第14話 インフルエンザが治らない!
玄関ドアの音がした。地味子が帰ってきた。ほっとしたのはどうしてだろう。部屋のドアをノックして地味子が顔を出す。
「どうでした?」
「よく眠れた。でもまた寝汗をかいたので、下着を交換した。洗ってもらったので助かった。ありがとう」
「それはよかったです。待っていてください。夕食を作ります」
しばらくするとまたドアをノックして顔を出す。
「簡単ですが、夕飯ができましたらから、食べてください」
「ありがとう。ご馳走になります」
ダイニングテーブルには2人分の夕食が用意されていた。
「お腹にやさしいようにうどんにしました。あと卵焼です。簡単ですが消化の良さそうなものにしました」
「うどんはお代わりがありますから、たくさん食べて下さい」
お昼から何も食べていなかったので、すぐに平らげた。うどんは出汁が効いていておいしい。汗をかいたので塩分と水分の補給に最適だ。おかわりをした。それに卵焼きも出汁が効いておいしい。こんな卵焼きは初めて食べた。
確かに簡単な夕食だったが、満ち足りた。地味子は料理が上手い。これなら毎日夕食を作ってもらうのも悪くないかなと思う。地味子がようやく食べ終わる。
「ごちそうさま、おいしかった、ありがとう。身体も温まった」
「病気の時はこのくらいがいいと思います。もう少し良くなったら肉料理にします」
「治るまでお願いできるかな」
「いいですよ。ひとり分も二人分も手数が同じですから。いつも多めに作って冷凍保存していますから、大丈夫です」
「白石さんがいてくれてよかった。でもインフルエンザが移らないように気を付けてくれ」
「早く休んでください。また、熱がでますよ」
そういわれて部屋に戻って、ひと眠りした。夜中の12時ごろに汗をかいて目が覚めた。また、下着とパジャマを替えた。熱を測ると36.5℃に下がっていた。ほぼ平熱に戻った。それから明け方まで目が覚めなかった。
◆ ◆ ◆
朝、目が覚めて体温を測ると36.5℃で平熱だ。ただ、身体が少しだるい。出勤しようかどうしようか迷っていると、地味子がノックして顔を出す。
「どうですか?」
「熱は下がったので、出勤しようかと思っている」
「絶対に今日は休んで下さい。無理しないで下さい」
「もう大丈夫だから」
「私の父はそれがもとで亡くなりました。だから行かないで休んでください」
「知らなかった。お父さんはこれがもとで」
「朝食を召し上がって下さい。準備ができています」
テーブルにはトーストとミックスジュースがあった。
「お腹にやさしくて水分が取れるものを考えました。ジュースには牛乳、ヨーグルト、バナナ、リンゴ、ニンジン、キャベツが入っています。たくさん飲んで下さい」
ジュースはとてもおいしかった。ほどほどの冷たさで味も良い。3杯飲んだ。
「本当に今日も1日休んでください。お昼に見に来ますから、その時昼食になにか買ってきます。いいですか安静にしていてください。約束ですよ」
そういうと、後片付けを終えて、替えた下着などを洗濯機にかけてから、地味子は出勤した。
12時過ぎに地味子はまた戻ってきた。昼食におにぎりをいくつかとインスタントの味噌汁を買ってきてくれた。これもなかなかおいしいかった。また、乾燥した衣類を片付けてくれた。
3時に熱を測ったら37℃あった。やはり出勤しなくてよかった。寝ていても身体がだるい。また、眠った。
5時に目が覚めた。身体がすっきりした感じがした。体温の測ると36.5℃だった。ようやく回復したと実感できた。そうなるとお腹が減ってたまらない。地味子はまだ帰ってこない。早く帰ってきて夕食を作ってほしい。
6時半過ぎになって。地味子が帰ってきた。ドアから顔を出す。
「ごめんなさい。遅くなって、仕事が立て込んでいて、すぐに夕食の準備をします。体調はどうですか?」
「もうすっきりした。身体のだるさもなくなった。熱は平熱になった」
「そうですか、では、お肉料理でも作ります。待っていてください」
準備ができたと呼ばれてテーブルに着くと、料理が並べられていた。
「生姜焼き定食になります。私の肉料理はこんなものですが、召し上って下さい」
まさしく、生姜焼き定食だった。野菜がたくさん入った味噌汁がついている。それから漬物。生姜焼きの味付けがいい。それに味噌汁もおいしい。漬物は一夜漬け?
