第26話 結婚式の日、まず俺が驚いて次に皆が驚いた!

結婚式の当日、朝から俺は落ち着かない。親父とお袋と3人で会場に着いた。結衣さんはもう到着しただろうか?


着替えを終えて新郎の控え室にいると、隆一が司会の最終確認に来てくれた。2日前に最終打合せは終えていた。


そこへウエディング衣装姿の結衣さんが母親に付き添われて挨拶に入ってきた。綺麗だ! 久しぶりにあの絵里香になっていた。あの時よりも今日は憂いがなく明るい感じがしてもっと綺麗だ。しばらく見とれた。なぜいつもこうしていてくれないのだろう?


隆一も久しぶりの絵里香の様相をじっと見つめていた。「結衣さん、とっても綺麗だね」と言っていた。


親父は綺麗になった結衣さんをじっと見ている。そしてとうとう思い出した。


「あのとき真一が俺たちに紹介したお嬢さんじゃないのか?」


「そうです。お気が付かれましたか?」


「親父、やっぱり気が付いたか、あの東京のマンションで紹介した石野絵里香さんがこの白石結衣さんです」


「真一、なんであのときチャンと話さなかったんだ?」


「それは・・・・・」


「あの時も驚いたが今はもっと驚いた」


「そうだったのか、結衣さん、どうか真一のことよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」


「母さんは驚いていないけど気が付いていた?」


「ええ、私はすべてを知っていました。ねえ結衣さん」


そう言われて結衣さんは微笑んで頷いていた。母がこれまでのことを話してくれた。


あれから親父と帰ってから、すぐに東京の知人に興信所を紹介してもらい、我々二人のことを調査してもらったそうだ。


そして紹介された石野絵里香と同居している白石結衣が同一人物であることも分かったという。


二人の監視を依頼しておいたところ、結衣さんが俺の出張中に転居し、その転居先がここで、しかもあの菓子店の社長の姪であることが分かったそうだ。


それでお袋は直接結衣さんに会いに行ったとのことだった。結衣さんがあの時紹介された石野絵里香が自分だと認めたので、同居からのいきさつを聞いて、もし息子がここへ帰ってきたら結婚してもらえないかと頼んだと言う。


俺が帰ってくるまで2年もかかったが、帰ってくるとすぐに二人を見合いさせたということだった。俺が結衣さんと同居しているからといってなかなか帰ろうとしないことも、早く帰るように催促していることも結衣さんに知らせておいたという。


それを聞いて俺は全身から力が抜けてめまいがして椅子に坐り込んだ。すべてお袋が知っていて、これを仕掛けていた? 俺はお袋の手の中で踊らされていただけだったのか?


結衣もそれを承知していた? 二人で俺を騙していた? 嫁と姑の不仲は世の常だが、嫁姑連合になるともう太刀打ちできないことが分かった。恐るべきは、お袋と地味子!


「真一、あなたのことを思ってしたことです。こんな素敵な結衣さんと結婚できて嬉しくないの?」


「嬉しいさ、ただ、驚いているだけだ。腰が抜けた。しばらくはこの衝撃から立ち直れそうにない」


「そんなこと言ってないで、二人であの噂をぶち壊すんじゃないの、頑張ってきて」


そこまで言われて気落ちするやら、頑張らないといけないと思うやらで、気持ちの整理がつかないまま式に臨んだ。


でも式が進むにつれて気持ちが落ち着いてきて、綺麗になった結衣さんを見ていると嬉しさがこみあげてきた。キスのために、ベールをあげてみた結衣さんは本当に眩しくて綺麗だった。


結衣いや、あの絵里香と結婚できたんだ。お袋ありがとう! お袋は、老舗の女将さんとして、俺の母親として、老舗の跡取りに本人が気に入ったよい嫁を見つけるのに一生懸命だったんだ。


披露宴には同業関係者を多く呼んでいた。まあ、俺の結婚式の披露宴は同業者への挨拶代わりだ。俺の主賓は菓子店組合の理事長、新婦側の主賓は彼女の伯父でもある菓子店の社長だ。


