普通に生きることの難しさ

基本的に人は孤独だし、誰かとわかりあえることはない(と僕は思っている)。だからこそ、一瞬でもわかりあえたと感じた時に、人は恋に落ち、友情を育み、その相手と一緒にいたいと強く願うのだろう。

人生とはいったいなんだろうと思う。
普通に生きることすら難しい。そもそも“普通”とはなんなんだろうか。僕の普通は誰かの特別なのかもしれない。人生はひとそれぞれ独自の形をしていて(尖っていたり、丸みをおびていたり)、それが時々触れ合って、触れ合い方によって悲劇にも喜劇にも、ときには惨劇にもなる。

普通の大学生活を送っていた主人公も、人との出会いと触れ合いの中で、突如、(読者から見れば)特別な人生に足を踏み入れざるをえなくなる。その中で、日常に潜む死と生きることについて向き合う。
想定された死だけじゃない。不慮の死も、予感させる死も、人生には等しく存在している。

いつになっても晴れない鬱屈したもやもやと、世の中の不条理さ、健全に生きることの理不尽さ。そういうものは物書きだけでなく、創作に関わる人であれば、誰しもが持っているような思いだ。
この小説は主人公を通してその思いを追体験し、答えを出せずにただ流れに身を任せることになる。
目の前で起きる出来事について、僕らができることなんてほんのちっぽけなことだし、ましてや過去のことなんてどうにもできない。でも、ただ受け止める、出来事を共有することで、誰かを救えることもある。
そして、だからこそ僕らは“わかりあえた人”に対して必死に手を伸ばすのだ。

創作に関わっている人ならば、主人公に共感できる部分がきっとあると思う。

前作の長編『空気の中に変なものを』でも、作者が影響を受けたであろう小説や映画、ゲームなどのオマージュが散りばめられていたが、今作はそれをもっとピンポイントかつ確信犯(誤用)的に取り入れている。
それは20世紀の小説世界を、作者なりに21世紀に上書きしてみた感もある。大胆な取り入れ方にニヤッともするし、それを好意的に感じられるのは、江戸川台ルーペの文体がすでにできているから、とも言える。

生きるのはこんなにも辛く、そして素晴らしい。
日々を懸命に生きたくなるし、大切な誰かに寄り添いたくなる作品です。

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