ニートが黒獅子と戦うそうです
「あっ……ちょっと、ねぇどこ触ってんのっ……サクっ、ちょっとこれ激しっ……」
ハルの耳元で囁く声に、サクは微動だにしない。
「うるせぇな、そんなお約束展開してる場合じゃねぇんだよ。静かにしないとバレるだろ」
前回の話からそんなムフフな展開になるはずもなく、2人はエストルドの案で、馬車の荷台にシーツを被せられ、門番をやり過ごそうとしていた。
本当にこんなんで乗り切れるのだろうか?
通行証を、と門番の声が微かに聞こえる。
「通行証ね、どうぞ」
エストルドが自信満々な表情で渡した通行証を確認し、門番は荷台を疑わしそうに見る。
「ちなみに、その荷台には何が?」
「あーこれ、大したもんやないが。ちょっと山菜採りに必要な道具とか、そういったもんだがや」
「ふむ、少し確認させてもらってもよろしいか?」
(まずい。エストルドさん、なんとか切り抜けて。お願い。)
ハルは心の中で手を合わせ必至に訴えかけた。
しかし、そんな願いなど聞き受てはもらえないものだ。
「あーどうぞどうぞ。ただ触ったりはせんでよ」
「了解した」
(ちょっと嘘でしょ!ダメダメダメ、どうしよう。)
ハルが慌てていると、サクが口を押さえて喋るなと合図してきた。
門番の手がシーツに掛かるのがわかる。
(もうダメ。)
バッと勢いよくシーツが剥がされ、門番とバッチリ目が合う。
「ふむ、確かに。すまなかったな。行っていいぞ」
そう言うと、門番はもう一度シーツを2人に掛け直し、門を開いた。
(え?なんで……。)
「どうもお仕事ご苦労様です」
揚々とエストルドは馬を走らせ、後ろ目に門が閉じるのを確認してから、もう出てきていいと2人に促す。
「まったく、ヤラシイなお前。隠れる必要なかったんじゃねぇか?」
「まあまあ、そっちのが面白いが。おかげで通れたがや、感謝して欲しいもんよ」
サクは何も驚いていないようだが、ハルには何がなんだかサッパリ理解できなかった。
「えっと……何したんですか?」
「何したとは人聞き悪いが、門番とちょこっと知り合いだっただけだがよ」
おどけたように答える。
「知り合いって……」
納得がいっていない様子のハルに詰め寄り口に人差し指を当て、守秘義務だがやとウインクをする。
「まあでも無事外に出れたが。じゃ、ハルちゃんと別れるのは少し寂しいけど俺も用事あるが、先に行くがよ。サクちゃんもこの借り忘れんでよ」
サクに肩を組みながら嬉しそうに言うエストルドを、サクはめんどくせぇと、いつもの一言で突き放す。
それから馬にまたがったエストルドは、じゃまた、と颯爽と去っていた。
ハルは、なんか掴めない人だったなと背中が見えなくなるまで見届けた。
「おい、あいつはやめとけよ」
「え?何が?」
「たがら……なんだ、あいつに惚れんのはやめとけって……あーもう、いいよ忘れろ」
「なにそれ、別に惚れてなんかないよ?え、なになにどーいう意味?」
サクは詰め寄るハルをウザそうにあしらうと、行くぞと1人で先に歩き始めた。
「ねーどーいう意味?」
どこか嬉しそうにハルは後をついていった。
「すっごいね!外ってこんな感じなんだ」
ハルが感嘆の声を上げるのも無理はない。そこには広大に広がる草原と、奥には無数の山々が連なっていた。日本ではなかなか見ない、これぞ異世界という風景だ。
しかしここで、1つの不安がよぎる。
「ねえ、サク。もしかしてだけど、モンスターとかいたりするの?」
異世界と言えば、モンスターや魔物のイメージだ。街の中は壁に守られていて安全だろうけれど、外にモンスター居てもなんらおかしくない。
「モンスター?いねぇよそんなもん。少なくとも野生ではな。いたら誰かの能力で作られた創造物くらいだろ」
「いるにはいるんだ……」
ハルの不安そうな顔を見かねたのか、
「ここらには、せいぜい動物しかいないから安心しろ。だからと言って無闇に近づくなよ」
と、サクがいつになく落ち着いた口調でなだめる。
♢
それからしばらく歩き進め、サクたちは湖のほとりで休息を取っていた。
「ふぅ、生き返るー」
湖の水はとても綺麗で、そのままの飲んでも問題はなかった。疲れ切った体に澄んだ水が染み渡る。
出発から2時間ほど歩き、体は疲れ切っていた。
「後どれくらい?」
「半分くらいは来たな」
(まだ半分……。)
「そもそもどこ目指してるのこれ」
「ん、まあ帰る方法を知ってるジジイんとこ」
「ジジイって……」
(本当に大丈夫だろうか。不安だ……。まあでもサクに任せるしかないので黙ってついて行くだけだけど。)
それから、サクは食べる物を取りに、湖の反対側にある実のなっている木へと歩いて行った。
(なんだかんだで優しいとこあるんだよね。)
サクを待ち、一人で休憩していると一匹の子猫が近づいて来た。
「うわぁぁ、可愛い!」
白い虎の様な模様の入った黒猫だ。珍しい模様だけど、この世界では普通なのだろうか。
子猫が頭を擦り付けくるので撫ででやると、とても気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
(はあ、癒しだ。)
しばらく撫でていると、子猫の動きが突然止まり、次第に震えだした。
「え、どうしたの大丈夫?」
ハルが不安そうに子猫に声をかける。
子猫は震えながら唸り声の様な声を上げてとても苦しそうにしていた。
♢
「はぁ、めんどくせえな」
サクが木をドンっと蹴ると大量の虫と木の実が落ちて来た。
「うわあああ、気持っちわりぃ!」
思わず情けない声を上げてしまったので、ハルに聞かれていないだろうかと心配で目をやると、ハルが何かと戯れている様子が見えた。
「何やってんだあいつ」
見られていなかった事に安堵し、虫を避け木の実をポケットに入れる。
「ん……あれって確か」
そう思った瞬間、湖の反対側から何かに背中を叩かれた様な気が……いや、正確には湖に勢いよく飛び込んだ様な、ザブンという大きな音がした様な気がした。
反射的に振り返ると、ハルの姿を隠す様に巨大な黒い塊が見えた。
(やっぱりか。)
白い虎の様な模様に黒いたてがみ、そして通常の三倍近い体長のライオン。間違いない【黒獅子】だ。
黒獅子が襲いかかる様に立ち上がり雄叫びをあげる。すると足の隙間からハルの姿が見えた。
(おっと、まずすぎないかこれは……。)
湖は直径300メートルはある。普通に周りを走って戻ったんじゃ到底間に合わない。
黒獅子が腕を振り上げた。その腕の先には鋭く、そして美しい輝きを放つ爪があり、今にもハルに向かって振り下ろされようとしていた。
くそっ!とサクが地面を蹴り走りだした。いや、走りだしたというより飛んだと言う方が正しいかもしれない。
およそ0.02秒
サクがハルと黒獅子の間に入るまでにかかった時間だ。
黒獅子は突然目の前に現れた男に少し驚きながらも、2人に向かって腕を振り下ろした。
____ドンッ
激しい地鳴りとともに砂埃が舞う。その後ろで湖に、反対側の木から一直線にこちら側まで亀裂が入り湖が2つに割れ、辺りに水しぶきが降り注いだ。
シャワーの様に降り注ぐ水と砂埃で、黒獅子と2人の姿は周りからは完全に見えなくなってしまっていた。
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