episode9


新キャラ登場です!

フィロナンテ視点に戻ります





*****






「……はい?殿下、今なんと……?」


「お前は明日から一緒に学園に通うことになっていると言ったのだが………もしかして侯爵にもリリアンヌにも聞いてないのか?」




 リリアンヌに扮装する役割を終えてから1週間も立たない今日、いつも通り資料を手にセルヴェスの元にやってきた私は、いきなりの爆弾発言に絶句する。




「………聞いてはおりませんでした」




 あの父が決まった時点で私に教えるなんて、夏に雪が降ったり、昼夜が逆転しない限り、そんなご丁寧な事は無い。リリアンヌなら教えてくれるのだろうが、彼女にはここ何日か会うことが出来ていないので、聞けるはずもない。セルヴェスも当然身内から聞いているだろうと思っていた。




「………それにしても、私が通っていいのでしょうか?」


「ま、あと1年も無いしな。しかもお前はヴァルトリア侯爵家の嫡男で私の側近だ。周りも反対はしない。それに繋がりを広げておくのは必要だ。元々フィロは学園に行く予定だったから別になんの問題も無いだろう」


「………そうですか」




 あの図書室にまた入ることが出来ると思うと胸が踊るが、それ以上に急な展開に困惑していて無枠には喜べないでいた。学園に通うということは、それなりに家のつながりを意識しなければならないし、実際交友関係を広げておかなければ父になんと言われるか分からない。


 真面目な顔で黙りこくって考え込む私を、セルヴェスは書類を捌きながら時々ちらりと見て様子を伺っていた。








 **








 私は『リリアンヌ』の時と同じくらいの時間に馬車に乗り、学園に向かった。格好はフィロナンテ使用なのだから不思議な感覚に陥る。


 学園の門に入ると、外が何だか騒がしくなってきたので、前に座っているロズに確認してもらう。外を覗いたロズは、見た途端ぎゅっと顔を歪めてこちらに視線を向けた。




「………人の数がおかしい」


「人?この時間は殆どまだ登校していないはずだけど」


「いや、凄い人集りだ。主に令嬢だな」




 気をつけろよ、と一言だけ呟いたロズは、停車した馬車のドアを開ける。私は馬車を降り、顔を上げて目を見開いた。


 令嬢や子息が校舎に向かって並び花道を作っていたのである。私は慌てて微笑んだが、果たして上手く笑えているだろうか。頬が痙攣しているが、気が付かれませんように。


 きゃあきゃあと頬を火照らせこちらを見る令嬢達。私は両脇を出来る限り見ないようにして表情を固定させたままゆっくりと校舎に足を進めた。




「フィロナンテ様」




 私の前に突如現れたこの令嬢は、リリアンヌの友人のメアリー嬢だ。リーゼロッテの家と敵対する公爵家で、ヴァルトリア侯爵家とも代々仲良くしている家のひとつ。令嬢を象徴する、完璧かつ聡明な人で、彼女は既に隣国の王太子と婚約を結んでいる。




「メアリー様、おはようございます。今日も変わらずお美しいですね」


「うふふっ、ご冗談を」




 差し出されたメアリーの手を優しく取り、キスを落として挨拶をした。メアリーはどうやら私に学園を案内してくれるようだ。




「まさかフィロナンテ様が学園にいらっしゃるとは思いませんでしたわ。騎士学校をご卒業なさると聞いて、直ぐに殿下の側近としてお仕えなさると思っておりましたから」


「僕もそうだと思っていたのですが、少し事情がありまして」


「そうなんですのね」




 曖昧な答えを詮索しないメアリーの返しは見事である。




「フィロナンテ様は殿下とリリアンヌさんとは別のクラスですね。こちらです」




 一通り校舎を見て歩き終わり、メアリーは私をクラスに案内した。『リリアンヌ』の時とは違うクラスメイトで少し不安ではあるが、やるしかない。ガラリとドアを開けると、予想はしていたが、この時間には数人しか居ないはずの教室に、殆どの人が登校しており、ピタリと話し声を消してこちらをじっと見ている。メアリーはそれを気にしないようにいつも通り振る舞った。




「フィロナンテ様、こちらです。何かありましたらわたくしか、もう1人の学級委員のスペンサーにお聞き下さいね」


「色々とありがとうございます、メアリー様」




 メアリーと近衛騎士団長の息子のスペンサーが同じクラスのようだ。スペンサーは1に剣、2に剣、3、4食事で、5に剣という家で育っているため、騎士学校なんぞ通わなくても、それ同等の、もしかしたらそれ以上の剣術を学んでいる。学校長でもある団長直々の指導を毎回受けることが出来るスペンサーを羨ましく思った。


 そんな訳で学園に通うことになったようだが、如何せん彼は脳筋中の脳筋だ。学級委員が果たして彼でいいのかと不安が一瞬過ったが、悪い男では無いので私としても有難い。




「フィロナンテ=ヴァルトリアです。卒業までと短い間ですが、仲良くして頂けると嬉しいです」




 私が一礼して微笑むと、クラスメイトは悲鳴をあげて、何人もの令嬢は後ろに倒れて失神している。何かそんな衝撃的なものなどあっただろうか。助けるにしては人数が多すぎて、困ってメアリーを見れば、彼女は可哀想な子を見るような目で私を見つめていた。そしてため息と共に首を横に振って、「別に助けようとしなくて大丈夫ですよ。貴方が特定の誰かを助けると喧嘩が起きかねないですから」と呟いた。少し腑に落ちない点があったが、「はい」と頷くと、メアリーはまた更にため息を付いた。




「……どれだけご令嬢達を誑し込むつもりなのかしら……天然は厄介よ」






 **






 授業では騎士学校では掘り下げない所まで学ぶので、中々興味深い。とは言っても殆ど家庭教師から学んでいるので、周りから遅れを取っているなんて事は無いが。


 魔法の実技の授業は受けていない。どうやら父がその辺を根回ししていたようだ。お陰で「フィロナンテ様は授業を受けなくても魔法が完璧らしい」という根も葉もない噂が広まってしまったが、否定したところで真面目に信じ込むのはスペンサーくらいだろうと思い、噂を消して回ろうとは考えなかった。




「フィロナンテ!これから打ち合おうぜっ!」




 ガッと後ろから私と肩を組み模擬戦をしようと言い出したのは紛れもなく脳筋スペンサーである。ニカッと歯茎が見える程快活に笑っているのを見ると、どうしても犬の耳と尻尾が見えてしまう。




「というかお前やっぱり細いなー。もっと食って筋肉を付けないと剣は振るえないぞ?」




 スペンサーはきょとんとした顔で私の肩を叩く。




「でも父上が仰ってたが、フィロナンテ強えらしいな!殿下の側近に選ばれたらしいじゃないか!」


「人並みには振れる方だと思ってるけど………」


「いいや、父上が認めてる奴はそうそういないからな、お前そういうの人並みって言わねぇぞ。強いやつとやり合うのは大好きだ!やろう!早く!」


「え、ちょっ、え、待って……!」




 スペンサーに腕を引っ張られ、模擬戦場に行くことになってしまったのは言うまでもない。




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麗しき男装令嬢の幸福の作り方 A to Z 柊月 @hiiragi-runa-6767

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