ニートが創造主の風呂に忍び込んだそうです
────ザッパーーン
「おぼ!がんばぼれべ」
導の門をくぐった途端、サクは水の中に放り投げられた。
(くそ、俺は泳ぐのが苦手なんだ。てか、熱い!水じゃねえのかこれ。)
導の門は自分が行きたいところに導いてくれる訳じゃなく、導の門が導く場所に飛ばされるだけなので一緒に通っても大概別々の場所飛ばされる。
(あ__やばいこれ。溺れ死ぬ……。)
バタバタと必死に手足を動かすと、ゴンっと硬い何かに当たる。両手を広げられる幅もなさそうだ。
(ん?これは……浅い。)
バッと勢いよく立つと、膝ほどの深さしかなかった。
「なんだよ、驚かせやがって。それにしてもここは……」
門をくぐった時に浴びた、強烈な光で視界がぼやけているのかと思ったが、どうやら霧のようなものが立ち込めているようだ。その上、熱さに頭が少しやられてボーッとする。
(まずは状況整理だ。)
目を凝らす
────ボヤけて、よく見えない。
鼻を凝らす
────ツンッと甘い香りが通る。
耳を澄ます
────「あ、ああ、あ、あ」
足元で声が聞こえた。聞き覚えの無い声だ。
声のする一点に目を凝らす。やはりよく見えない為、一度目をこすり、もう一度よく確かめる。
ボヤッと人のシルエットが浮かび上がった。
さらに視界が晴れてくると、小柄な女の子である事が認識できた。赤いショートヘアの女の子は、座り込み怯えた表情でサクを見ていた。
「あ、あの__」
「イヤーーーーーー」
────バシンッ
声をかけようとした時、頬に強烈な張り手が飛んできた。
「いや、なん……で__」
元々、意識がハッキリしていなかったサクは一撃で気を失う。
倒れながら薄れ行く意識の中、息を荒げ裸の少女がこちらを睨んでいるのが見えた。
────ザッパーーン
サクの体は、また浴槽へと投げ出された。
♢♦︎♢♦︎♢
「なあ、もういい加減機嫌直せって」
二人はテーブルを挟んで椅子に座っていた。
少女はサクと目を合わせようとせず、腕を組み不貞腐れている。
もちろん今は、裸ではない。作業着に作業ゴーグルを首にかけ、いかにもメカ弄りが大好きです、という格好に着替えていた。
サクは、元々着ていた服を乾かしている間、少女の兄の服を借りている。
普段の服がダラシないせいか、ジャケット1つ着ただけで、急にシュッとしたような錯覚すら覚える。
「で、なんなんだよあんた。こんな幼気な少女の風呂に急に入って来てさ。今からでも通報する準備はできてるんだからな」
(こんな男勝りな喋り方で幼気とか言うなよな。)
「待て待て待て、違うんだよ。いや、違うっていうか、導の門を通ったら何故かここに……だから不可抗力だ。わかってくれ」
「なんだって!あんた導の門を見たのか!なあ、どうだった!詳しく教えてくれ!」
少女は机にバンッと手をつき、目を輝かせながら、勢いよく身を乗り出してきた。
この反応は何も不思議ではなかった。
本来、導の門とは人生の内に一回……いや、一度も見なくてもおかしくはない程の代物なのだ。
(それをハルときたら、易々と見つけやがって。おかげでこのザマだ。)
少女は胸のポケットから手帳とペンを取り出し早く教えろと、せがみ続けている。
「まあ、待て落ち着けよ。せっかくだ、まずは自己紹介からでもどうだ?」
少女は少し恥ずかしげに失礼、と咳払いをし椅子に座りなおす。
「私は、ソーニャ。ソーニャ・アルニタ。ここで才具(アイテム)の研究をしてる」
少女の言葉にサクは少し驚く。
「才具って、お前……創造主(クリエイター)なのか!?」
「いや、私は生み出すことはできないんだ。作る専門」
───創造主
