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セルヴェス視点です





*****


 





 私はセルヴェス=ベルモニー。この国の王太子だ。

 私には両親に決められた婚約者がいるが、別に彼女の事は好きでは無かった。寧ろ嫌って避けていた位である。


 それなのに、何故、今私の目は彼女から離れないのだろう―――。






 **






 何やら貴族達が外に集まっている為、様子を見る為に外に出て物陰に隠れて見てみれば、公爵令嬢であるリーゼロッテと婚約者のリリアンヌが対立していた。珍しくリリアンヌは取り巻きを連れておらず、傍から見ればリリアンヌをリーゼロッテがいびっているように見える。




「……貴方最近図書館に出入りしているそうね?勤勉ですのね」


「ありがとうございます、リーゼロッテ様。本が好きで端から読んでいますの。とてもここの図書館は充実していますのよ!」




 ここにいる人がフィロナンテなら、と、彼ならどうしただろう、と、そう思ったその時、リーゼロッテの叫び声が耳の奥を突いた。




「な、なんなんですの、貴方。貴方はセルヴェス様の婚約者には相応しくありませんわ!大体、毎日王宮に通ってはセルヴェス様に追い払われているらしいじゃない!学園でも邪険にされているのにお気づき?!


 ………ふん!何も言い返せないじゃないの。わたくしならセルヴェス様を婚約者として、いずれは妻として支えられますわ。貴方には無理なのよ。さっさとその座を引きなさいな。


 何も言えない雌豚にはわたくしから助言を差し上げなければなりませんわね。わたくしは公爵家、貴方は侯爵家。わたくしの方が身分が高いのだからセルヴェス様に相応しいのはわたくししかおりませんわ。それに、わたくし、政治学は高成績ですのよ。貴方と違って」




 私はリリアンヌを邪険に扱っている自覚はある。だが、リーゼロッテはもっと不快に思っているのを彼女自身は気づいているだろうか。いや、この問いは愚問だったな。分かっていたらこんな癇癪は起こさない。


 あぁ、面倒だ。止めてくれ。いつもの事で私の婚約者になるならないの論争だろう。大変、実に、面倒くさい。どちらも私の立場を利用したいだけ、王太子妃という地位が欲しいだけだ。私自身を見てくれる令嬢は見たことが無い。勿論望むなら、国を良くする為に協力し合える伴侶が良いのだが、この際どうでもいい。諦めている。まぁリーゼロッテは個人的にリリアンヌより面倒なので、リーゼロッテを婚約者に据える事はないが。




「行くぞ」


「はっ……」




 腹の中から込み上げる何とも言えない吐き気をぐっと堪え、背中を翻しそこから離れる。近衛が少し不安げに返事をした刹那、




「………政務は何も政治学だけでは成り立たないと思いますわ」




 リリアンヌの鈴の鳴るような声がハッキリと届いた。かなり私と彼女とでは距離があるのに、決してリリアンヌは声を張った訳では無いのに、よく通ったそれに思わず立ち止まって振り返る。それは聴衆達も同様で、しん、と辺りがリリアンヌの発言に耳を傾けた。


 リリアンヌに対してリーゼロッテが反論し、それにまたリリアンヌが反論する。私は自然と歩みがリリアンヌ達の方に向かっていた。


 リーゼロッテの発言を撤回するように求めるリリアンヌ。貴族達はリーゼロッテの言い分に眉を顰めており、ギャラリー一帯はリリアンヌに付いている。


 今まで自分が見向きもしなかった彼女の背中が今、とても輝いて見えた。ヒートアップするリーゼロッテに臆すること無く淡々と返す彼女の背筋は凛と伸び、好感が持てた。


 自分のリリアンヌに対する認識は少し間違っていたかもしれないと思っていた刹那、殺気を感じそちらに目を向ければ、リーゼロッテがリリアンヌを射殺すように見ているのが目に入った。


