ニートが家から出るそうです

 「って!何ですかこれは?!」


 突然叫んだハルを、男は寝転びながら不機嫌そうに睨むと、何もなかったかのように、また寝る姿勢に戻る。


 「寝ないでください!」


 思いっきり布団を、引張替えされた男は勢いよく立ち上がり、よっぽどビックリしたのか、肩で息をしている。

 

 「なんっっだよ!朝っぱらからデケェ声出しやがって!うるせぇなぁ!」


 怒鳴る男の声など聞こえていないかのように、ハルは正座をしながら、床を指差し座るように促す。


 いつになく真剣な眼差しで見据える彼女に、男は言葉を発することなく、頭を掻き毟りながら胡座をかいて座った。






 ……






 謎の沈黙。


 「いや……なに?」


 男が耐えきれずに口を開く。


 (自分発信のくせに、こいつは何で黙ってるんだ。)


 「なに、じゃない。わかりますよね?」


 男は、とぼけたように両手をヒラげて見せる。もちろんわかってはいるけれど、わかっているとわかられたら負け。そう思ってしまう性格なのだ。


 「手前の2話読みましたよね?私たちの1週間、これはなんですか、と聞いてるんです」


 「手前の2話とか読んだとか誰目線だよ」


 「いいから」


 ハルの態度は変わらず毅然といる。


 「へえへえ、読みましたよ。だからなんですか?」


 ハルは、ふぅと一息つくと、「まず」と話を始める。


 「メイドってなんですか?そもそも、このメイド服もあなたが勝手に用意したものであって、私の元々着ていた服はどこ行ったんですか」


 それを聞いて、男は何かを思い出したかのように、自分の周りをキョロキョロと見渡す。それから、あったあったと嬉しそうに敷き布団の下から、少しはみ出ていた布を引っこ抜ぬくと、しわくちゃになったハルの服が出てきた。


 もっと可愛らしい服だったと思うのだが見る影もない。


 「いやぁ、お前がメイド服を大人しく着るようになるまで隠してたんだけど、忘れてたわ。すまん」


 もう怒る気にもなれなかった。いつもこうである。男はこちらがどんな態度で接しようと常に飄々と受け流してくのだ。


 ハルはそれを受け取ると。いや、奪い取ると、自分の後ろに綺麗に畳んで置いた。


 「まあ、正直メイド服の件はもういいですよ。それでも、一回言っておきたかっただけです。恥ずかしさもなくなってきたし、住まわせてもらってる身としては、このくらいのことは許容するつもりです……けど、名前くらい、いい加減教えてくれてもいいじゃないですか」


 「サク」


 サクは、何の抵抗もなく即座に答えた。


 (……あれ?この人あっさり名乗っちゃった。。正直これに関しては聞いてはみたものの、半ば諦めていたのに。)


 「え、いや。この1週間、あんなに頑なに言わなかったのに、そんなあっさりと」


 拍子抜けすぎて納得がいかなかった。この一週間のモヤモヤは一体何だったのか。肩透かしもいいとこだ。


 「いやいや、お前こそ手前の2話読んだのかよ。この1週間が圧倒的ダイジェストで過ぎてったんだぞ。その間に名乗っちゃたら今回突然名前出てきて、あれ?前どっかで名乗ってたっけ?ってなるでしょうが」


 (いや、そっちこそ誰目線だよ!まったく、そんな理由で……。)


 ハルがそんなことを考えていると、


 「なにニヤニヤしてんだ気持ち悪りぃ」


 と、本当に怪訝そうな顔で言ってくる。


 自分で思っていた以上に、名前を教えてもらえたことが嬉しかったようで、知らない内に口角が上がってしまっていた。


 「サクですね」


 あまりに恥ずかしかったので反応などしない。してたまるか。


 「なんて呼ぶのがいいですかね?サクさん……は言いにくいし。サク君も違うな。サクや_____んっ」


 サクが突然、勢いよくハルの口を押さえそのまま床に押し倒した。


 (痛っ)


 勢いよく頭を床に打ち付け、脳が揺れる。


 サクは息を荒げ、ハルを睨みつけていた。


 「いた……い」


 ハルの絞り出すようなその言葉で、サクは自らの行いに気がつきパッと手を離す。


 自分でも今の行動に納得がいっていない様子だ。ハルの口を押さえていた手をじっと見つめ手首を握り、軽く震えている。


 「大丈夫?」


 その言葉を発したのは、ハルだ。自分の状態よりも、これまでに見たことないほど、怖い顔をしているサクを案じていた。


 「すまん……大丈夫か?」


 ハルの言葉で正気に戻ったのか、遅れてサクもその言葉を投げかける。そして、ハルの体を起こしながら心配そうに頭を右へ左へとオドオドしながら確認する。


 さっきまで、あんな表情をしていた人物と同一とは思えない。


 そんなサクにハルはクスッと笑い、


 「大丈夫ですよ。少しビックリしましたけど。こちらこそ何か気に障ったみたいですみません。やっぱりサクさんがいいですかね~」


 と、少しおどけてみせたが、


 「サクでいいよ」


 と、少し冷たくサクは、すぐに返してきた


 「いや、でも呼び捨ては」


 少し遠慮がちにハルは言う。


 「サクでいい」


 しかしまた、冷たく。


 この感じ、出会った頃の雰囲気に少し似ている気がする、とハルは感じていた。こちらを突き放すような。これ以上は踏み込むなという壁を感じた、この一週間で薄まってきていた、あの感覚だ。