それは、数多ある能力の中でも希少とされる能力である。理の才とも呼ばれる力で、その名の通り世界の理に関わる力だ。
この世界の能力には、似通ったものはあるが、全く同じ能力というのは、本来存在しない。
本来は__。
しかし、この創造主と呼ばれる力は世界の存続に必要と判断され、一時代に、同じ能力が複数人存在したり、創造主が亡くなれば誰かに引き継がれる、など他とは異なる性質を持っている。それこそが特別とされる所以だ。
何かを生み出す力を総称する訳ではなく、世界に認められた創造の力をそう呼ぶ。
実際のところ、創造主について詳しくは解明されていない。
では、どのようにして創造主と判断するか。至極簡単である。
創造主は生まれた瞬間から、自分の力を理解することができる。自分が創造主であると生まれた瞬間自覚するのだ。
この世界の能力は魔法や超能力の類とは似て非なる。努力で新しい能力を得ることはできない。才能の延長という言い方が一番しっくり来るだろう。
得意な事、秀でた才能。それこそがこの世界の能力だ。
例えば、スポーツや料理、勉強。もっと言えばトーク力など、実践して初めてわかる才能。もちろん人間界では超能力と変わりないような、とんでもない力もあるが、それも全て才能の延長なのだ。
魔法もあるにはあるのだが、当人の能力ではない。魔導書と呼ばれる才具の力であり、魔導書を生み出す創造主の力とも言える。
それ故に、この世界の学校では、幼い頃から自分の才能を見つけるための教育を施されるし、当然、一生気がつくことができない奴だっている。
だからみんな、自分の秀でたものは何かと必死になって探す。
しかし、そんな過程など全て飛ばして初めから己の力を理解している者。
それこそが創造主である。
♢
「で、作るってのは、どーいう意味だ?」
「言葉のまま。例えばこれ」
そう言ってソーニャは、懐からセミオートのハンドガンを取り出しサクに向けた。
「なんの真似だ」
サクは身動き一つ取らない。
「私の作品。こんなだけど、生身の非人なら一発で木っ端微塵に吹っ飛ぶ威力はあるよ」
サクを睨みつけスライダーを引く。
しかし、やはりサクは動かない。
お互いが睨みあったまま静寂が流れる。
「プッ_____アハハハハ、冗談冗談。ちょっとあんたを試しただけ」
マガジンが入っていないことをサクに見せ、懐にしまい直した。
「それにしてもあんた、強いんだな。全く動じないなんて」
「ばっか言え、めちゃめちゃ怖かったわ!見ろよこれ!」
立ち上がったサクの足は、生まれたての子鹿のようにガクガクと震えていた。
「なんか、変な奴だな、あんたって。で、私は自己紹介したんだから次はそっちの番だよ」
「サク。普段は漫画を読んだりゴロゴロしたりしている」
「……仕事は?」
「してない」
即答。
「ハハ、無職かよ。全く、ほんと変な奴だな。まあでも、よろしくサク」
「ああ、よろしく」
二人は握手を交わす。
「で、忘れてた!導の門!どこで見たんだよ!」
「鍵山の麓だな」
「なるほど、出た時の状況は?通った時どんな感じだった」
「出たとこは見てねぇからな。まあ、すげぇ光ってるゲートって感じだったな」
なるほど、と入念にメモを取る。
「で、人為的なものだと思うか?」
以前も言った通り、導の門の発生源は解明されていない。あくまで1つの噂として誰かしらの能力ではないか、というものがある。
そう、創造主による。
「まあ誰かが発生させているという雰囲気は特になかったな」
「そうか……」
と、少し残念そうな顔になる。
「そういや、そのあんたの連れはどこ行ったんだ?」
「さぁな、もしかしたらもう帰ったのかもな……」
「家にか?」