「味付けが良くて美味しい。味噌汁は今作ったのか、漬物がおいしいけどどこで買った?」
「味噌汁はあり合わせで作りました。漬物も余ったお野菜の一夜漬けです」
「料理が上手だね」
「母が教えてくれました」
「今朝、言っていたけど、お父さんはインフルエンザがもとで亡くなったのか?」
「そうです、無理をして、肺炎になって、私が高校1年の時に、あっという間になくなりました。だから油断してはいけません」
「お母さんはどうしている?」
「父が亡くなってから実家の仕事の手伝いをしています」
「大変だったんだ」
「母は苦労をしました。私はそれに甘えていただけで、ありがたく思っています。そんなことより、食べ終わったら早く休んでください。明日の朝の調子で出勤するか判断したらいいと思います。でも私は大事をとってもう1日休養されることをお勧めします」
「分かった。明日の朝の状況で判断する。ありがとう」
◆ ◆ ◆
翌朝、大事をとってもう一日休むことにした。確かにここのところ忙しかったし、夜遊びもした。疲れが溜まっていたのかもしれない。だからインフルエンザにも感染した。地味子の忠告に素直に従うことにした。
その日はベッドで横になったり、テレビを見たり、読書をしたり、いつもの休日とは違った過ごし方をして、身体を休ませて、ゆとりを取り戻せた。明日からは出勤しよう。
6時半過ぎに地味子が帰ってきた。今日の昼は冷食のチャーハンを準備してくれていた。夕食が楽しみだ。
地味子がドアをノックして顔を出す。
「夕食はシチューにしました。少し時間がかかります」
「お腹が空いた。楽しみにしている」
本当に楽しみにしていた。7時過ぎに呼ばれてテーブルに着くと、シチューが用意されていた。ほかに野菜サラダがあった。
おいしいシチューだった。おいしかったので、お代わりを2回もした。お代わりをすると地味子も嬉しそうだった。
「夕食ありがとう。今日はゆっくり英気を養えた。明日から出勤する」
「すっかり回復したみたいですね。よかったです」
「それで、お礼をしたいのだけど」
「そう、おっしゃると思っていました。篠原さんは私の好意を受けるのがおいやなのですね」
「そういう訳でもないけど、お世話になったのでお礼はしておきたい」
「借りをつくりたくないのは分かります。それで、お世話した時間を計算しておきました。それと昼食と夕食の材料費を計算しておきました。内訳は洗濯の時間と食事の準備ですが、食事の準備時間は私の食事の準備ための時間でもありますので、半分にしました」
明細をみると3日間で僅か4.5時間の4500円、昼食と夕食の材料費など1350円の合計5850円だった。
「こんなに少なくていいのか」
「実費はそれだけでから、多く貰っても気が引けますから、それだけいただければ十分です」
「分かった。ありがとう。もう元気になったから、コーヒーでも入れてあげよう」
「コーヒーをご馳走になります」
手をよく洗ってコーヒーを2杯作った。飲んでくれてほっとした。今回は地味子には世話になりっぱなしだった。もし、いなかったら、熱のある身体で食事や買い物に出かけなければならなかった。
それに彼女の作ってくれた食事は豪華なものではなかったが、心の籠ったおいしい食事だった。おふくろの飯を思い出した。
こうしてインフルエンザは完治した。幸い、地味子にも感染しなかった。
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