ニートがムキムキ老婆と殺りあうそうです

 「ゔぁぁぁがぁぁぁぁ」


 咆哮が反響し、地響きのように辺りが揺れる。


 「私の息子を返せぇぇ」


 怪物は叫びながら、進行を遮る物を両腕を大きく振り回して弾き飛ばしながら、ハルにゆっくりと近づく。


 「まだ、まだだ!もっと、息子の味わった痛みをお前にも!全身が粉々になるまで死ぬんじゃないぞ!」


 ハルの目の前まで来た怪物は立ち止まって、ハルの姿を凝視し、首を傾げる。


 「なんだこれは?」


 横たわるハルの身を守るように、青い光の球がハルを覆っていた。


 中のハルには傷一つ見られない。


 「なんだこれはぁぁぁ!!ふざけるな!死ね死ね死ね死ね死ね!」


 狂乱した怪物は球を力任せに砕き割ろうと、乱打を浴びせる。


 ハルはガンガンと鳴り響く音で目を覚ます。


 顔を上げると、目の前で見たこともないドス黒い色をした怪物が、自分を覆っている球を殴り続けている。


 ──いや見たことのある。


 「おばあ……ちゃん?」


 その怪物は、先程まで優しさに溢れ、和やかに笑っていた筈の八百屋の店主と同じ格好をしている。


 こんな見た目にもかかわらず、ハルにはそれが八百屋の店主であると即座に認識できた。


 「おばあちゃんですよね!一体なにが__」


 「ゔぁぁぁぁぁぁ」


 ハルの声に耳を貸すどころか、その拳の勢いは一層増して行く。


 「どうして……こんな!お願いです!もうやめて!」


 「お前が……お前が息子を!」


 「息子さんって……」


 「お前がぁぁぁぁ」


 殴り続ける怪物の拳は、どんどんと血で赤く染まっていっている。


 「お願い!もうやめて!それ以上は体が!」


 ハルの訴えなど、もはや届いてなどいない。


 とにかく逃げようと試みるが、腰が抜けてしまい立ち上がることすらできない。


 一箇所を殴り続けられている球には、少しずつ亀裂が入り始めていた。それと同時に、ハルの着ているメイド服も少しずつ破れ始める。


 「お願い!私が何か気に触ることを言ったのなら謝ります。だから……もう……」


 ──ピシッ


 ついに球に明らかなヒビが入った。


 「いや……待って……お願い……」


 ハルの祈りも虚しく、次の一撃で球が完全に砕け散り、メイド服も弾け飛んだ。


 「待って……」


 ハルの消え入るような声を打ち消すように怪物は雄叫びをあげると、ハルの左腕を掴み持ち上げる。


 体が完全に地から離れた。


 「安心しろ、簡単には殺さないさ、ジワジワ、ジワジワと嬲り殺してやる!」


 腕を掴んでいる手に力が込められる。


 ───ボキッ


 「いやぁぁぁぁぁぁ__」


 掴まれていた左腕が折れる音が、自分の耳でも聞き取れた。


 「あ……あぁ……あ」


 声にならない激痛が走る。


 「うるさい口だな、少し黙れぇぇ」


 怪物が空いている手で拳を握り、ハルの顔目掛けて振り抜く。


 ──ブンッ


 ハルを捉えたはずの拳は勢いよく空を切り、怪物はそのまま前のめりによろめいた。


 「なん…….だ?」


 怪物は先程まで、ハルを掴んでいた手を開き不思議そうに凝視する。


 そこにハルの姿はなかった。


 「どこへ行ったぁぁぁぁ」


 


