異世界無職の永遊譚〜無職が転生して最強?いやいや元々異世界でニートしてます〜
葵空
終始の噺
彼女は、まるで修学旅行で先生に隠れながら、普段しない秘め事を話すかのように、ゆっくりと口を開いた。
「ねえ、私の一生のお願い聞いてくれる?」
【一生のお願い】人は、どこで覚えたかもわからないその言葉を、一生の内に何度口にするのだろう。
幼い時であれば、親にオモチャや菓子をねだるために、少し大きくなれば志望校に合格するようにと。しかしその願いを叶えるのは神様ではなく自分自身であり、今まで積み重ねてきた信頼関係や努力によるものだ。
神様が聞き受けてくれることはないだろう。
願いが全て叶うなら人は全知全能になれたことだろうと常々思う。
しかし、その願いが言葉の通り一生をかけて願うものだとするのならば、初めてその言葉を口にした時の願いは叶っているのかもしれない。
そして今、1人の少女が願いを口にしようとしていた。願いを聞き受けるのはやはり神様ではなく、彼女の前にいる二人の少年である。
一人は蹲り、声すら出せず、嗚咽と怒責が入り混じったように泣いている。
もう一人は、左手で彼女の傷口を抑え、右手には使い方もわからない、逃げる内に拾った一丁の拳銃を握りしめて、彼女の言葉に耳を傾けている。
「だめだ……それを口にしては……だ、大丈夫だよきっと助かる」
三人は、今自分たちがどこにいるのかもわからない。必死に走り逃げ、気がついたらここに隠れていた。僅かな隙間から覗く外の世界は、自分たちの領分では計り知れないほど惨憺たる光景が広がっている。
つい数時間、いや数分なのかもしれない。少し前までいつもと同じように三人で集まり他愛もない夢の話をしていたはずの世界が目の前で崩れ去った。
一人、また一人と人が倒れていく。
襲ってきたそれは、鼓膜が破れんばかりの音を立て幸せを壊して行った。
「私のお願いはね……」
彼女がまた口を開く。
「喋るな、傷口が開くから……」
年端のいかない少年ですら、彼女がもう助からないことは理解し、そう口にした。
しかし、幼いからこそ希望を捨てきれない。現実など見たことがないからこそ、彼女はまだ助かるのではないかと夢を見る。
少年は涙を必死にこらえようとする。彼女が笑っているから。自分が泣いてしまえば、三人が絶望に指をかけられてしまうから。
「私の一生のお願いはね。二人が、ずっとずっと私の分まで生きれますようにって。お願いするならずっとこう願おうって決めてたの」
そう口にする彼女は、やはり笑っている。
彼女の真っ白いワンピースは、元の色がわからないほど真っ赤に染まっていた。去年の誕生日に母親に買ってもらって以来、毎日のように着ているワンピースだ。彼女は白がよく似合う。と、その姿を見る度に少年は想っていた。
彼女の言葉を聞き、少年は堰を切ったように涙を零した。自分の為に願ってほしい。自分が幸せになるように願ってほしい。今を生きれるように、これからを生きれるように。
それでも彼女が、自分達のことを想って願ってくれたことは心から嬉しかった。でも……それは自分の事は、もう諦めてしまっているようにも感じられてしまう。
「なら……なら、俺の願いは君が……君が今度こそ幸せに……幸せに暮らせますように」
彼女が自分達を想ってくれるのなら、少年は彼女の為に願おうと。いや、彼女が仮に自分の為の願いを口にしていたとしても、少年は彼女の為に願い事をしただろう。
それだけ少年は彼女の事を想っていたのだ。
「いたぞ!子供が三人!」
二人の願いを神様が聞き終えるのを待っていたかの様に、言い終えると同時にそれの声が響き渡った。
聞きたくない声、聞こえて欲しくない言葉。
その声は、この時間の終わりを告げにやってきた。
途端、三人がいた薄暗い場所に光が差し込んだ。日光ではない。日は沈んでいる。炎に照らされているようだ。
それは、三人を見回し仲間が後をついてきているかを確認する様に後ろを振り返る。
火を見ると人は精神が安定し安らぎを感じると聞いたことがあるが本当なのかもしれない。
ーー少年は驚くほど冷静だった。使い方なんてよく知らない。本や映像、そういったメディアでしか知識を得ていない。
しかし少年は自然にただそれを見据えゆっくりと引き金を引いた。
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