第10話 合コンに付き合わされたが気になる娘がいた!

隆一が昼休みに企画部の俺の席にわざわざやって来た。こういう時は何か頼みたいことがある時だ。


「真一、頼みがあるんだが」


「また、合コンのメンバーになってくれとか?」


「ずばり、そのとおり、頼むよ、1名足りないんだ」


「いいけど、いつ?」


「今週の金曜日、仕事が終わってから来てくれればいいけど、8時までには来てほしい。頼む」


「ここのところ、付き合っている娘にも飽きてきたところだから、いいだろう。場所はメールで入れておいてくれ、電話番号も」


恵理とも最近は疎遠になってきている。最後に会ったのは3か月も前のことだ。恵理は自然に離れて行った。俺にその気がないと見限ったのかもしれない。去る者は追わず、来るものは拒まず!


◆ ◆ ◆

今日は隆一に頼まれて合コンに参加する。時間は金曜日の8時。このくらいなら仕事が終わってからゆとりをもって参加できる。指定された会場に着くと隆一が待っていた。


「遅かったな」


「8時と言う約束だぞ、ちゃんと間に合った」


「仕事が終わったらすぐに来てくれと言っておいたのに、覚えていないのか?」


「すまん、覚えていなかった。8時までには行くと言ったはずだ」


「まあいいから席についてくれ。皆に紹介する」


「彼が俺の親友の篠原真一君だ。歳は32歳、決まった相手はいないと聞いているから、今日来てもらった」


一番端の席で立っている俺に女子の視線が集まる。ざっとみたところ女子が5人、男子が俺を含めて5人だった。俺を待っていた訳だ。


「篠原真一です。隆一と同じ会社に勤めています。どうぞよろしく」


皆、立ちあがって乾杯してくれた。座るとすぐに目の前の席の女子が早速話しかけてくる。


「どんなお仕事をされているんですか? いつもこんなに遅くまでお仕事なんですか?」


仕事の中味を聞いてくる。こんな女子は苦手だ。せっかく週末に仕事を忘れて、はめをはずして飲みたいのに、もっと他の話題はないのか? まあ、社交辞令にしても、聞きたいのは分からなくもない。


こういう場ではたわいのない話が一番いい。そんなことにはならないだろうが、こんな娘と一緒になったら家に帰ったらすぐに会社の話を聞かれて話さなければならないかとふと思ってしまう。


合コン会場はすぐに俺の来る前の賑わいに戻っている。前の席のその女子に話題を変えようと話しかける。


「それより最近何か面白いことあった?」


俺は自分のことを話すのは自慢話をしているようで好きではない。いや自分のことを分かってほしいと思う女子にめぐりあっていないからかもしれない。めったに俺の方から自分のことは話さない。聞かれたら答えるくらいにしている。


こんな時は聞き手に回るのが一番だ。女子は関心を持ってもらったと思って話し始める。要所に相槌を打って、的確な質問をしてやると、ますます盛り上がって話をしてくれる。本当に面白い話も出てくるから楽しい。


話が途切れたところでトイレに立つ。そしてそれを利用して席を移る。トイレに立つと俺の席が空く。そうすると別の男子が目当ての女子が近くにいると移って来る。その男子の席が空くので、トイレから戻ってその席に着く。暗黙の了解事項だ。


斜め前の女子は静かに飲みながら、隣の女子の話を聞いて相槌を打っている。カールした髪が肩まであって優しい感じのする女子だ。でも他の女子にはないどこか寂し気な不思議な雰囲気もある。大人びたシックなワンピースを着ているが、彼女の雰囲気によく似合っている。


きっとこのために着替えて来ている。こんな服装で勤めている訳がない。ずっと気になって見ているが、人の話を聞いているだけで、彼女も自分からは話をしようとしない。


それに俺が斜め前に座ったのに俺を見ようともしない。まるで無視されている。こんなことは初めてだった。今まで俺が前に座ると大概の女子は笑顔を作って話かけてきた。


しばらくすると俺を避けるように端に空いた席に移って行った。嫌われている? 逃げると追いかけるのは男の本能かもしれない。しばらく様子をうかがっていると彼女の前の席が空いた。すぐに移って俺から話かけてみた。


「ほかの人の話を聞くのが好きなんだね」


「はい、私は話すのが苦手なので」


返事をしてくれたが、目を伏せてまともに正面の俺の顔を見ようとしない。やはり避けている?