♢♦︎♢♦︎♢




 「ふぅ、まったく間一髪ってとこか。てかちょっと遅れたな。大丈夫だったかハル。」


 聞き覚えのある声だった。


 「サク!」


 サクが自分を抱え心配そうにこちらを見てい……ない。照れ臭そうに目をそらしていた。


 「サク、どうしてここに?」


 「まあ色々あってな、遅れて悪い。うわ、腕折れてんなこれ。痛いだろうけど少しだけ我慢しててくれ」


 「サクぅぅぅぅ怖かった……怖かったよ死ぬかと思った」


 抱きつき泣き喚くハル。


 「 いや……ちょ……お前その格好で抱きつくな」


 体に当たる柔らかな感触にサクは顔を赤らめた。


 「 せめて、これでも着てろ」


 サクは自分の着ていたジャケットをハルに掛ける。


 ハルもようやく自分の今の格好に気がついたのか慌てて前を隠し顔を赤らめ俯いた。


 サクが一言悪かったと口にする。色々な意味の含まれた言葉だった。


 「そこかぁぁぁぁぁ」


 後ろから怪物の声が鳴り響いた。


 「ちっ、ウルセェな!今行くから待ってろよ」


 声のする方向にサクが怒鳴り返す。


 「サク!ダメ!逃げなきゃ!」


 「あ?大丈夫だって。ちょっとお前をこんなにした奴に軽く仕返ししてきてやるよ」


 「何言ってるの!あんなのに勝てる訳_痛っ」


 「ほら、腕に響くからあんまデケェ声出すな。安心しろ俺はやればできる子だから」


 「やればできる子って……それにあの優しかったおばあちゃんが、こんな事するなんて……何か理由が……」


 「おいおい、この期に及んで理由とか関係あんのか。てか、あれババァかよ。嘘だろ?見えねぇぇ。……まあなんにせよ、お前はそこで休んどけ」


 そう言うとサクは怪物の元へ向き直る。


 「キサマぁぁぁ邪魔をするな!」


 「だから、うるせぇって言ってんだよ。なんだその体、プロテインの飲み過ぎなんじゃねぇの?」


 「黙れ!」


 怪物がサクに向かって振り下ろした拳は、またも空を切る。


 「だから、そんな大振りじゃ一生あたんねぇぞ」


 背後から聞こえるサクの声に驚き、怪物は勢い良く振り向き、また雄叫びをあげる。


 「たくっ。いちいち叫ばねぇと話し始められねぇのかお前は」


 「それがキサマの能力か」


 「さぁどうでしょう」


 サクは依然、飄々とした態度を変えない。


 「トロイが怪力だけは確かみたいだな。あの保護プログラムを力だけで、ぶっ壊したのは褒めてやるよ」


 「あの妙な球はキサマの仕業か」


 「すごいだろ?特徴で作ってもらった衝撃保護メイド服だ。ほらサッサと次かかってこいよ。まあそのスピードじゃ何回やっても当たんねぇけど」


 「うぁぁぁぁぁぁなめるなぁぁぁ」


 怪物が力むと、その体は更に増大し服が弾け飛ぶ。


 「おいおい、服弾け飛ぶの流行ってんのか?俺も読者もババァのヌードなんて見たかないんだけど」


 「黙れ。次は避けれないぞ」


 怪物は重心を下ろし、前屈みに戦闘態勢をとる。すると、肩に何か刺青のようなものが見えた。


 「その模様お前、教会_」


 ──ドンッ


 一瞬。


 怪物が地面を勢いよく蹴りあげた瞬間、サクの目の前まで到達し拳を振り下ろす。


 「なっ!」


 すんでの所で両腕でガードしたサクだったが、体は大きく後方へと吹き飛ばされた。


 が、空中で態勢を整えると片腕で地面を弾き、一回転して綺麗に着地する。


 「痛いな!まだ話の途中だろうが」


 怪物は全力で振り下ろした自分の拳を、軽々と受け止められた事で更に息を荒げる。


 「キサマも身体強化の能力か!だがそんな貧弱な体で、一体私の攻撃を何回受け続けられるかな!」


 「試してみるか?」


 余裕そうにニヤリと笑い、チョイチョイと指で挑発された怪物は、また一瞬でサクに近づくと、今度は両腕で防御球を叩き割った時以上の乱打を浴びせ始めた。


 そしてサクは、それを今度は受け止めるのではなく、掌で受け流していた。


 「ゔぁぁぁぁぁぁぁ」


 叫び声と共に乱打はより一層威力を増す。


 「しつこい!」


 ──ズムッ


 サクの右腕が怪物のみぞおちにめり込み、怪物は嗚咽しながら後ずさる。


 「うがっ……バカなお前みたいな奴がこの私に勝とうなどと100年早いんだ!」


 「100年?そらちょっと言い過ぎじゃないかな?せいぜい70年ってとこだろ」


