episode6
遅くなってしまいすみません!
*****
「リリ、調子はどうだい?」
「お兄様っ!もうわたくしは平気よ?でも、ベッドから出たいのにお父様から許可が降りなくて困ってるの」
リリアンヌの大好きなお菓子を手に、彼女の見舞いに部屋を訪れた。満面の笑みで迎えたリリアンヌは、私とハグを交わし、ベッドから降りれないとそっぽを向いて拗ねる。
頭を撫でて慰めれば、ぎゅーっと強く抱きついてきた。
当初晒で巻いて押さえている胸の膨らみが気づかれるのではないかと不安になったが、今はもう妹には気にしなくなってきた。
「うふふっ大好きよお兄様。でもお兄様が学園にいらっしゃったら、セルヴェス様と同じように他の令嬢にきっとモテモテね。嫉妬してしまうわ?」
「そんな事ないよ、リリ」
「いいえっ!お兄様は知らないでしょうけど、社交界で『白薔薇の君』って令嬢達の間で話題になっているの。わたくしに皆お兄様の事を聞いてくるのだけど、わたくしは教えてあげませんわ!」
私はリリアンヌの言葉に目を白黒させる。
「………ねぇリリ、『白薔薇の君』って何の話かな……?」
「『白薔薇の君』はお兄様の華やかな容姿からそう呼ばれているらしいわ。白はお兄様の髪色ね。セルヴェス様の『黒薔薇の王子』と掛けてるのよ」
わたくしのお兄様なのに、とリリアンヌは可愛らしく顔をむくれさせている。私はリリアンヌから言われた事に驚嘆して、暫く妹の肩を掴んだまま動けなかった。リリアンヌから名前を呼ばれる事で初めて意識がこちらに戻ってくる。
「お……さま………おに……ま……お兄様っ!」
「わっ!……なんだい、リリ」
「もうっ!しっかりなさって?……あの……グレース公爵家の令嬢は絡んできました?」
グレース公爵家の令嬢。貴族図鑑を頭の中で捲って誰だったかと思い出す。
――あぁ、リーゼロッテ=グレース嬢ね。
グレース公爵家の長女リーゼロッテは、セルヴェスの婚約者の最有力候補者だった令嬢だ。それを横からかっさらったリリアンヌが許せないのだろう。学園ではリリアンヌ派とリーゼロッテ派の2大派閥が出来ているらしい。
「いや、全くだよ。心配かけてごめんね」
「そうですか。あの人、直ぐ私に嫌味を言うの。失礼しちゃうわ」
布団を握りしめ憤慨するリリアンヌに苦笑いをした私は、剣術の鍛錬をする為に彼女の部屋を後にした。
**
翌日。
恙無く今日も一日過ごした、と思われた。
馬車に向かっていた私は、リーゼロッテを頂点にした逆三角形の大軍に遭遇してしまった。リーゼロッテと目が合えば、彼女は鬼の形相で真っ直ぐこちらに向かってくる。
私は穏やかな笑顔を貼り付けつつ、ゆっくりと彼女の方に歩いていった。しょうがない。馬車の方向がこちらなのだ。本当は心臓が、壊れそうな程に波打っており逃げたい気持ちでいっぱいなのだが。
「あら御機嫌よう、リリアンヌ様。今日のドレスは野花のように慎ましくていらっしゃるのね」
(訳)今日のドレスはのぼったくて目障りだわ
どう返すのが正解だろうか。
昨日リリアンヌに見本を見せて貰ったので一応それを。
「御機嫌よう、リーゼロッテ様。まぁ!とても嬉しい!……実はお兄様が可憐だと褒めてくださったのですわ……!」
(訳)お兄様のセンスを侮辱するのかしら?
