第2話 同居人候補を発見した!

俺、篠原真一も隆一と立場は同じだが、家業を継ぐのがいやで東京へ逃げてきているというのが本当のところだ。できればこのままずっとこの会社に勤めていたい。


入社10年目で32歳だ。その前は広報部、その前は広告宣伝部にいた。新しいことを考えることが好きで、そういうセンスもあるのかなと思っている。それがまわりからも認められて、2年前から企画部にいる。


周りから見るとエリートと見えるようだが、そんなことはない。普通になんとかやっているだけだ。ただ、自分に向いている部署だと言える。


ここ1か月もかかって検討してきた企画書がようやく出来上がった。社内の機構改革の原案だ。すでに企画部長とは調整済みの資料だ。


明日の午前中から各本部長など幹部に説明して回る予定になっている。了解が得られれば取締役会に諮り実行に移されることになる。重要書類だからマル秘扱いと記している。


コピーを12部作成する。これで今日の作業は終わりだ。ほっとして部屋に戻ったところで後ろから呼び止められた。


「すみません。資料をお忘れになっていませんか?」


振り向くと黒いスーツを着て赤い縁のメガネをかけたいかにも地味な女子社員が書類を持って立っている。あ、まずい! その書類、今終えたコピーの原紙だ!


「私の書類だけど、どこにありましたか?」


「コピー室のコピー機に残っていました。取り忘れではないですか?」


まずい、マル秘資料を見られてしまったか?


「これを読みましたか?」


「はい、ざっと目を通しました」


「そうですか。なぜ、私の資料と分かったのですか?」


「企画部と書かれていましたし、私がコピー室に入る時に出ていかれるのを見たからです」


「私が誰だか知っていた?」


「知っています、企画部の篠原さんでしょう。女子の間では有名ですから」


「君は?」


「総務部の白石です。ここへ派遣されてきてまだ半年ですから知らなくて当たり前です」


「読んでしまったのはしかたがない。中味は誰にも話さないようにお願いしたい。この資料の存在自体も」


「中味は読んではいませんし、マル秘が目に入っただけです。私は派遣社員ですから関心はありません」


マル秘資料を見られたこととは別にとっさに良いことがひらめいた。ここしばらく悩んでいたことの解決策が見つかった。


「白石さん、折り入って相談したいことがあるけど聞いてくれないか?」


「相談って、業務に係わることですか?」


「いや、プライベートなことだけど、これも秘密厳守でお願いしたい」


「いいですが、相談にのれるかどうか分かりませんが、聞くだけでもよろしければ」


「それでいいから、今日仕事はいつごろ終わる?」


「6時ごろには終わると思います」


「それなら6時から1時間、21階のC会議室をとっておくから来てもらえないか?」


「分かりました。丁度6時とお約束できませんが、いいですか」


「それでいいから待っている」


「お伺いします」


俺が相談したいと言ったら断る独身の女子社員はいない。そう思っていたが、彼女も断らなかった。きっと提案も受け入れる。そう確信した。


俺の会社の勤務時間は9時から5時までだが、いつもは7時ごろまでは仕事をしている。まあ、サービス残業と言えるかも知れない。7時以降までかかる時には超過勤務を申請している。


今日は6時少し前になったので予約しておいたC会議室へ向かう。C会議室は小さな机が入った4~6人で会議する小部屋だ。5時以降でも各会議室は結構使われていて、相談するなら社外でするよりもこの方が目立たない。


6時丁度に着いたが、まだ彼女は来ていなかった。5分ほどして落ち着いた様子で、彼女が現れた。喜んでいる様子もなく至って冷静だと見た。


「遅れてすみません。コピーを頼まれたのですぐには出られませんでした」


「もう仕事は済んだのですか?」


「はい、帰り支度をしてきました」


帰り支度とはいうものの昼間にあった時の服装とほとんど同じに見えた。髪は後ろに束ねてポニーテイルにしている。赤い縁のメガネは結構厚いので、かなりの近眼みたいだ。化粧していないのかと思うほど化粧も薄いし、口紅も薄い。正に色気のない地味子で、頼むにはうってつけの女子に思えた。


彼女は間違いなく俺の趣味ではない。この女子になら絶対に手を出さないし、出したくもない、そういう安全パイに思えたからだ。


彼女も俺に関心はあっても好きになろうとか好かれようとかは思わないだろう。立場が違い過ぎる。そう確信できた。


「相談したいことだけど、今、私のマンションの同居人を探しています」


「同居人を探してほしいのですか? 私に?」


「2か月前に引っ越したけど、広いうえに維持費がバカにならない。だから同居人を探しています。男女は問いません」


「私には同居をするのにふさわしいと思い当たる人はいませんが」


「同居の条件だけど、部屋は10畳くらいでバス、トイレが付いて部屋代は月3万円。光熱水費を月2万円負担していただく。それと週に1回、マンションの各部屋及びトイレ、風呂の掃除と玄関マットや私のベッドのシーツ、枕カバーなどの寝具、バスタオルなどの洗濯をしてもらうことです」


「家賃が3万円は魅力ですね。光熱水費はどこでもかかりますが、2万円は少し高いですね」


「条件は結構いいと思うけどね」


「確かにそうですね。その条件なら同居を希望する人はいると思いますが」


「それで白石さんはどうかと思って」


「私ですか?」


「考えてみてくれませんか?」


「どうして私なのですか?」


「白井さんなら身元も分かっているし安心して貸せるから」


「それは答えになっていないと思いますが」


「じゃあ、はっきりいうけど、白石さんとなら絶対男女の関係にはならないと思うから」


「ええー、そんな理由からですか?」


「君に手を出したりすることは誓って絶対にしない。なんなら契約書に明記しても良いけど」


「おっしゃることは分かりました」


彼女は俺の顔をジッとみたので、見返すと目をそらせた。


「まあ、考えてみてくれませんか? 今週いっぱい。金曜日にでも可否を教えてくれればいいですから」


「そうですか? 考えてはみますが?」


「望み薄かな?」


「金曜日にお答えします」


白石さんはそう言うと会議室を出ていった。どうかと提案した時、彼女は驚きの表情を見せたが、喜んだ表情も見せなかった。また、回答を留保してすぐに断りもしなかった。これは想定したとおりだった。彼女なら冷静に是非の判断をするはずだ。


彼女を見た時に直感的に思い立ったが、その直感がどこから来たのかは分からない。でも、まあ言ってみれば、俺にとって地味子はお菓子袋の乾燥剤と同じ。『人畜無害、でも食べられません!』いや、食べようとも思いません!

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