 「何を言っている!」


 今度はサクから怪物に向かって一直線に走り出した。怒り狂う怪物はサクめがけて拳を振るう。


 サクはその拳を、巨体の股の下をスライディングで潜り抜け避けると、バンッと飛び上がって体を捻り、顔面に強烈な蹴りを入れた。


 怪物の体は大きく吹き飛び、先程のサクのように態勢を整えようとするが壁に激突した。


 「あんたの過去に何があったか知らねえが、ハルに罪はねぇはずだ」


 「うるさい……うるさい、うるさい!人間みたいな下等な生物などこの世界に必要ない!」


 「ちっ、これだから教会の奴は嫌いなんだよ。お前らみたいな老害は大人しく隠居生活満喫してろ」


 「ふざけるな!私は教会NO.1085チヨギルことチヨ婆だぞ!こんな脆弱な若造に負けるはずが……」


 「おいおい、このタイミングで突然の自己紹介かよ。しかもチヨ婆って……大体どっからハルが人間だって情報仕入れたんだ?まあ、大方自分で口滑らしちまったんだろうけど。こんなことなら、もっと注意しとくべきだったな」


 「何をペチャクチャと!お前も非人なら生かしておいやろうと思ったが、邪魔をするなら死んでもらおう!」


 「いや最初から殺す気満々でしたよね?だいたい人間人間ってお前。人間はな素晴らしいんだぞ!ワン◯ースとかドラゴン◯ールとか読んだことあんのか?人間はな、あんな素晴らしいもの生み出すことができんだぞ!」


 「訳の分からないことを言うな!なんの話をしている!これ以上は時間の無駄だ。いい加減死んでもらおう、これがお待ちかね100パーセントだ!!」


 怪物の体がより一層巨大化し襲いかかってくる。


 「え?いや本当に知らない?知ってるよね?え?じゃ、じゃあ……コホンッ、俺は怒ったぞフリ……じゃないチヨ婆ぁぁぁぁ」


 サクは、チヨギルの勢いよく殴りかかってきた腕を掴み、一本背負いで投げ飛ばすと、そのまま吹き飛ぶチヨギルの後ろへ瞬時に回り込み、地面へ叩きつけるように踵を落とした。


 「がはっっ、うぅぅぅぅうおぇぇぇぇ」


 チヨギルは蹲り嘔吐する。


 「いい加減諦めろ。今なら見逃してやらんでもないぞ」


 サクが蹲っているチヨギルの前に屈み、顔を伺うように覗き込むと、計ったようにチヨギルはニヤリと笑いサクを無視して、ハルに向かって飛びかかった。


 「キサマさえ死ねばそれでいい!キサマさえ!」


 しかし、ハルに向かって振り抜いた拳はいとも簡単に、後ろから追い抜いてきたサクに片手で受け止められる。


 「おい、あんま調子に乗んなよ?」


 睨見つけるサクの視線にチヨギルの背筋が凍りつく。


 「ま、待て。待ってくれ……」


 何かを悟ったのかチヨギルは跪き、掴まれている腕を祈るように掲げた。


 「残念だったな。俺はそんなに優しくないんだわ。おい、ハルちょっと目瞑ってろ……って気絶してんのか」


 ハルは目を閉じ、うな垂れるように気絶していた。


 「待て、頼む。まだ……。私は息子を人間に殺されたんだ。だから……その報復をしたって……」


 「だからなんだよ。お前ちょっと黙れよ。教会の奴らが人間を恨んでんのは知ってる。別に各々にそれなりの理由があるんだろうし、それ自体を咎めようなんて思いはしない。だが罪の無い人間を殺すような理念には、ちっとも共感できやしねぇんだよ。だからいつか、あんたの仇を見つけたら俺が代わりに殺しといてやるから、今は大人しく死ね」


 「そんな言葉が信じられるか?キサマは人間を守る側だろう?」

 

 チヨギルの言葉にサクはいつになく冷たい目をして言った。


 「俺は人間は大嫌いだよ」


 「それってどういう_」


 「じゃあな、チヨ婆。あの世で復讐が果たされるのをゆっくり眺めてろ。同じ地獄に送ってやるから後は好きに報復しな。あと、あんたの野菜……結構美味かったぞ」


 チヨギルの言葉を遮るとサクは手刀をサッと振り上げた。


 チヨギルは、そうかと諦めたように目を瞑る。




 ──ドシュッ




 チヨギルの頭が宙に舞う。


 地に落ちた頭は、元の優しい八百屋の店主に戻っていた。




 「それにしても、教会か。厄介なのに目をつけられなきゃいいけど……。まぁでも、とりあえず帰るか」


 サクはハルを抱えると倉庫を後にした。

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