「折角だから話をしないか?」


「今日は頼まれて人数合わせでここへ来たんです。ですから」


「俺も幹事の隆一に人数合わせで呼ばれたから来たんだ」


「そうなんですか」とそっけない。


「じゃあ同じ助っ人ということで話そう」


「本当に話し下手なので、お話を聞くことは好きですから、何か話してください。身の回りのことだとか、自己紹介でもいいです」


「そういわれてもなあ、自分のことはあまり話したくないな、自慢するみたいで」


「それならどうして来られたんですか? 彼女を見つけるためではないのですか?」


「話をしたら彼女になってくれるのか?」


「それは」


「君もここへ来たというのは頼まれたからだけじゃないだろう。その気があったからだろう。いい男がいないかと」


「私はどうしてもと頼まれたからです。この服も貸してもらいました」


「そうなのか、道理で会社帰りには見えなかった」


「友人の家で着替えてきました」


「名前はなんというの?」


「名前ですか?」


「教えてくれてもいいじゃないか?」


「うーん、石野、石野絵里香です」


「絵里香か、いい名前だ。歳は大体想像がつく」


「確か、幹事さんが篠原さんと紹介していましたね」


「そうだ。彼とは同じ会社の同期で親友だ」


「良い会社にお勤めなんですね」


「それほどでもない。いいかげん辞めるかもしれない」


「そうなんですか?」


「先のことは分からないからね」


せっかく話ができるようになったのに、隆一がここはお開きにしてもう2次会のカラオケに行くと言っている。すでに会場は確保してあるというので、そこへ移動することになった。全員行くみたいだ。こんなことは珍しい。幹事がしっかり会費を徴収している。


絵里香は帰りたそうだったが、向こうの幹事に説得されてついて来たようだ。何か俺の方を見ながら話し合っていた。


カラオケ会場は1次会の居酒屋のすぐ隣のビルだった。10人は入れる大きめの部屋に全員が収まった。ここで11時くらいまで交代で歌う。


大人しくて話をしない絵里香はこの時にはもう他の男子に敬遠されていた。俺は一番端に座っていた絵里香の隣に席をとった。


横に座っても俺を避けるようにこちらを向こうとしないで、中央の歌い手の方ばかり見ている。歌い終わると拍手する。俺も絵里香に相手にされないのでしかたなく歌を聞いている。


歌の順番が回ってきた。絵里香の番だ。向こうの幹事が歌うように促したので、しぶしぶ歌を入力して前に出ていった。


曲は「レモン」だった。思いのほか、すごくうまい。そういう印象を受けた。俺のレパートリーを先に歌われた。女子が歌うとまた良い曲だ。席に戻ってくるまで拍手した。絵里香は恥ずかしそうにして戻ってきた。


「とても上手だね」


「相当練習をしましたから。もともと歌を聴くのは好きですが、歌うのは苦手ですから」


「ほかに好きな曲はないの?」


「もうひとつありますが、それも練習中です」


「そのうち、聞かせてくれないか」


「うまくなったら歌ってみます」


「是非、聞かせてほしい」


俺の番になったので、古い歌「さよならをするために」を歌った。皆知らないと思う。俺も最近知って覚えた曲だ。歌い終わると皆も絵里香も拍手してくれた。まあ、うまく歌えた方だと思う。


大学の時からカラオケに友達と行くようになった。自分でも意外だったが、歌はうまく歌える。曲を数回聴くと歌詞を見ながらだと歌える。音感は良い方みたいだ。席に戻ると絵里香が話しかけてきた。


「良い曲ですね。センスがいいです」


「そういわれると悪い気がしない。ほめ上手だね」


「選曲で人となりが分かります。結構、センチなんですね。そうは見えませんが」


「確かにそうかもしれない。でも初めてそう言われた」


「私も今の曲、好きになりそうです」


「同じセンスなのかもしれないね」


「どうでしょうか?」


絵里香に2巡目が回ってくる直前に時間になった。俺はもう少し絵里香と話をしたかった。ようやく打ち解けるかなというところまできたのに残念だった。携帯の番号を聞いたけど、教えてくれなかった。逃げると追いかけたくなる。逃した魚は大きい。


◆ ◆ ◆

マンションの部屋には11時半前には着いた。珍しく地味子はまだ帰っていなかった。地味子が遅くなることもあるんだ。そういえば今日は9時過ぎになるとメールが入っていた。俺も11時頃とメールを入れておいた。


もうこんな時間だけど大丈夫かなと心配していると、12時少し前に玄関ドアの閉まる音が聞こえた。部屋のドアを開けて顔を出すと地味子が自分の部屋に入る後姿が見えた。


「おかえり、おやすみ」と声をかけたら、驚いたように「ただいま、おやすみなさい」と言って入って行った。


これで一安心とすぐにベッドに入った。翌朝は、昼頃まで寝ていた。地味子は俺が起きると掃除と洗濯をしてくれた。


◆ ◆ ◆

月曜日に食堂で隆一から合コンのお礼を言われた。


「真一、金曜日はありがとう。お陰で顔が立った」


「いや、空いていたから暇つぶしになった。気にするな」


「一人で帰ったのか?」


「ああ、気になった娘がいたけど、先方の幹事と一緒に帰っていった」


「声をかけなかったのか?」


「かけたけど、断られた」


「お前の誘いを断る女子もいるんだな」


「携帯の番号も教えてくれなかった」


「お前には気がなかったんだ」


「そうでもないと思うけど、俺を避けていたのは事実だ」


「気になるのか?」


「少し気になっている」


「名前は聞いたのか?」


「石野絵里香と言っていた」


「どの娘だ?」


「カラオケで『レモン』を歌っていた娘だ」


「分かった。真一が好きそうな娘だった。少し陰があるような」


「そう思うか?」


「先方の幹事に彼女のことについて聞いてやろうか?」


「そうだな、機会があればちょっと聞いてみてくれ」


「もう一度会いたいのか?」


「そうだな、できればもう一度会ってみたい」


「分かった。おまえにしては珍しいな。聞いてみてやるよ」

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