 ―――このままであればリリアンヌが傷つく。




「五月蝿い!!!お前なんて消えてしまえばいいのよ!!!」




 リーゼロッテが叫ぶ時とリリアンヌに庇護欲が湧いたのは同時だった。リリアンヌの方に走って寄り、華奢な腰を抱いて自分の方に引き寄せ背中に庇う。そしてこちらに落ちてくるリーゼロッテの扇を手の甲で受け止めた。令嬢の力なのでそこまで、とは思っていたが、中に金属が入っていたようでジンジンと痛む。そこが計算外だったが、まぁいいだろう。


 丁度いい。これがネタになる。そして、私が怪我をした事を引き出しにしてリーゼロッテを脅し、近付かせない事を約束させた。


 リーゼロッテ達が去るのを見て急に現実に戻される。


 私は何故リリアンヌを守りたいと思ったのだろうか。


 いつもなら関わりたくないからと見て見ぬふりをしてきた私は、この胸の奥で芽生え始める何かが分からなかった。


 私の名を呼び、保健室に連れていこうとする彼女の藍色の瞳を直視出来なかった。強く、清く、そして柔らかな視線に、私が耐えられなくて、結局保健室に連れられる事となる。


 医師が立ち去り、綺麗に傷が治った私の目の前でリリアンヌが頭を下げる。私はリリアンヌを傲慢な女としか思っていなかった。だが、直感を含め、先程から今まで接してきてそれは誤りであったと認知した。


 私は良く彼女の事を知りもしないで避けてきた。私はそれを謝らなければならない。




「私がお前達に介入したのは、あの令嬢が鬱陶しくて、良い機会だと思ったからだ」




 それなのに私はひねくれたような返しをしてしまう。

 リーゼロッテが鬱陶しくて、偶然を利用して解決したのは認めるが、その前に根本的な理由としてはただリリアンヌが心配だっただけだったのである。


 リリアンヌは苦笑して「はい」と言うと、私から遠ざかる。それが寂しく感じた。


 横目で佇んでいる彼女を見て、どうこの重い空気の中を切り出せばいいか考える。私はフィロナンテの様に紳士的な態度は令嬢に取ることが出来ない。フィロナンテを思い出せば、自然とリリアンヌに重なる。瞳の色も、髪の色も、苦笑の仕方も、フィロナンテに似ていた。




『リリは良い子だよ』




 フィロナンテの声が木霊する。

 私の信頼する従者にはやはり勝てないと、彼を誇らしく思いながら、余計な色眼鏡を付けて彼女を見てしまった自身を嘲った。


 彼女に少しでも歩み寄れるように、誠意が伝わるように―――。






 **






 サロンで2人、黙って紙を捲る。

 私は書類に集中しようと視線を落とすが、数秒後には無言で紙を仕分けるリリアンヌに目がいく。


 肩からサラリとこぼれ落ちる髪を耳に掛ける様子は色っぽく、時々瞼を伏せるようにして見える長い艶やかな睫毛や細くしなやかな指先をぼうっと追ってしまう。


 その為、作業が終わったリリアンヌに気が付かず、顔を上げた彼女の瞳とかち合ってしまった。羞恥で表情を取り繕うのに精一杯だ。


 しかし彼女は私と目があったことに何も感じないようだった。それに少しばかりむっとしてしまう。直ぐに退散しようとするリリアンヌの腕を気付けば掴んで引き止めていた。


 彼女と居られるためにはどうすればいいのか―――。


 リリアンヌが近くにいる時は必ずと言っていい程そう考えている事に自身は気付かない。


 生徒会の仕事の後もエスコートしたり、翌日からも声を掛けたり、昼食を共にしたりと動く。が、リリアンヌは嬉しそうに笑うものの時折不思議そうに私を盗み見ている。


 それもそうだ。不思議に思われても当然な態度を彼女に取っていた。これからきちんと彼女に分かって貰えればいい。ゆっくりでいい。これがいつの間にか日常になる事を願う。


 胸に秘めた僅かな灯火を確実なものにするには、もう少し時間が掛かるだろう。そしてやがてそれが大きくなった時、私は彼女に本当の意味で婚約したいと願い出るだろう。


 そうして3日が経つ――――。








*****




少しお話に一区切り……?


次話から事態が少し変わる予定です。


お楽しみ頂ければと思います!


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