第22話 経営危機をどうする!

月曜の昼頃、得意先の外回りを終えて事務所に帰ってくると携帯に電話が入った。地味子からだった。


携帯番号の交換はすでにしていた。電話は夜遅くが多かった。こんな時間にかかってきたことはなかった。席を外して電話を受けた。


「真一さんですか、結衣です」


「どうしたの、今頃?」


「ちょっと噂話を耳に挟んだものですから、ご存知かと思って」


「噂って何ですか?」


「真一さんのお店のことです。うちの従業員の噂話を偶然立ち聞きしました。私と真一さんがお見合いしてお付き合いしていることが知られていました。そして、真一さんのお店の経営がうまくいっていないので、私の伯父の援助を受けるために私と付き合っていると言うのです。あのカッコいい御曹司が地味な結衣さんと付き合うのは何かあるというのです。私はそんなに不釣り合いでしょうか? それに腹が立ったこともありましたが、それより、お店が上手くいっていないと噂になっているのが心配なんです。そういう噂をご存知でしたか?」


「店がひところよりもうまく行っていないのは親父から聞いていたが、実際、どの程度なのかはまだ詳しく聞いていないんだ。これまでは仕事を覚えるのを優先していたから、経営は少し後でもよいかと思っていた。親父も事務所に出て仕事をしているから」


「それなら早く確かめた方がよいと思います」


「分かった、そうする。ありがとう。それよりさっきの不釣り合いは絶対ないから気にしないでいてほしい。そのうちに見返してやろう」


「はい、そう言ってくださって嬉しいです」


経営状況について親父に確かめる必要がある。親父のいる社長室をノックする。


「真一です」


「入ってくれ」


「外回りから帰ってきました。お話があります」


「まあ、座れ。話ってなんだ」


「店の経営状態なんだけど、詳しく聞かせてもらないか?」


「そうだな、店の仕事がひととおり分かったら話そうと思っていた。俺もあの病気以来、気力も体力もなくなった。おまえに早く引き継いでもらいたいと思っている。ここ数年、収支が徐々に悪くなってきた。新幹線が開通して、売り上げ増が見込めるので、思い切って工場を拡張して、新ラインを増設した。設備投資にかなり金がかかり借り入れもしたので負債が増えた。だが、期待したようには新製品の売り上げが伸びていない。それと使い込みが分かった」


「使い込み?」


「経理の石原さんはお前も知っているだろう。俺の高校の後輩で長くこの店の経理を任せていた」


「ああ、知っている。戻ってきていなくなっていたから、理由を聞くと今年亡くなったと聞いていたけど」


「去年、がんで入院したんだが、末期がんでもう手遅れだった。それで経理ができる信用のおける人を公認会計士に頼んで紹介してもらった。その人が、経理がおかしいと教えてくれた。架空の領収書が何枚も見つかったというのだ。実際に経理をしてみないと公認会計士では分からないと言っていた。その額は年間1千万円ほどもあった。遡って調べてもらったが、始めは少額だったのが、ここ数年は1千万円ほどだった」


「それでどうしたんだ」


「入院している石原のところへ行って、使い込みを問いただした」


「本人は認めたのか?」


「すぐに認めて謝罪した。家の建て替えなどでお金が必要だったと言っていた。そんな人の道に反することをしたのでがんになって罰が当たった。後悔していると涙を流して謝っていた」


「それでどうしたんだ」


「お金を返したいが家の建て替えに使ってしまっており、こんな病気になって入院の費用も必要ですぐには返せないと言っていた。それで退職金代わりだ、返金はもういいと言ってきた。それから2か月後に亡くなった」


「親父らしいな」


「長年、この店を盛り立ててくれたからな、そう思うことにした」


「親父も経理を任せきりにしたのがまずかったな」


「俺も歳をとって、気力と体力が衰えてきたから、すべて見切れていなかった」


「新製品も上手くいっていないようだね」


「新製品のために工場を拡張したが、売り上げが思うように増えていない。全体の収支が悪化しているが、工場の収支も悪化している。俺が脳梗塞で倒れる前に工場の拡張を決めたが、その後いろいろあってストレスからか脳梗塞になってしまった。新製品は工場長の太田にすべて任せてある」


