやってまいりました。どうぞ丹下源太に、地元の皆様のご支援をよろしくお願いいたします」


 キター!

 おいおいおい、ウグイス君、俺の出身校まで完璧に押さえてあるよ。学業成績から女性遍歴まで(つってもカミサンしか付き合ったこと無いけど)、いや、もしかしたら病歴やホクロの位置まで全部押さえてるかもしれないよ。やべえ、俺、丸裸じゃないか。



「地域づくりは人づくりから。子供は地域の宝でございます。子供が伸び伸びと育つ街づくりのために、丹下源太、身を粉にして働く所存でございます」


 俺は身を粉にして働かなきゃなんないらしい。もうウグイス君が言ってしまった、後には引けない。


「今夜、丹下源太個人演説会を行います。場所は空豆谷公民館第一会議室、夜八時スタートです。皆様お誘いあわせの上、お越しくださるようお願いいたします」


 おっとさりげなく個人演説会の宣伝を挟んできた!


「こちらは市議会議員候補の丹下源太、丹下源太で――ありがとうございます、ご声援ありがとうございます」


 どこだー、どこだかわからん、けど、まずは手を振ろう! 笑顔だ笑顔!


「丹下ちゃん、右だよ」


 しまった、反対かー!


「前方に公園」


 ん? 前方後円墳? そんなもん無いぞ。


「下校中の小学生の団体」

枝豆ヶ丘えだまめがおかの皆様、市議会議員候補の丹下源太でございます。上から読んでもタンゲゲンタ、下から読んでもタンゲゲンタ、丹下源太があなたの街に立候補のご挨拶に上がっております」


 上手い! 小学生にこのアナウンスは最強だ。既に彼らがこっちに向かって手を振ってくれている。きっと明日から学校では『タンゲゲンタごっこ』が流行るに違いない。そして、お家で『タンゲゲンタごっこ』に勤しむ兄弟に、サブリミナル効果的にご両親は洗脳されるのだ。

 パーフェクトだ、策士すぎるぞ、ウグイス君!


「お手を振ってのご声援、ありがとうございます。皆様のご支援をよろしくお願いいたします」

黒豆沢くろまめざわ入るぞ」

「黒豆沢の皆様こんにちは。丹下源太本人が車に乗り込みまして、いち早く立候補のご挨拶に上がっております。黒豆沢中学校を卒業し、二児の父になりました。黒豆沢にお育ていただきましたご恩を返す時が来ました。丹下――」


 ん?

 ん?

 ウグイス君が途中でマイクを切った。


「野瀬さん、停めてください」

「どうした」


 車はハザードランプを上げて、すーっと左側によって停止した、


「今、左側の家でお葬式がありました」

「あちゃー、まずいな」


 野瀬さんがシフトレバーに乗せていた手で顎をさすった。


「ちょっと謝罪に行ってきます」

「待って!」


 俺はシートベルトを外そうとしていたウグイス君の手首をガシッと掴んだ。もちろん、そういう性癖があったのではない。俺の倫理観がそうさせたのだ!


「今、候補者本人がこの車に乗ってるってアナウンスしたよね?」

「はい」

「じゃあ、どう考えても俺が謝罪に行くべきだろ、やっぱり!」


 野瀬さんがニヤリと笑う。


「あたぼうよ、それでこそ一人前だぜ。丹下ちゃん、誠心誠意謝って来な」

「はいっ!」


 俺は車を飛び降りると、今来た道を走って戻った。

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