episode5

 

後半第三者視点あります。





*****








 図書館で本を探していると、調べ物をしに来たらしいセルヴェスに遭遇した。私がカーテシーをすれば、明らかに嫌がるような視線を向けられる。この状況で妹は近付いて行ったのかと私は驚嘆した。


 セルヴェスから少し離れ、端の方のソファーに腰掛ける。今は恋愛小説を読んでいるのだが、残念ながら全くヒロインの気持ちが分からない。寧ろヒーロー側に共感してしまう。


 私は恋も結婚もしないので分からなくても良いとは思うが、少し寂しいと思う自分もいる。


 数ページ捲った所で、誰かの靴音が近づいてきた。本に影を落とされ、見上げれば、見た目麗しきセルヴェスが、私の前に訝しむような表情を浮かべながら立っていた。

 私は立ち上がり、小さく礼をする。




「どうなさったのですか?」


「その栞はお前のか?」


「……はい、そうですが……」




 そう答えた瞬間セルヴェスが私を睨みつける。何か今の答えに問題などあっただろうか。




「それは私が読書好きのフィロナンテに贈ったものだ。お前が何故我が物顔で使っている」


「………っ………それは、お兄様に貸して頂いたのですわ」




 栞を再度見て私はしまったとまごついてしまう。

 昨日栞を別のものに挟み代えるのを忘れており、私がセルヴェスから貰った栞をそのまま持ってきてしまったのだ。あまりにも馴染みすぎていて失念していた。




「………ふっ、嘘だな。最近は変わってきたと思えば、他人の大切なものを奪いたくなる癖は直っていないようでがっかりだ。栞を寄越せ」


「………はい」




 セルヴェスの目は、父が私に向ける目とよく似ていて、本当は否定すべきなんだろうが、鎖で縛られた様に動けない。絞り出すようにしてやっと言えたのが「はい」の一言だった。


 私の手から勢いよく栞を抜き取ると、黙ってそのままセルヴェスは去っていった。栞の角が擦れた事で、人差し指に赤い一本線の傷が入る。地味に痛いそこを、片方の手で包み込み、震える身体を沈めようと深呼吸を繰り返した。






 **






(行きたくないなぁ……)




 いつも通りセルヴェスの元に向かっているのだが、その足取りはいつもより重く感じる。しかし歩いていればいずれそこに着くわけで、私は笑みを貼り付けながら執務室に入る。




「失礼します」


「フィロ、着いたばかりで悪いが、そこの資料を至急纏めてくれ」


「かしこまりました」




 今日は執務が立て込んでいるようで、彼と目もあまり合わない。それにほっとしてしまった自分に気がついて、僅かに自己嫌悪に陥る。




 ―――弱いな、私。




 溜息を1つゆっくり零す。気づかれないように吐いたつもりだったが、セルヴェスがちらりとこちらに視線を向けたので、バレているだろう。


 するとセルヴェスは引き出しから栞を取り出し、私の書いている書類の横にさり気なく置いた。私はこの時にちゃんとセルヴェスの目を見ることが出来た。


 肩で溜息をつき、そのまま黙ってまた執務に取り掛かるセルヴェスは、とても不器用だと思う。そして、私はその不器用な優しさに助けられる。半日ぶりに触った、細かい傷の入る栞は、私の心に優しく火を灯した。我ながら単純だと思う。


 父から、セルヴェスの側近になるように言われてから、8年もの間を彼と過ごしてきた。最初は上面だけ気にして接していたのが、いつの間にか大好きな主人になっている。

 大丈夫。父ではない。勘違いをするな。


 栞の表面を撫で、胸のポケットに挿した。何となく身につけて居たかったのだ。幾ばくかの胸のざわめきは消えて、肩の力が抜けた私は、目の前の大量の紙の山を片付けようと再びペンを握った。






 **






 フィロナンテが登城している頃、フィロナンテの従者であるロズは、フィロナンテの自室の本棚を見て悲しげに目を細めた。本棚に並べられた恋愛小説。中でも1番読み込まれた本の背をなぞり、ツェルシーに思いを馳せた。


 そして感じるのは、彼女に「フィロナンテ」で居ることを強い、彼女自身を理解しようとしない侯爵と、実兄が死んだ事さえも知らない我儘で箱庭の世間知らずのリリアンヌ、そして、この状況を平気で受け入れて笑っているツェルシーに対する怒りである。


 1番読み込まれた恋愛小説は、隣国にいた時に、ツェルシーの叔母が彼女に上げた最初の小説だ。まだ男装する前のありのままの彼女が、頬を桃色に染めて、嬉しそうにこれを読んでいたのを、ロズは今でもよく覚えている。


 本当は他の女性と同じように、当たり前にドレスを着て、当たり前に恋をして。そんな当たり前の欲望を本当は抱いているのを知っている。


 無意識的に蓋をしているのか、はたまた我慢しているのか。それは定かでは無いが、恋愛小説を読んだり、令嬢を見た時に、ちらりと見える諦めた様な、しかし何処か羨むような虚ろな目をしているツェルシーを見ると、どうしてもロズは悔しさを覚えるのだ。


 彼女が父である侯爵に逆らえないのも、彼女の傷が深いのも、よく知っている。


 だが、誰にも弱音を吐かずに自分を追い込むのは違うとも思う。


 オッドアイで無条件に嫌う文化の無い隣国にいた際は、彼女は自分らしく居られていた。本当に辛い時は涙を流し、楽しい時は破顔する。出会ったばかりの頃は表情が乏しかったが、段々とロズや他の者に心を開いて感情を面に出すようになったのだ。ロズはその変化が堪らなく嬉しかった。


 だがしかし、今王国に戻ってから―――フィロナンテとして過ごすようになってから、彼女は悪い意味で変わってしまった。


 1つ、不必要な時にも直ぐに作り笑いを浮かべるようになった。


 2つ、誰にも相談しなくなった。誰にも弱音を吐かなくなった。

 全てを「笑顔」に変えて、躱そうと、誤魔化そうとする。




 ―――そんなに俺は頼りないか?




 もしかしたら、彼女が言えないような状況を自分が作ってしまっているかも知れない。そう考えると自分の不甲斐なさに落ち込んだ。悔しかった。ロズは隣国で共に過ごしていた分、弱味を見せて貰える立場にあるのだと思っていた。自惚れだったのかと、落胆もした。


 しかし最終的にロズが抱くのは、




「ツェルシーを、隣国に連れて帰り、自分の手で、本当の意味で笑わせてあげたい」




 という思いだった。





******




同時連載中の「何故私が王子妃候補なのでしょう?」をコンテストに出しました!

是非よろしくお願いします~



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