「工場もまかせきりか? 気になるので少し調べてみていいか?」


「気の済むようにしてくれ。もうおまえに任せる」


今の主力の製品は親父が会社を引き継いでから親父と工場長の太田さんが工夫して開発したものだった。それまですべての製品は本店で作っていたが、売上が伸びたので郊外に今の工場を建てたのを覚えている。


午後になって工場へ出かけた。これまでは挨拶に来て、ざっとしか工場を見ていなかった。ひと昔前よりも、ずっと広くなって設備も新しいものが設置されていた。


事務所へ行くと太田工場長と秋山主任が口論している。俺の姿を見るとすぐに止めて秋山主任は出て行った。


「何かありましたか?」


「いいえ、特にありません。専務ようこそ、今日はなにか御用ですか」


俺は帰郷した時の臨時取締役会で専務取締役になっていた。因みに社長は親父、副社長はお袋、太田工場長は取締役、亡くなった経理部長の石原さんも取締役だった。今はうちも株式会社になっている。


「工場の収支が悪化していると社長に聞いたので帳簿を見せてもらいに来ました。社長にすべて任されているから承知してほしい」


「それはありがとうございます。ご覧になって改善箇所があればご指摘下さい」


工場長は帳簿類を担当者に出させて事務所を出ていった。帳簿類にざっと目を通すが不可解な所は見つからない。最近は原料費が高騰していると聞いている。採算が悪くなるのは仕方がないが何か方策を考えないといけない。


もう少し詳しく検討してみたいので、昨年度の帳簿類を事務所から本店へ持ち帰ることにした。帰ってから、秋山主任に電話した。工場の様子を詳しく聞きたかったからだ。


「先ほどは失礼しました。専務、何かありますか?」


「専務と言うな、真一さんくらいで勘弁してくれ。直樹、折り入って相談があるんだが、今週でも夜に空いた時間があったら俺に付き合ってくれないか?」


秋山直樹は俺の中学校の同級生で高校を卒業後、調理専門学校に入ってお菓子の勉強をしてから俺の店に就職していた。


「何時でもいいですよ。私も聞いてもらいたいことがありますから」


「それなら丁度良かった。じゃあ金曜日の夜7時に横山町のおでん屋さんで」


「了解しました」


◆ ◆ ◆

おでん屋には7時少し前についたが、直樹はもう奥の席に座って俺を待っていた。


「もう着ていたのか、奥に個室をとってあるからそこで」


二人はすぐに個室へ移った。ビールとおでんの盛り合わせを頼んだ。ビールが来るとすぐに乾杯して飲み始める。


「わざわざきてもらったのは工場の話を聞かせてもらいたいと思ったからです」


「ちょうど、よかったです。私も話を聞いて貰いたかったのです。社長に直接とも思ったのですが、病気をして体調を崩されているので困っているところでした」


直樹が言いうところによれば、ここ1~2年、工場長が周りのいうことを聞かなくなって、自由にモノが言える雰囲気でないという。


1年半前に異物混入事件があって、副工場長の飯田さんが責任を取ってやめてからだと言う。それ以来、副工場席は空席になっているという。


副工場長の飯田さんがいるときは、皆で意見を出し合っていたのに、それからは、工場長は意見を聞かずに独断で物事を進めるようになったようだ。


今の新製品も彼の意見で作られたという。直樹からすると少し古臭い商品で、新製品と言っても斬新しさがなく売れ行きが伸びないのもそのためだと言っていた。


俺は工場で何か変わったことがあったら、すぐに内々に教えてくれるように、俺の携帯の番号を教えた。また、直樹の携帯の番号も教えてもらった。


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