 「わかった。サク」


 ………


 少し気まずい沈黙が流れる。


 「あと、呼び捨てになったことだし、いい加減もう敬語やめねえか」


 どうやら、サクは沈黙が苦手な様で、また先に口を開いた。いや、優しさなのかもしれない。


 「そうね。じゃあそうしよう。」


 場を取り持とうと軽い感じで言う。


 しかし、サクはあまりの切り替えの早さに目を丸くした。


 「お前な、良いとは言ったけど俺の方が年上なんだからな。それだけは覚えとけよ」


 サクがビシッと指を指す。


 「年上って言ったって見た感じそんな変わんないじゃん」


 「お前いくつだよ?」


 「17」


 サクは、はぁと大きく溜息をつくと、何か説明しようとして止めた。それからめんどくさそうに、もうなんでも良いよと答える。


 「にしたって、切り替え早いだろ」


 「この1週間ずっと思ってたんだけど、なんせダイジェストだったから」



 ……



 「なるほど」




2人は何かを分かち合うかのように大きく頷いた。



 ♢



 「ていうか、この1週間サクが部屋から出てるとこを見たことがないんだけど」


 グイッと身を乗り出して聞いてくるハルを、少し照れた様に顔をそらして「近い」と押し返す。


 「見たことがないって、そりゃ一回も出てないからな」


 めちゃくちゃ偉そうだ。


 「何腕なんか組んで自慢げに言ってるの!……え、じゃあ仕事とかは……」


 「してない。無職だ」


 (むしょ……目なんか瞑って何に浸っているんだこいつは。)


 「ニート……なの?」


 「やめろ、その言い方。こっちの世界には、そんな言葉無いし、なんかダサいから嫌なんだよ。無職だ無職」


 「どっちでも良いわよ呼び方なんて!お金とか、どうしてるわけ?」


 「そりゃお前、仕送りとか色々……」


 どんどん声がしぼんでいった。さっきまでの自信は何処へやら。


 「嘘でしょ?信じられない。よし決めた。私今から仕事探してくる!サクも就活しなさい!」


 家でも家事などをこなすハルは、居ても立っても居られない様子だ。


 さあ行くよ!と、張り切って立ち上がる。


 「いや、お前元の世界に帰らなくて良いのかよ」


 ハルは【驚愕】を顔に塗りつけた様な表情でサクを見下ろし、その表情のまま座り直す。


 「おい、やべえ顔になってんぞ」


 サクはどうやら少し引いている。


 「そうよ!気づいたらもう1週間も経ってるじゃない!なにを呑気にメイドなんかやってんの私。サク、どーやって帰ったら良いの?」


 そのまま押し倒されるかというほどの勢いで両手を掴まれサクは後ろによろめく。


 (まったく、もう少し羞恥心を持つべきだなこいつは。)


 落ち着け、とハルの手を剥がし、サクはいつになく真剣な表情になる。


 「そうだな。お前は人間だ。非人じゃないからな。まあ、帰る方法はあることにはある……あるにはあるが……今日は寝る」


 「寝ないでもらってもいいかな!あるなら教えて。お願いサク。私、なんだか人間としての自信っていうか、自分が人であるという概念そのものが、薄れていってる気がするの。だから……」


 サクは神妙な面持ちになり、マジか?と問いかけ、ハルは静かに頷く。


 少し考えた後、ちょっと待ってろ、と言いサクはその辺にある紙になにかを殴り書き、ハルに手渡した。


 「今は見るな。だが肌身離さず持ってろ」


 ハルはその紙を大事そうに財布の中にしまう。こっそり中を見てやろうかとも思ったが、ふざけて笑える様な雰囲気ではなかった。


 サクはまた少し考え、


 「仕方ない。出るか」


 と言って立ち上がると、そのままドアの前まで行き、何してる早く行くぞと言う。しかしハルは動かない。


 「いや、その格好で行くの?私だってこれ……」


 方やスウェットにパーカー、方やメイド服……並んで外を歩いていたら目立って仕方ない。というか恥ずかしい。


 「しゃーねぇだろ。これしか服ないし。お前も帰り方教えて欲しけりゃそれで来い。その格好であることに意味がある」


 また得意げに何を言ってるんだと思ったが、ここで反抗して、せっかくこのニートが外に出ると言ってるのに、機嫌を損ねるよりかは良いと判断し、ここは従うしかないと立ち上がる。


 「よし……行くぞ!」


 何やらとてつもない気合いで扉開いて、2人は外へと出た。

 

 ここからようやく2人の旅は始まる。


 


 

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