「まあ、そんなとこだ」
(……本当に元の世界へ帰ったかもな。)
「さて、俺もそろそろ帰るとするわ」
「じゃあ、その服やるよ。こんなボロボロの格好してるよりかはいいだろ」
ソーニャが乾かしていた服を、紙袋に入れて渡す。
「貰えるもんは、ありがたく貰っとくよ。じゃ、世話になったな」
「風呂の件、貸しだからな。いつか返せよ」
意地悪そうな笑顔で言うソーニャに苦笑いで返し、サクは外へ出た。
──途端。
──ボッと持っていた紙袋が燃え始めた。
何故、突然紙袋が燃えたのかサクはすぐに理解した。紙袋の底が燃えて無くなり、一枚の布切れが落ちたからだ。
この布が意味するもの__ハルの身に何かがあった。
今出たばかりのソーニャの家に駆け込んだ。
「すまん、もう一つ貸しておいてくれないか」
「どうしたんだよ」
一瞬で戻ってきたサクに驚いているようだった。
「人の居場所を特定してほしい。できるか?」
さっきまでとは、明らかに違うサクの表情にソーニャにも緊迫した状況であることが汲み取れた。
「わかった。ちょっと待ってろ」
奥の部屋へ何かを探しに行ったソーニャはガチャガチャと大きな音を立てた後、何かを持って戻ってきた。
「なんだこれ」
それは、両掌に乗るサイズの犬の形をした機械だった。
「これは兄ちゃんが作った才具で、盗撮犬(ワンダフルドッグ)だ。その名の通り、誰かを思い浮かべながら、この犬の頭を撫でると、どこにいようとこの犬が、その誰かを盗撮してくれる」
「おい、お前の兄貴頭大丈夫か?」
「うるさいな!時間ないんだろ。ほら思い浮かべて撫でてみろ」
言われるがままにハルを想像しながら頭を撫でる。
すると閉じていた犬の目がカッと開き光を放ったかと思うと、口から一枚の写真が出てきた。
「これは……」
写真を見たサクは驚愕した。
「おいおい、やばいんじゃないの、あんたの連れ」
サクの後ろで写真を覗き込むソーニャも、口を押さえる。
そこには瓦礫の下に倒れこむハルの姿と微かだが写真の端に、異形の者が写っていた。
「おいどうすんだよ!」
焦るソーニャに対して、サクは意外にも冷静だった。
しばらく写真をジッと眺め、顔を上げる。
「なるほど。いつも行ってる八百屋の倉庫か」
写真の中に写っていた箱に店の名前が印字されていた。
「おい、ここはどこだ」
「どこって?」
「俺は今からウォーレンに向かう!ここはどこだって聞いてるんだ!」
「ウォーレンって……ここからどんだけ距離があると……」
「いいから!どこだ!」
「南の王都、クディベルト……」
(クディベルト……)
ウォーレンとは、元々サクたちがいた街の名前である。
そしてクディベルトとは、そこから数100キロ離れた場所にある王都と呼ばれる街だ。
「ここからじゃ何で行っても間に合わないぞ。どーすんだよ」「走る」
心配するソーニャを横目にサクは未だ、いたって冷静であった。
「走るって!バカなのか!?ここからどれだけ……いや待て、そう言う能力なのか?」
「さあな。この借りは必ず返す。ありがとよ」
そう言うと、勢いよく飛び出して行った。
後に続いて出たソーニャだったが、もうそこにサクの姿はなかった。
「フフッ、ほんと変な奴だったな。あいつなら、もしかして……」
中に戻ったソーニャは椅子に腰掛け、物憂げな表情で盗撮犬の頭を撫でると、出てきた写真を見て今度は怒りを露わにする。
クソ!と写真を握りしめ、机をドンっと叩いた。
「……ごめん」
写真には真っ暗な檻のような場所で、両手足を鎖で繋がれている男の姿が写っていた。
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