episode7



*人物整理*



・フィロナンテ=ヴァルトリア


紫掛かった肩ほどの白髪と、赤と藍のオッドアイ。髪は後ろで結んでいる。

本名ツェルシー=ヴァルトリア。


このオッドアイのせいで「呪われ子」だとして家族にも嫌われていたが、双子の兄の死をきっかけに、父に男装して兄になれと命じられ、その上怪我で動けないリリアンヌにも扮せとも言われて今に至る。

王太子セルヴェスの側近。




・セルヴェス=ベルモニー


黒髪を高い位置で結んでいる金色の瞳を持つ王太子。フィロナンテの妹リリアンヌの婚約者。リリアンヌを嫌っている。




・リリアンヌ=ヴァルトリア


フィロナンテの双子の妹であり、セルヴェスの婚約者でもある。怪我で療養中。実兄の死も、姉がいることも知らない箱入り娘。




・ユーリ


鮮やかな黄色の髪に焦茶色の目のフィロナンテ付きの侍女。フィロナンテが実はツェルシーである事を知っている1人。

ロズとは犬猿の仲。




・ロズ


栗色の癖毛にエメラルドの瞳。

フィロナンテが隣国に行っていた時に出会った謎の男。今はフィロナンテの護衛として働く。フィロナンテが唯一弱音を聞かせたことのある人物。






*****




 




 ――――――パシッ




 そのまま衝撃を待っていても、いつまで経ってもやって来なかった。片目ずつ恐る恐る開いてみれば、視界には紺色の壁が映った。状況が上手く飲み込めない中、私は浅く息をしていた。


 紺色の礼服を来た大きく広い背中、高く結ばれた長髪の艶やかな黒髪は風に揺れている。私は目の前に急に現れた人物に、ただただ唖然とするしかなかった。ギャラリーもそれは同じようで、口元を押さえている者や目を見開いて固まっている者まで反応はそれぞれだが、皆驚いているのは明白だった。




「セル……ヴェス………様……?」


「グレース公爵令嬢、これは何のつもりだ?」


「いえ、その………彼女のマナーがなっていなかったので、注意をしていただけですわ」


「それでこんな扇で叩こうとしたのか。随分野蛮なんだな」


「………っ!」




 リーゼロッテの声は震えている。

 セルヴェスの声は氷柱のように鋭く冷たい。表情はこちらからは見えないが、雰囲気から察するに睨んでいるようだった。




「それで?私のこの怪我をお前はどうするつもりだ?」


「………っ……申し訳ありません………ご温情頂けませんでしょうか……」


「では今後一切私には近づくな。これが守れなければお前もお前の家もどうなるか分かっているな?」


「…………は、い。畏まりまし、た」




 これで諦めるのか否か、リーゼロッテの場合は定かではないが、取り敢えず少しは落ち着くだろう。リリアンヌの安全は一先ずこれで確保される。リーゼロッテはヘロヘロになりながら礼をして、取り巻きと共に去っていった。




「セルヴェス様」




 セルヴェスの正面に回って怪我をした箇所を見る。私を庇って鉄棒入りの扇で打たれた手の甲は、今もう既に青痣になりかけている。私はそれに申し訳なくなり、私が上手く立ち回れなかったからだと後悔した。フィロナンテの立場からも言えば、何故貴方が出てきたと顔を顰める所だ。




「医務室に参りましょう」


「いや、「いいえ、参りましょう」」




 私が引かないと分かったのか、セルヴェスは嫌そうに溜息を1つついた後、分かった、と大人しく医務室に向かった。私はその斜め後ろを早歩きでついて行く。


 医務室に行けば、王族専用の個室に案内される。私は付き添い人という事で入室を許可された。


 医師はセルヴェスの手の甲に掌を翳して魔術を施す。トップクラスの白魔術師でもあった医師の治癒魔術なので、治りは完璧だ。医師は偶先程の現場を見ていたようで、積もる話もあるだろうと、早々に退出して行った。


