第23話 新たな疑惑が見つかった!

土曜日に出勤するとすぐに工場の昨年度の帳簿類のチェックを始めた。特段、不審な箇所は見当たらなかった。とはいうものの、俺は経理の専門ではない。専門家といえば結衣さんがいる。すぐに携帯に電話する。


「真一ですが、お願いを聞いてもらえますか?」


「何ですか? お役に立てることがありますか?」


「うちの店の工場の経理関係の帳簿を見てほしい。不審なところがないかチェックしてもらえないか?」


「競争相手の店の経理に大事な帳簿を見せてもいいんですか?」


「専務取締役の俺の判断だけど、社長に任せると言われている。いつなら都合がいいですか?」


「今日は土曜日で午後は休みですから午後からならいいです」


「こちらも午後なら休みで事務所には誰もいなくなるから、2時ごろうちの事務所へ来てもらえないか」


「分かりました。2時に伺います」


2時に結衣さんが来てくれた。幸い誰にも見られなかったようだ。帳簿に目を通してもらった。一見何も矛盾はないが、気になることがあると言う。


原料の仕入れ値が自分の店よりもかなり高いと言う。最近は原料が値上がりしているが、これほどは高くなってはいないと言う。


仕入れ先を調べてみると大村商事となっている。住所と電話番号が分かったので、電話してみると電話には出るが話の要領を得ない。会社のある住所へ二人ですぐに行ってみたが、普通の民家だった。


結衣さんは、これは大村商事が納入価格を高くして不当に利益を得ている可能性があると教えてくれた。実際に大村商事が原料を搬入しているか、直樹に電話して聞いてみた。原料は今までどおり横山商事が搬入しているとのことだった。


月曜日に横山商事に行って工場に直接、搬入している訳を聞いたが、大村商事から直接、搬入するように依頼されているとのことだった。2年前から節税対策のために、取引に大村商事を介したいと太田工場長から直接依頼があったそうだ。因みに大村商事への納入価格を聞いたが、結衣さんの店と同じ価格だった。


そうなら帳簿を操作していると考えられる。工場長と工場の経理が係わっていることは間違いない。結衣さんが計算してくれた額は年間1千万円近くの額になっていた。


すぐに親父いや社長に報告した。社長は「そうか」と言っただけで、溜息をついて「俺の目が届かなかった。すべて俺の責任だ。専務はどうしようと考えているのか」と聞いた。


俺は心の内を率直に話した。ただ、社長は工場長がいないと工場が回らなくなるのが心配だと言っていた。


それで直樹にその場で電話して、もし工場長がいなくなったら製品の製造に支障があるか聞いてみた。彼が言うには、製造や品質管理はすべて自分と部下とパート社員でしているので全く差支えないとのことだった。


工場長は何をしているのかと聞いたら、最終製品を食べて味をチェックするだけで、問題ありと指摘されたことはないと言っていた。


それを社長に話すと安心したようだった。専務にすべて任せると言った。親父も気弱になったものだと思った。それで資料を整えて、工場長と経理担当を問い正すことに決めた。


まず、金曜日の午後に工場経理担当の鈴木を本店に呼び出して社長室で経理の不正について問い正した。社長と専務の俺、専務の臨時秘書ということで結衣さんにも来てもらった。この時、親父ははじめて結衣さんに会った。


経理担当の鈴木は入店5年目だった。帳簿を見せて、大村商事を通じて高い価格で原料を購入して不当に差額を得ていたことを問い正すとあっさりとそれを認めた。


鈴木は、工場長に言うことを聞かないと辞めさせると脅されて2年前からやむなく従ったと言った。そして差額の10%を貰っていたとも話した。もらったお金はすべて返すから許してほしいと懇願していた。


すべての会話は録音しておいた。本人には明日土曜日は休んで家にいるように言っておいた。工場長に連絡したら警察沙汰にするから絶対にするなと言っておいた。


次に、仕事に差しつかえのないように相談があると言って、土曜日の午後2時に太田工場長に本店の社長室へ来るように連絡した。


2時に太田工場長が社長室へ現われた。社長と専務がそろって座っているので緊張するのが分かった。


「これからの会話はすべて録音させていただきます。こちらは私の臨時秘書をしてもらっている白石結衣さんです。経理が専門で工場の帳簿類をチェックしてもらいました。疑問点があったので、工場長に来ていただきました。白石さん疑問点の説明をお願いします」


結衣さんが順を追って淡々と疑問点を説明していく。原料の価格が高いことは自分が菓子店の経理をしているから分かったと話した。大村商店がダミー会社であることも調べて分かったとも話した。見る見るうちに工場長の顔が引きつってくるのが分かった。


「すでに経理担当の鈴木君が不正を認めています。正直にお認めになってはいかがですか? お認めにならないのでしたら、警察沙汰になりますが、こちらはそれも覚悟しています」


「私が悪かった。金はすべて返しますから、どうか警察沙汰にはしないでください。子供も孫もいますから」


「お認めになるのですね」


「申し訳なかった。家の建て替えでつい金がほしくなってしてしまったことです」


「それではダミー会社にプールしてある残ったお金を返して下さい。それからすぐに会社から身を引いて下さい。そうしてくれれば、社長は工場長には長い間世話になったので、警察沙汰にはしないと言っています。いかがですか?」


太田工場長は顔を上げて社長の顔を見た。社長はゆっくり頷いた。それから工場長に今日付けで取締役の辞任届を書いてもらった。また、不正に得たお金の返金の念書を書いてもらった。工場長は深く一礼して社長室を出て行った。


「辛いな、苦楽を共にした仲間を辞めさせるのは」と社長がしんみりいった。


翌週の月曜日、工場へ行って、朝一番に従業員全員に集まってもらって、工場長が一身上の都合で取締役工場長を辞任したことを知らせた。工場長は専務の自分が兼任すること、それから秋山主任を副工場長に昇任させることを発表した。


それから経理の鈴木君を営業に異動させることも知らせた。また、本店の事務部門を工場へ移す予定も発表した。直樹は突然の昇任に驚いて俺のところへ飛んできた。


「どうしてですか? 私に務まりますか?」


「そう思うから昇任した。俺と一緒に新製品を作ってくれないか?」


「そうなら喜んでお受けします。よろしくお願いします」


その日の午後一番で本店の事務所員全員を集めて、同じ内容を全員に知らせた。社長が立ち合った。それから1週間後に取締役会と株主総会を開いた。


親父が社長を退任して会長に、俺が専務取締役から社長になった。副社長はお袋が留任、経理担当取締役に不正を見抜いてくれた経理部長の山下さんがなった。営業部長は留任、取締役工場長は社長の扱いとして空席とした。本店事務部門の工場敷地内移転も決めた。

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