episode4
遅くなり申し訳ございません!
*****
剣術の後はセルヴェスは比較的ラフな格好になる。私は登城している身であり、セルヴェスの側近という形なので、きっちりとした貴族服だ。勿論男物の。
セルヴェスのストレス発散が終われば次は執務室で机作業となる。大量の山積みの書類に端から目を通し、サインをして判を押す。その繰り返しだ。私は、資料を取ってきたり書類を纏めたりしてセルヴェスの補佐をするのが役目である。
暫く部屋にはペン先が紙に擦れる音と、紙を捲る音しか聞こえなかったが、急にセルヴェスの動きがピタリと止まったので、何事かとちらりと盗み見れば、セルヴェスはこちらを顔を顰めながら見ていた。
私は資料を作成しながら、セルヴェスに問う。
「セス、そんな顔で僕を見て、どうしたんですか?」
「………いや」
言葉を濁したセルヴェスが珍しく、思わず顔を上げて疑問を口にしてしまう。
「……何か悪いものでも食べたのか………?」
「いやそれはお前の妹だろう」
「………リリが……?」
セルヴェスはリリアンヌには会っていない筈だ。それなのに何故妹の事を聞くのだろうか。私は飛び出そうになる心臓を抑えながら、表情を取り繕って微笑む。
「お前の妹が今日はあまり絡んで来なかった」
「………そうですか」
「放課後はいつも付き纏われるのに、今日は直ぐに目も合わせずに帰って行った」
「……そんな気分の日もあるよ、リリにも」
「いいやおかしい」
「………」
婚約者を「お前の妹」と表現する辺り、セルヴェスがどれだけリリアンヌを嫌っているか分かる。そこに関しては私は内心苦笑している。
やはり流石だと思うのは、セルヴェスの人の少しの違いに敏感な所だ。私はバレないか心配で背中に冷や汗が伝うような気がした。私が何も言わなくなった事で、セルヴェスは諦めたようだ。彼は溜息を吐いたあと、薄く挑戦的に嗤う。
「いつもそうしろと伝えてくれ」
「………分かった」
無理だ。何故なら今の「リリアンヌ」はリリアンヌではなく、フィロナンテなのだから。直接本人になんて言えやしない。妹の好感度上昇の為にもあまり怪しまれない程度にセルヴェスに近づくのを止めようと、そう思った。
**
リリアンヌに扮し始めてから2週間たった。
案外、というよりやはり、令嬢というものは疲れる。
リリアンヌの髪はふわふわで綺麗だと思うが、いざ実際鬘を被ってみると、少し面倒だ。それにスカートは脚がスースーと冷たくてありゃしない。いつも通りのシャツにベストにスキニーという格好が恋しくなる。しかし、
「これは当たり前の事ですよ?おほほほほっ」
と、侍女のユーリに言われて青ざめたのはつい昨日の出来事だ。
私は学園の制服に身を包み、まだ朝早い時間に家を出る。
あの逆三角形はもうごめんだ。本物のリリアンヌに戻れば、きっと私の演じているリリアンヌの違和感なんて忘れていく筈だと結論づける。それに本物のリリアンヌは気分屋なので案外気づかれないものだ。
やはりセルヴェスは鋭く、いつも違和感を私がフィロナンテの時に指摘してくるが、特に追求される訳でもなく、最近は穏やかな日々を過ごせているらしく寧ろご機嫌だ。他の人から見ればそんなに変わっていないように見えるが、真顔の中にほんの少し目元が柔らかくなる時がある。
学園の図書館はかなり充実していた。
騎士学校に通う者は脳筋の者も多いので、ここまで図書館は充実していない。最初足を踏み入れた時は、吹き抜けの美しいここの図書館に目を見張った。
それから私はずっと暇があれば図書館に入り浸っている。冒険物からヒストリカルなものから恋愛ものに至るまで制覇する勢いで読んで行った。
本当に充実している。この女装は何とかしたいところだが、フィロナンテとして通ってみたかったとも少し思った。
だが、この時は知らなかった。
それがまさか現実になるなんて。
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