 扉の閉まる「ぱたむ」という音を聞いた私は、ベッドの縁に腰掛けるセルヴェスの目の前に立ち、深くカーテシーをした。




「わたくしの不手際です。申し訳ありませんでした」




 リリアンヌの顔に泥を塗る結果になってしまい、彼女にも顔を向けられない。脳裏に浮かぶリリアンヌの顔が段々歪んでいくのが鮮明に描かれた。




「私が勝手にお前の前に出ただけだ。気にするな」




 そう頭の上から声がするが、私は頭を上げられなかった。サラリと肩から零れ落ちる白髪。ただただ私は床を見て、目が泳いでは瞼を強く閉じた。


 衣服の擦れる音がして私に影が落ちる。セルヴェスは面倒な奴だと軽く息を吐けば、彼はしゃがみこんで私の顔を覗き込み、手を差し伸べた。




「私は大丈夫だ。責任を感じなくてもいい」




 セルヴェスの金色の瞳には、「え?」と狼狽している私が写っている。リリアンヌから聞く限りでは、セルヴェスはこんな事をする人間ではなかった。令嬢に対して必要以上に近づいて手を差し伸べるなんて。


 驚きのあまり反応が遅くなってしまった。おずおずと手を伸ばす私に痺れを切らしたのか、セルヴェス自ら私の手を掴み立たせた。そしてそのまま隣にあるソファーへ誘導されて、私は座ることになってしまったのだ。セルヴェスは私の正面に座る。




 ―――これはどう捉えるべき……?




 全く予備知識が無く密かに焦っていた私は、こちらをじっと見て目を逸らさないセルヴェスに、早く目線を外してくれないかと心の中で嘆願した。




「私がお前達に介入したのは、あの令嬢が鬱陶しくて、良い機会だと思ったからだ」




 セルヴェスはセルヴェスだ。セルヴェスらしい台詞だが、こんな台詞を乙女達に吐いているのか。夢見る令嬢達が聞いたら泣くぞ、もう少し気をつけろ、と言った方が良いかと心に書き留める。冷たい言葉を突き付けられたのがリリアンヌではなく私で本当に良かったと思った。傷つくのは私ひとりで十分だ。




「……………はい」


「…………」


「…………」




 晴れない重苦しい雰囲気。珍しく、この状況をどうにかしようとセルヴェスは思案しているようだった。私も何か話題提供を、と考えては見たが、墓穴を掘りそうで怖くなり沈黙に徹した。




「――――お前は腐ってもフィロナンテの双子の妹なのだな」


「………お兄様、ですか?」




 あぁ、と返事をするセルヴェスはこう続けた。




「そうやって要らない責任を負って凹む所もそうだ」




 そして薄らと口の端を引き上げた。私は確かにそうかもしれない、と斜め下を見ながらくすくすと同調する。




「―――お前もあの令嬢と同類だと思っていた」




 罰が悪そうに眉間に皺を寄せて僅かに横を向いたセルヴェスに私は、やはりか、と納得して次を促す。リリアンヌは、リーゼロッテと同様に政治を舐め、何でも家の権力にものを言わせる我儘令嬢のレッテルを貼られていたのだ。


 実際のリリアンヌは良くない噂は確かにある。が、根も葉もない噂の方が遥かに多いのも事実だ。


 彼女の根は真面目で優しい。勤勉で、セルヴェスの婚約者でもあるリリアンヌは淑女としての完成度も最高に高い。しかし、周囲を知ろうとしないで綺麗なままを見ようとするのもまたリリアンヌである。知識が幾らあっても、幾らセルヴェスの婚約者として完璧であっても、穢いものも直視出来なければいけない。


 そのせいでリリアンヌは上手く立ち回れていない所も多々あり、それに目敏い高位貴族の令嬢達が口を捲し立てて噂話を広げていく。そこにひれが付けば、悪女リリアンヌの噂話は完成だ。


 でも、セルヴェスがやっと彼女に気がついてくれて良かったと思う。セルヴェスはリリアンヌそのものを拒否していたので言えなかったが、リリアンヌの良い所は沢山あるのだと教えたかった。




「………すまな、かった……」




 ぎこちなく謝るセルヴェスが何だか可笑しくて、私は微笑みを浮かべながら、「いえ、知って頂けてほっと致しました」と控えめに返した。






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