ニートまさかの東京観光します

 日本______東京


「とう……きょう?」


  聴き慣れている言葉の筈ではあったが、ハルはすぐにその言葉を理解することができなかった。


 サクの返事を待たずに、ハルは辺りを見渡してみる。


 座り込んでいる自分達など見えていないかのように、周りを過ぎ行く人。光に視界が奪われそうになるほどの、眩い街並み。


 間違いなく自分の知っている東京そのものだった。


「どうだ、考えが追いついてきたか?」


 サクの問いかけにハルは、ただ呆然とするだけだった。


 「お前のよく知る街だろ」


 ハルは、ゆっくりと戻ってきたことを理解した。そして自然と涙が溢れ出す。


 「お前、すぐ泣くよな」


 サクが少し安心した顔で微笑みかける。


 「でも、なんで?なんで急に帰ってこれたの」


 ハルの問いかけに、サクは神妙な面持ちで答え始めた。


 「正確には帰ってきてない。一時的に飛んだだけだ」


 ハルには、サクの言っている意味が理解できず首を傾げる。


 サクは、その様子を見て首にかけていたネックレスをハルに見せた。


 「鍵?」


 「そうだ。詳しい説明はまたしてやるとして、この鍵には一時的に向こうの世界から、こっちの世界へ転移できる能力が閉じ込めてある。けど、こっちの世界に居られる時間は二時間程だ。さらに、この世界の奴に俺らの姿を捉えることもできなくなる。だから戻ってきたとは言えねぇな」


 (捉えられない……)


 確かに今、道の真ん中に座り込む2人の姿を気にかけている者は居ない。まるで見えていないかのようだった。


 「じゃあ、また二時間経てばあっちの世界に戻るってこと?」


 そうだ。と、サクは心苦しそうに返事をした。


 「これはあくまで、緊急避難として使っただけだからな。そもそも、こんな簡単に帰れるなら、わざわざあんな山まで歩かん」


 (まあ確かに。)


 「でも、こっちから見えるなら……。私、お父さんに一目でいいから会いたい」


 「そう言うと思ったよ」


 サクは、仕方なさそうに頭を搔きむしりながら立ち上がり、ハルに手を差し出した。


 ハルもその手を掴み立ち上がると、二人はハルの家へと向かった。


 家へと向かう途中ハルは重大なことに気がついた。


 「そう言えば私、一ヶ月もも家空けてるんだった……大事になってなきゃいいけど」


 ハルもこの時には既に感覚が鈍っていたようだ。一ヶ月も娘が突然いなくなれば、大事になっているに決まっている。


 しかし、実際にはなっていなかった。


 まず二人は、サクが家の鍵を針金で器用に開けて中に入った。


 (人に捉えられないだけで、別に幽霊とかではないのですり抜けとかはできないらしい。残念。)


 そこで直ぐに、ハルはある違和感を覚えた。


 自分がこの家にいた痕跡が、一切ないのだ。


 父親は一切何事もなかったかのように、安眠を取っていた。それどころか、食器、部屋、写真、全てハルの存在そのものが無かったかのように消えている。


 「なに……どういうこと?……どういうこと!ねぇ!サク!!」


 ハルは、何かに怒っているのか、それとも哀しんでいるのか自分でもわからなかったが、サクに掴みかかった。


 サクは微動だにせず、ハルを真っ直ぐに見据え、そのあと周りを見渡した。


 「ねぇ、サク……。なんとか言ってよ」


 サクは静かにハルの手を解くと、なるべく穏やかな口調で説明を始めた。


 「これは、あくまでも推測だが。向こうの世界と、こっちの世界は元々交わるべきもんじゃねぇんだと思う。だからこそ俺たちが行き来する時も、こんな風に干渉されない状態で、こっちの世界へ飛ばされるようになってんだろ多分な。なのに、お前は生身で向こうの世界に来た。だから#世界__・__#がお前を非人ととして存在させ、人としてのお前を排除したんだと思う。あくまで仮設だがな」


 「そんな……じゃあ、私はずっと向こうの世界で非人として暮らしていかなきゃいけないってこと?」


 「まぁこれも仮設だが、おそらく生身でこっちの世界へ来れば、逆も然り。非人としてのお前が消され、人としてこっちの世界に居れると思うぞ」


 その言葉を聞いたハルは黙り込み、寝室に寝ている父親の元へと寄った。


 「おやすみ。お父さん」


 そう言い残し、二人は家を出た。





 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 


 「 ねぇサク。せっかくだからさ東京見て回らない?」


 ハルの言葉にサクは目を丸くする。


 「 どうしたの?」


 「 いや、もっと落ち込んでんのかと思ってわ」


 「 なんか、色々ありすぎて慣れちゃったのかな?心配してくれてありがとう」


 「 バカヤロウ!心配なんかしてねぇよ……。また泣かれたりしたら面倒なだけだ」


 クスクスと笑うハルにサクはチッと舌打ちをした。


 「 まぁでも時間もあるしな。どっか行くか」


 サクが大きく伸びをした



 _______途端



 サクは何かの気配を感じて、勢いよく上を見上げた。それにつられてハルも上を向く。


 そびえ立つ高層ビル。その屋上に人影が、うっすらと見えた。


 「 なに……あれ?」


 はっきりとは見えないが、下から屋上にいる人が見えているのだ。それだけで、今にも飛び降りそうだと判断するには充分だった。


 そして、その後ろにもう1人。その人物は大きな棍棒のようなものを担いでいる。


 「 ねえ、サクあれって_______」


 ハルがサクの方に向き直った時、サクは既にハルを抱きかかえるようにしていた。


 「 すまん。時間切れだ」


 サクは耳元でそう囁くと、ネックレスの鍵を回した。


 光に覆われる中、ハルには屋上の二人の様子が薄っすらと見えた。


 1人が抱えていた棍棒を振り、もう1人は勢いよく宙へと投げだされた_______

 

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