キジーと呼ばれる鍵爺?鍵爺と呼ばれるキジー?

 ハルの目が覚めた翌日、二人は再びあの山へ向かうことになった。


 「あれ?そういえば、前回はエストルドさんの助けがあったから外に出れましたけど、通行証ないんじゃ……」

 

 ハルの言葉を聞いて、サクが不敵に微笑む。


 「心配するな。お前が眠っている間、暇すぎて暇すぎて更新に行ってきた」


 (なんと!あの面倒くさがりのサクが……。)


 「しかもだ、聞いて驚くな。お前の分の通行証まで用意しておいてやった!」

 

 内心ではそれなりに驚いていたが、サクの前振りが鬱陶しかったので、そうですかとだけ答える。


 「なんだよ、もう少し反応してくれてもいいだろ」


 サクが拗ねたように口を尖らせる。


 「でも、私の通行証って戸籍とかがないから作れないんじゃ?」


 「ふっふっふ、役所に知り合いがいてな。ちょちょちょーっとお願いしたら作ってもらったよ」


 いや、言い方腹立つな。


 「てかそれって偽造ってこと?」


 「ばっかお前。役所に正式に作ってもらってんだから本物だ」


 (うーーーん、そういうことじゃない気もするけど。まあでも)


 「ありがとう」


 ハルの礼にサクは戸惑った様子を見せたが、直ぐに元の表情に戻り、行くぞと促した。


 三週間前のことを覚えていないのか、門番は疑う様子もなく、二人のことを通してくれた。むしろ通行証が本物であるかどうかの確認すら怪しいものである。適当なカードを出してもバレないかもしれない。


 また、長い道のりが続いたが、今回は特に危険に晒されることもなく、無事に山の麓までたどり着くことができた。


 そして見えてくる例の看板。


 【キジーのお家はこちら】


 何度見ても、情けなさの漂う看板である。


 「このキジーさんって方のところを目指すんだよね?」


 サクはハルの問いに、そうだと軽く返事をする。


 「大丈夫なの?」


 自分でも何が大丈夫なのかよくわからなかったが、聞いておきたかった。


 「ああ、大丈夫だ。たぶん」

 

 (ちょっと。最後の多分は何?)


 結局山を登っている間は、特に何も起こらず、大きな岩壁の前で、前を歩いていたサクが立ち止まった。


 サクが、その岩壁を指でなぞるように触れると、岩壁がガラガラと大きな音を立てながら、みるみるうちに左右へ分かれ中から大きな通路が現れた。


 一歩踏み出した途端、サクはハルの体を自分の後ろへやった。


 「なんだ?焦げ臭いな」


 確かに、奥から何か焦げたような匂いが鼻を刺激する。


 サクが恐る恐る通路を進み、ハルもその後ろに隠れるようにして続く。


 通路を抜け、一つの部屋に出た。


 ゲームなどで見る道具屋の様なその内装の部屋は、半分が何かに焼かれた様に炭がかっていた。


 「鍵爺!どこだ!」


 サクが叫ぶと同時に走り出し、奥の扉を勢いよく蹴破る。


 そこは、正方形の一面真っ黒に塗装された部屋で、先程までの落ち着きある雰囲気とは違い、どこか禍々しさすら感じられた。部屋の壁一面に無数に鍵が吊るしてある。


 「鍵爺!」


 サクが壁にもたれ、頭から血を流している老人に駆け寄る。


 「おぉ、サクか。キジーと呼べと言っておるだろ」


 「うるせぇ、こんな時に言うことかよ」


 そんな二人とハルの他に、この部屋にはもう二人の存在があった。


 部屋の隅で並び立つ二人。


 一人は赤髪にツインテール。黒い膝丈ほどのスカートにヘソ出しのトップスを着た、見たところ中学生か小学生ほどの少女。一人は身長180ほどの細身の男性。眼鏡をかけ、黒のワイシャツに黒のロングコートを着てる。


 「あれれれれ?ねえアリドラ、アイツ殺っちゃってもいいの?」


 少女がサクを指差し、無邪気な笑顔をアリドラと呼ばれた眼鏡の男に向ける。


 「そうだな。あの老人は殺すなよ」


 アリドラが眼鏡をクイッと持ち上げて言う。


 「わかった!じゃあそういうことだからリリィちゃんと遊んでよね!」


 リリィと名乗った少女は掌に飴玉ほどの火の玉を作り、それをサクに向かって指でピンッと弾いた。それは、フワフワと部屋の中心まで漂い静止する。


 「あれれ?リリィちゃん、失敗しちゃったかなぁ?」


 そうおどけてみせるリリィを見て、キジーとサクの頭にある言葉がよぎった。


 【死】


 あの小さな火の玉一つで自分たちは死ぬかもしれない。自分だけならまだしも、ハルを抱えてでは無事ではいられないだろう。


 ほぼ同時にそう判断したキジーとサク。自分の身は最低限守れる。では、どちらがハルを助けるのかが問題だが、当然その役目はサクが買って出る。


 勢いよくキジーの元を離れたサクは、ハルに飛び掛かる様にして近づき自分の首に下がっていたネックレスを取り出す。ネックレスの先には鍵が付いていた。そしてキジーも、ほぼ同時に、いや、キジーの方が少し早くポケットから鍵を取り出していた。


 両者は鍵の持ち手の部分のスイッチを押し込み空で回す。と同時に、静止していた火の玉が、内に蓄えた力を閉じ込めておくことができなくなったかのように、ひび割れ、亀裂から光が漏れ出たかと思うと、勢いよく爆発を起こした。


 轟音と共に眩い光がキジー、サク、そしてハルを包み込む。


 広がった光が一点に収束し消えると、そこに三人の姿はない。


 「んんん?もしかして今ので終わり?消し炭になっちゃった?」


 リリィが両の人差し指を頭に当て首をかしげる。


 「いや、どうやら逃げられた様だな。見てみろ」


 アリドラに言われリリィが辺りを見渡すと、鍵が一つ残らず綺麗に消えていた。


 「ありゃりゃ、これは爆発でなくなったわけじゃないね。うーん、リリィちゃん、しくじっちゃったか」


 「そもそも、あんな爆発こんな狭い部屋で起こして、俺まで巻き添えを食らったらどうする」


 「アリドラなら大丈夫でしょ」


 「まあ、しかし目的の物は手に入れた。ここに用はない。帰るぞ」


 「はーーーい」


 リリィは元気よく手を挙げて返事をする。


 (しかし、あの爆発を受けて、この部屋……無傷とは。)


 アリドラは、眼鏡を持ち上げながら興味深そうに部屋を眺めていた。


 



♢♦︎♢♦︎♢





 「ハル、おい大丈夫か?起きろハル!」


 顔をペシペシと叩かれてハルが目を覚ます。


 「こ……ここは……」


 ハルの問いに、サクの口から信じられない言葉が返ってきた。


 ここは──東京だ。



 

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