二人が入場していくと、驚きの声が上がる。皆が想像していた以上に新婦が綺麗だったからだろう。ざまーみろー! 恐れ入ったか! 皆の者、頭が高い! 俺は心の中でそう叫んでいた。


結衣さんもきっとそう思っていたのだろう。二人は顔を見合わせると思わず笑いがこみあげる。中央の席についても、どよめきがなかなか収まらない。


司会の隆一の開宴挨拶でようやく静かになってきた。媒酌人の吉本さんの新郎新婦の紹介の後、主賓の挨拶、乾杯、ウエディングケーキ入刀など型通りの披露宴が進んでいく。隆一の進行はうまい。


隆一が自分で友人代表の挨拶をすることを紹介して挨拶を始めた。2日前の事前打合であまり余計なことを話すなと釘をさしておいたが余計なことを言わないか心配だった。


「私しか知らないお二人の馴れ初めのお話をしたいと思います。皆様は当地でお見合いをされて、めでたくご結婚に至ったとお聞きでしょうが、実は違うのです。こうして結婚されましたが、実に運命的な出会いがあったのです。


新郎が東京で働いている時にお父さまのマンションに引っ越しされましたが、維持費が高くつくというので同居人を探していました。たまたま新郎の置き忘れた会社のマル秘資料を届けたのがきっかけで、当時契約社員であった地味な新婦と同居雇用契約をして同居を始めました。こともあろうか、私がその契約の立会人でした。


二人の名誉のために申しておきますが、同居している間、二人にはいわゆる男女の関係は全くありませんでした。ただ、二人で生活したことでお互いの気持ちがどんどん近づいて行きました。ご両親がお見えになった時に、新郎はこのように可愛く変身させた新婦を紹介しました。


ところがお父さまに猛反対されて、その後新婦は行方をくらましてしまいました。失意の新郎は家業を継ぐことを決意して、ここへ戻ってきたのは皆さま、ご存知のとおりです。


そしてすぐにお見合いの話があって、その相手が何と行方知れずの新婦だったのです。二人とも同郷であることを知りませんでした。何と運命的な再会だったでしょう。


それからは皆さまの知ってのとおりです。どうか皆様、このお二人の運命的なご結婚を祝福していただきたく、親友として心よりお願いする次第です。これで挨拶を終わります」


会場から、どよめきと拍手が続いた。さすが隆一、とても心の籠った挨拶だった。話を聞きながら、その当時のことを思い出していた。隣の結衣さんも同じだろう。


披露宴は順調に進み、新郎新婦のお色直しもした。お色直しの新婦はまた眩しいような美しさだった。再入場してキャンドルサービスをして歩く間、俺は誇らしげだったに違いない。結衣さんも凛とした美しさに満ちていた。


結衣さんが泣きながらお袋に花束を渡していた。結衣さんはお袋の心遣いがとても嬉しかったのだろう。滞りなく披露宴は終わった。


◆ ◆ ◆

2次会は社員が工場の会議室でしてくれることになっていた。5時に二人はタクシーで会場に到着した。


入口で参加者が拍手で迎えてくれた。花嫁の結衣さんを見ると皆、歓声を上げた。皆「おめでとうございます」と言ってくれる。


秋山副工場長の挨拶と乾杯の音頭で立食のパーティーは始まった。皆それぞれ二人のところへ挨拶に来てくれる。披露宴の様子はYouTubeで中継されていた。会場の準備をしながら皆で見ていたと知った。


それなら隆一の挨拶も聞いていたんだろう。「運命的な出会いだったのですね、とても素敵ですね」と何人にも言われた。一言挨拶をしてほしいと言われて話すことになった。


「今日は社員の皆さんに結婚のお祝いをしてもらってありがとう。友人の挨拶を聞いて知っていると思いますが、私たち二人の出会いは今から考えると運命的なものでした。こうして社長になったのも定めだと思っています。これからも非力な私に皆さんの力を貸していただきたい。どうかよろしくお願いいたします。妻が一言お話したいと言っていますので代ります」