「くっ………!」
これで収まるから、と言われ半信半疑だったのだが、見事に収まったので、私は密かに目を丸くした。自分でこんな事言うのもと気が引けたのだが、今はリリアンヌだ、と逃げ腰の自分に鞭を打つ。
「そ、そう………貴方最近図書館に出入りしているそうね?勤勉ですのね」
(訳)図書館に出入りしたってセルヴェス様は振り向きはしないのに馬鹿ね
「ありがとうございます、リーゼロッテ様。本が好きで端から読んでいますの。とてもここの図書館は充実していますのよ!」
これは素直に言った。どうも偶に本音を言うのが妹的ミソらしい。リーゼロッテはギチギチと手に持っている扇子を握り締めており、その表情は笑っているものの、額に青筋が立っている。
「な、なんなんですの、貴方。貴方はセルヴェス様の婚約者には相応しくありませんわ!大体、毎日王宮に通ってはセルヴェス様に追い払われているらしいじゃない!学園でも邪険にされているのにお気づき?!」
遂に本音がそのまま口から出てしまったリーゼロッテ。私はどう答えようか迷って笑顔を保ったまま黙りこくる。
「ふん!何も言い返せないじゃないの。わたくしならセルヴェス様を婚約者として、いずれは妻として支えられますわ。貴方には無理なのよ。さっさとその座を引きなさいな」
「………」
「何も言えない雌豚にはわたくしから助言を差し上げなければなりませんわね。わたくしは公爵家、貴方は侯爵家。わたくしの方が身分が高いのだからセルヴェス様に相応しいのはわたくししかおりませんわ。それに、わたくし、政治学は高成績ですのよ。貴方と違って」
身分を笠にしてそうやって物を言うのは好きではない。私はその態度に不快感を覚える。リリアンヌに対していつもこんな事を言っているのだろうか。
「………政務は何も政治学だけでは成り立たないと思いますわ」
政務は、政治学だけではなく、地理学、農学、魔術、商学、エトセトラを習得してこそである。それはセルヴェスの側近としてよく知っている事だった。
リリアンヌもそれを理解している。政治学は苦手なようで、いつも私に教えを請われるのだ。成績も常に上位5位には入っているので十分に優秀である。
「ふんっ、そんな他の科目なんて必要かしら?野蛮な貴方なら良いかもしれないわね、ピッタリよ?しかも………そんなの殿下にお任せすればいいじゃない」
これには聴衆やリーゼロッテの取り巻き達も凍りついた。それは無責任極まりない発言であり、この学園に通う平民達は顔を顰める。
「………その発言を取り下げて下さい、リーゼロッテ様」
この雰囲気の中発言するのは中々勇気がいった。震える声に叱咤し、彼女を見据えて発言の撤回を求める。しかし彼女はそれには応えなかった。
「はっ、そんなセルヴェス様の事を信用していらっしゃらないのかしらね?それでも婚約者なの?」
「リ、リーゼロッテ様、そろそろお止めになった方が……」
「五月蝿いわね!!子爵令嬢ごときが!!!」
取り巻きの1人がリーゼロッテに進言したがそれも呆気なく弾き返される。その現場に居る者全員が、リーゼロッテの頓珍漢な言い分に段々と冷えていく思いがした。上位貴族の何人もの人々がリーゼロッテに軽蔑の視線を送る。
「リーゼロッテ様、お止め下さい」
「五月蝿い!!!お前なんて消えてしまえばいいのよ!!!」
公衆の面前で、公爵令嬢である事を忘れて叫び荒れるリーゼロッテは、目を吊り上げて私を見た。その台詞とその瞳に私は既視感を覚えた。ドクンドクンと脈打つ心臓が痛い。
『お前なんて死んでしまえばいいのよ!!!』
母の声と重なって何度も何度も頭の中を駆け巡る。
段々と浅くなる呼吸、私の喉元に伸びる手、据わった視線―――。
リーゼロッテが鉄製の棒の入った扇で私の頬を叩こうとしているのに、私は身体を硬直させ動けない。剣術や体術が幾ら出来たって実戦で出来なければ意味が無いじゃないか、そう思うが上手く脳の命令が働かない。
痛みを堪えようと、せめてもと瞼を強く閉じた私。
来る――――――。
――――――パシッ
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