「皆さん、今日はこんなに素敵なお祝いの会をしていただいてありがとうございます。また、祝福のお言葉をかけていただいてとても嬉しいです。真一さんと婚約した時に、ここの方から、社長が見初められたお方だから、よっぽどよい方なんでしょうねと言われたと聞きました。それを聞いてとても嬉しかったのを覚えています。私は真一さんを支えてお店のお役に立ちたいと思っています。どうか皆様も社長の真一さんを支えていただけますよう、よろしくお願いいたします」


皆、拍手をしてくれた。結衣さんも嬉しそうだった。それから結衣さんはパートの女子社員に囲まれて話をしていた。これなら社員ともうまくやってくれると安心した。


会場を離れる時に秋山副工場長に「飲酒運転をしないように皆に言っておいてくれ」と言い残した。社長業もこれでなかなか大変なのだ。


◆ ◆ ◆

7時過ぎにタクシーで二人はホテルに帰ってきた。本当は二人きりになるとすぐに結衣さんを抱き締めてキスしたかった。でも部屋につくと疲れがどっと出てその気力がなくなっていた。


結衣さんも疲れているのが分かる。椅子に腰かけたままだ。二人とも披露宴や2次会のパーティーではほとんど食べていなかったのでお腹も空いている。すぐにルームサービスにサンドイッチとコーヒーを至急届けてくれるように頼んだ。


何か食べて元気をつけたい。大切な新婚初夜だ。今晩はここで1泊して明朝、新婚旅行に出かけることになっている。サンドイッチとコーヒーが間もなく届いた。


「結衣さん、サンドイッチとコーヒーが届いた。一緒に食べないか?」


「真一さん、妻になったのですから、もう結衣さんと呼ばないで、結衣と呼び捨てにしてください。お願いします」


結衣が抱きついてきたので、抱き締めてキスをする。一日分まとめて抱き締めてキスをした。


「結衣、食べて元気だそう」


「はい」


二人ともお腹が空いていたので、すぐに食べ終わった。少し元気が出たような気がした。結衣が「先にシャワーを浴びます」といって浴室に入っていった。いつかのように俺はすぐに服を脱いで浴室に入った。


結衣はあの時のように驚きもしないで「すぐに終わります」といってシャワーを浴びていた。そして、バスタオルを身体に巻いて出て行った。俺は急いでシャワーを浴びた。バスタオルを腰に巻いて出て行くと、結衣はベッドに入って待っていた。すぐにベッドの結衣を抱き締める。


「避妊はしなくていいのか?」


「もう結婚したのですから、それに赤ちゃんは天からの授かりものですから」


「分かった」


俺は結衣を抱き締めた。どれほどこの時のことを思っていただろう。結衣の身体の感触を身体全体で感じている。結衣も抱きついたまま動かない。すごくいい感じだ。でも二人とも疲れていた。そのまま眠ってしまったみたいだった。


◆ ◆ ◆

明け方、目が覚めた。ぐっすり眠れた。温かいものを抱きかかえて眠っていた。すぐに結衣を抱いていることに気が付いた。昨夜はあのまま眠ってしまったみたいだった。


結衣は時々無意識に俺にしがみ付く。それが何とも言い難く可愛いく愛おしい。じっと薄明りの中で結衣の顔を見ていた。


どれだけ見ていたか分からない。結衣が目を開けた。そして俺と同じように昨夜はあのまま眠ってしまったことに気づいたようだった。


「何もしないで眠ったんですね」


「二人とも余程疲れていたみたいだ。結衣はもう元気になった?」


「はい、真一さんは?」


「もうだいぶ前に目が覚めて結衣の寝顔を見ていた」


「どうして起こしてくれなかったんですか? すぐに可愛がってください。お願いします」


俺と結衣は愛し合った。結衣はあの時と同じように喉の奥から絞り出すように、悲しくて泣いているのか快感からなのか分からない声を出していた。もう一度聞いてみたいと思っていたあの魂に染みてくるような声を聴きながら思う存分、結衣を可愛がっていた。

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